『フォーリング スカイズ』ダイ役のピーター・シンコダにインタビュー!<1>

『フォーリング スカイズ』。その主演俳優ノア・ワイリー(トム役)と一緒に市民軍として戦う"ダイ"を演じるピーター・シンコダがプライベートで日本にやってきたのは、以前お伝えしたとおり。あれから数か月。『フォーリング スカイズ』のシーズン2が放送スタートとなった今! あたためていたインタビューの続き<『フォーリング スカイズ』編>を公開します!

◆まずは、同席していたピーターのいとこから、ピーターのルーツを聴いてみました...。

ピーターは生まれも育ちもカナダ。母親は大阪出身、父親はカナダ生まれ(ルーツは鹿児島。祖父の出身地と思われます)。ピーターはカナダ生まれの日系2.5世(母が1世で父が2世)。日本名は「新小田まさし?まさる?」(漠然とした回答に思わず笑いがこぼれるNAVI編集部一同でした)

◆いよいよインタビュー!

―生まれ育った場所や現在住んでいる場所は?

生まれも育ちもモントリオールで、今はロサンゼルスに住んでる。日本語は勉強中だよ。"少し話せます"(日本語で)。"フランス語は毎日話してる。英語、フランス語、日本語の3か国語を話せるよ"(フランス語で)。

―今回、日本を訪れて感じたこと

日本の文化にはなじみがあるけど、もっとよく知りたいと思ってるんだ。日本に来たのは今回で4回目。大好きだし、これから何度も繰り返し訪れたい国だよ。今回、日本では目の覚めるような体験をたくさんさせてもらった。今まで以上に感謝してる。

―日本の印象は?

僕にとって、日本はほぼ完璧な国だよ。どんな瞬間でも、何かしら感動することがある。上品さを備えながらも、実質的で、効率的だ。日本では何でも高価で、住みにくいと言われてるけど、僕は住みやすい場所だと思うよ。日本には見習うべき部分がたくさんある。世界中の人たちに教えてあげたいくらいだよ。

―日本でお気に入りの場所はありますか?

先週、京都へ行ったよ。訪れたのは2回目で、金閣寺や清水寺へ行った。美しい場所だよね。とても気に入ってるよ。富士山の頂上にもいつか登ってみたいんだ。実は富士山には20年前に十代の時に一度登ったことがあるんだけど、その時は途中まで。とても寒かったよ。次は装備を完璧にして登ってみたい。当時も無理をすれば登れたけれど、妹や弟が一緒だったし、母に「やめなさい」と言われて諦めたんだ。

―なぜ俳優の道を志したのですか?

昔から俳優に興味があったし、なりたかった。だけど親の勧めもあって、大学ではエンジニアリングを専攻したんだ。2年勉強して、僕が本当にやりたいことではないと分かったから、大学を辞めた。たとえ卒業して学位を取得したとしても、エンジニアになるつもりはなかったからね。自分にウソはつけなかった。僕はいつも演技がしたくてたまらなかったんだ。だから必ず演技の道に入ろうと思った。念のため強調しておくけど、大学は自分から辞めたんだ。落第したからじゃないからね(笑)

―俳優としてのターニングポイントは?

『フォーリング スカイズ』がまさにターニングポイントだね。僕が俳優として生計を立てられるようになってから10年が経つ。最初はコマーシャルや、ゲスト枠でドラマにも出演してたけれど、ある時、ジェームズ・キャメロンが製作総指揮を務めた『ダーク・エンジェル』のシーズン3に準レギュラ―として出演するチャンスが巡ってきた。だけどジェームズが最終エピソードを監督した後に、番組がキャンセルされた。僕の夢も砕け散ったよ。その後、スティーヴン・スピルバーグが僕を雇ってくれた。『フォーリング スカイズ』へのレギュラー出演が僕のキャリアを一気に押し上げてくれたんだ。スティーブンとのコネクションができたのも大きいね。

―『フォーリング スカイズ』で役を得た経緯は?

オーディションを受けたよ。撮影まであと1週間というところで、ダイ役がまだ決まってなかったんだ。ダイ役の候補は他に二人いて、製作側は彼らにもオファーしようとしてたけど、その前に僕がオーディションを受けることになった。僕は当時カナダに住んでたから、オーディション用の素材を受け取り、自分で演技を撮影して、そのテープをロサンゼルスのエージェントに送ったんだ。テープは数日後にスティーヴンのデスクに届けられた。彼はそのテープを見て、僕にすぐに役をくれたよ。それから2日も経たないうちにカナダのトロントで撮影が始まった。めまぐるしい展開だったね。

―撮影の進み具合は?

パイロット版が2009年8月にトロントで撮影されてから約1年経った後、続きのエピソードの撮影が始まった。ロケ地は再びトロントだったよ。そしてシーズン2からは、バンクーバーに移った。昨年のクリスマスの数日前に、シーズン3の撮影が終わったところだ。

―スピルバーグについて

僕は昔からスティーヴンの大ファンなんだ。子供の頃、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』で、中国人の男の子の出演者を募集しててね。トロントでオーディションが行われると聞いた僕は、両親に車で会場まで連れて行ってもらったんだ。その頃、僕は映画に夢中になってた。俳優になりたいとすでに思ってたんだ。オーディションには落ちてしまったけど、とても意義のある経験だった。僕は今までもこれからもスピルバーグの大ファンだよ。彼は偉大なるストーリーテラーだと思う。

―スピルバーグに初めて会ったのは?

『インディ・ジョーンズ』のオーディションの時、スティーヴンはいなかったよ。彼に初めて会ったのは、『フォーリング スカイズ』の撮影現場だ。その後も現場で何度か会ったよ。ハリウッドのイベントでも何回か顔を合わせたこともあった。ドリームワークスでパイロット版のスクリーニングをした時があって、キャストやスタッフが集まって挨拶をした。彼は忙しい人だから、会える機会はそれほど多くない。いつも何かしら作品を撮ってるし、たくさんのプロジェクトを抱えてる。それにスタジオも経営してるしね。

―スピルバーグから演技のアドバイスを受けましたか?

スティーヴンから具体的なアドバイスはもらわなかったけど、楽しんでるかと聞かれたよ。

―スピルバーグとのエピソードがあれば聞かせてください

面白い話がある。90年代半ばにロサンゼルスに移り住んだ当初、お酒のデリバリーの仕事をしてたんだ。セレブ御用達のリカーショップでね。有名人の家にアルコールを届けてたんだけど、スティーヴンも顧客の一人だった。ある時、何と彼の家にお酒を届けに行ったんだ。ビールの樽を何個も運んだよ。アサヒ、サッポロ、キリン...。樽のほとんどが日本のビールだった。彼の家に着くと、樽を地下にすべて運んだ。地下に寿司のカウンターがあってね。暴露しちゃマズいかな...。タタミが敷かれていて、寿司のカウンターがあって...。僕はカウンターの後ろに、樽を置いた。その時スティーヴンに初めて会って、5~10分話をしたよ。『フォーリング スカイズ』の撮影が始まってから、「ピーター、いつかうちに寿司を食べにおいでよ。カウンターがあるんだ」って誘われたよ(笑)。彼は日本の文化が大好きなんだ。寿司も大好きなはずだ。地下にカウンターがあるくらいだからね。僕だけが知ってるスティーヴンの裏話だ。いいネタだと思わない?(笑)

―ノア・ワイリーについて

ノアは俳優としてすばらしいだけでなく、とてもジェントルマンなんだ。彼は現場でも、現場の外でも、相手が誰であれ、他人に対して思いやりを見せる。現場に何度か見学に来た僕の母に対しても同じだ。ハリウッドでも、彼ほどの優しさと気品がある俳優は珍しい。品のあるように振る舞う俳優もいるけど、大抵がうわべだけ。でも彼の振る舞いは本物だ。ノアは寛大だし、演技もうまいし、それに頭もいい。とてもキレる奴だ。彼との共演はいつだって楽しいよ。

―現場の雰囲気はどうですか?

僕の経験から言えば、映画やドラマの撮影現場では必ずと言っていいほど俳優同士の衝突がある。だけど『フォーリング スカイズ』の俳優はみんな仲がいいんだ。家族みたいだよ。互いに優しさや思いやりを持って接してる。他の俳優に敵意を抱いている人もいない。珍しいことだよ。プライベートでも一緒に出かけるほど仲がいいけど、特定の人同士がいつもつるむわけでもない。個々でも仲がいいし、みんなで出かける時もある。住んでる場所はカナダだったり、アメリカだったりと距離はあるけど、機会があれば一緒に出かけるよ。

―スタッフとも仲がいいですか?

TV番組や映画では、俳優は番組を構成する一つにすぎない。作品を作るには、共同作業が必要だ。俳優と同じくらい、音響のスタッフやランチを作ってくれるスタッフも重要だよ。みんなが一丸となって努力しながら、仲良くやってる。現場は楽しい雰囲気だよ。セットはダイナミックだ。爆発担当のスタッフに発砲担当のスタッフ、それに武器担当のスタッフもいる。みんな仲がいいんだ。

Photo:ノア・ワイリー Copyright 2010 Empress Media Asset Management, LLC