"レイチェル・ニコルズ"という女優を最初に気に留めたのは、映画『G.I.ジョー』(2009年)のポスターに出くわしたときのこと。目の覚めるような赤毛のロングヘアに綺麗な目元、そして、ピッチリしたボディスーツをまとったスカーレット役の凛々しさに、僕はすっかり心を奪われてしまった(映画の評価はイマイチだったが...)。
実はこれに先立ち、『エイリアス』のシーズン5で主人公シドニーと同じ境遇に立つ二重スパイのレイチェルを演じていた彼女だが、スカーレット役の印象があまりにも強烈で、ずっとあとになるまで気がつかなかった。『クリミナル・マインド FBI行動分析課』シーズン6にもレギュラー出演し、映画『スター・トレック』では、全身緑色のオリオン人訓練生というチョイ役で印象を残している。だが、代表作と呼べる作品にはまだ巡り会えていないようだ。
そんな折、彼女が主演を務めるドラマ『コンティニアム(原題:Continuum)』が、カナダのShowcase局で2012年5月にスタートした。同年9月には、なぜかアメリカより先にイギリスのSyfyで放送スタート。いずれも評判がよく高視聴率を稼ぎ、シーズン2の製作も決定している。早くアメリカにも来てくれないかなあ...という願いはようやくかない、ここでも年をまたいで、1月から放送がスタートした。いままでに3話分を鑑賞したが、なるほど前評判どおり、期待にたがわぬ出来映えだ。
時は2077年、企業が政府よりも強大な力を獲得し、民主主義が崩壊してしまった未来世界。「リバティ8」と呼ばれるテロリスト集団は、強権をふるう一部の人間を殺害するため、カナダ・ヴァンクーバー市にある超高層ビルを爆破し、3万人もの罪なき人々を死にいたらしめてしまった。主人公のキエラを含む警察組織「プロテクター」はリバティ8を一斉逮捕することに成功するが、公開処刑の直前、テロリストたちは謎の装置を使って忽然と姿を消してしまう。彼らの企みを察知したキエラとともに...。
気がつくと、そこは見知らぬ別世界。キエラとテロリストたちは、2012年の過去へとさかのぼってしまったのだ。本部のバックアップを得られず途方に暮れるキエラだが、偶然、通信を傍受した17歳のハッカー少年アレックの助けをかりて、現代社会にとけこもうと奮闘する。さらに身分を偽ることで、ヴァンクーバー市の地元警察と協同で捜査にあたることもできるようになった。こうしてキエラは、夫と子供のいる未来に戻りたいという願いを胸に秘めつつ、テロ集団の犯罪を阻止するべく奔走する。
『Xファイル』の"煙草を吸う男"で有名なウィリアム・B・デイヴィスや、『アンドロメダ』でロミー役を演じたレクサ・ドイグなど、SFドラマファンにおなじみの顔が出演。レイチェル本人も、初の主演ドラマということで、やる気満々で撮影に取り組んでいるのが感じ取れる。ぜひ本作を彼女の代表作にしてほしいと思う。
「未来から過去へと時間をさかのぼる追跡劇」は決して目新しいネタではない。有名な『ターミネーター』がそうだし、1993年に放映された『タイムトラックス』とは設定がソックリだ。日本でも『未来戦隊タイムレンジャー』という似た設定の作品が2000年に放送されている。にもかかわらず見入ってしまったのには、レイチェルの主演以外にも理由がある。以下、気に入ったポイントを挙げてみよう。
1)未来ハイテクを駆使した捜査
タイムトラベルを題材とするこうした作品では、未来からの来訪者がどんなテクノロジーをもっているのかがひとつの見どころ。電脳ガジェットの発達著しい昨今を反映して、本作に登場する未来ハイテクも見応えがある。
まず、キエラが身につけているボディスーツ。筋力を増強し、防弾機能をそなえているほか、周囲の環境に合わせて色を変えたり、着用者を透明化するステルス機能もある。スタンガンよろしく、高圧電流を流して相手にショックを与えることも可能だ。
キエラ自身の体もかなり電脳化されているようで、視覚には、犯罪者のプロフィールなどがターミネーターばりにオーバーレイ表示される。また、脳内のインプラントにより、過去一日分の記憶を巻き戻すこともできる(この記憶巻き戻し機能、僕もほしい!)。無線通信を介してアレック少年と話す回線も常時オンライン。さらに、可変機構をそなえ銃にも変身する"マルチツール"という道具を、キエラは携帯している。
もちろん、仲間の刑事には未来からの人間であることを明かしていないので、おおっぴらにハイテクを使えない。現場から遠いPC部屋にこもりっきりのアレックが行うサポートも、キエラには大きな助けとなる。肝心なときに、トイレや食事休憩で席を空けてしまうのは困りものだが(笑)
それから、現代の常識にうといキエラは、ズレた言動で周囲から浮いてしまうこともしばしば。「独り言は目立つから」とアレックの助言を得て、Bluetoothのヘッドセットをあわてて耳につける描写はなんともほほえましい。現代に到着して早々、ハッカー少年と接触するのは都合がよすぎると当初は思ったが、キエラが現代になじんでいくプロセスをテンポよく見せるために必要なステップなのだろう。
2)カナダだからできる? アメリカ社会の批評
実はこの点が、本作に僕が注目している一番の理由だ。
『Continuum』の未来社会は、企業に支配されたディストピア(理想郷の反対)として描写されている。プロテクターは企業支配の秩序を守る存在であり、テロ集団はその体制に反逆する"自由闘士"という位置づけだ(悪人顔だけど)。第1話の冒頭ではすでに「言論の自由などがないがしろにされている。テロリストの側にも言い分はあるんじゃないか」と市民が問いかけるシーンもあったりする。
もしかしてこの未来は、ごく一握りの金持ちが富を独り占めし、若者たちが"ウォール街を占拠せよ"と運動を起こした現代社会を敷衍しているのではないだろうか? であれば、キエラとテロリストの関係も、単に「正義の警察vs悪の犯罪者」という図式でとらえることができなくなる(リバティ8の指導者がちょっぴりビンラディン似なのは意図した配役なのだろうか...このあたりも興味深い)。
このように、アメリカではなかなか正面切って扱えない問題をさりげなく盛り込んだのはカナダ発のドラマなればこそ、かもしれない。しばらくは一話完結式の犯罪ドラマという体裁で話は進んでいくだろうが、それだけですまなさそうな予感を本作ははらんでいる。
3)主人公の行動に影を落とすパラドックス
タイムトラベルものといえば、パラドックスの描写は欠かせない。本作でも、"未来からやってきたテロリストたちが現代で好き勝手に暴れ回ったら、時間の流れはどうなってしまうのか?"という問いかけがあり、パラドックスに対する布石も第1話ですでに打たれている。
もちろん、放送が始まったばかりの現段階では、パラドックスをどれだけ掘り下げるのか未知数なのだけど、キエラ本人にしてみれば、未来にたとえ帰れたとしても、夫や子供が待つ世界ではないかもしれない、という不安がつきまとうのはたしか。彼女の行動にその疑問はつねに影を落とすだろう。
というわけで、今後の展開を楽しみに毎週チェックすることにした『Continuum』。いろいろ書きましたが、レイチェルが屈強な男たちを相手に渡り合うのを見ているだけでも、僕は幸せなのであります。
Photo:レイチェル・ニコルズ(c)Megumi Torii/www.HollywoodNewsWire.net