【お先見!海外ドラマ日記】ヒッチコックも想定外の面白さ?映画『サイコ』の前日譚ドラマはノーマン・ベイツの青春サスペンス・スリラー!

この数年、怒濤のごとくハリウッドを席巻するプリクエル映画ブーム。 『スタートレック』『X-MEN』『猿の惑星』『エイリアン』などなど、エピソードゼロが止まらない。そしてその波は、どどーんとテレビドラマにも押し寄せている。

たとえば、『セックス・アンド・ザ・シティ』の主人公キャリーの高校時代を描く『The Carrie Diaries』。あるいは、映画『羊たちの沈黙』の人食い殺人鬼ハンニバル・レクター博士と、FBI捜査官ウィル・グレアムとの出会いからを見せる『Hannibal』。そして極めつけは、サスペンスの神様ヒッチコック監督の代表作『サイコ』で世界を震撼させた、穏やかなサイコパス・シリアルキラー=ノーマン・ベイツの若き日を描く『Bates Motel』だ。

『Bates Motel』は、17歳のノーマン・ベイツが、母親と一緒に片田舎のモーテルに引っ越してくるところから始まる。そう、あの『サイコ』のシャワーシーンの舞台となったモーテルと、その奥に控える不気味な一軒家が、『Bates Motel』の中でそっくり再現されているのだ。そして、『サイコ』ではホネホネロックだったノーマンの母親ノーマ・ベイツが、このドラマの中ではまだ生きている!

ノーマに扮するのは、映画『マイレージ、マイライフ』の中でジョージ・クルーニーをその気にさせた妖艶な女優、ヴェラ・ファーミガ。彼女が『Bates Motel』の要所要所で見せる色気と狂気は圧巻で、「こんなに色っぽくてコントロール・フリークな母親に支配されたら、そりゃノーマンじゃなくたっておかしくなっちゃうよ」と、納得せざるを得ない絶妙のキャスティングだ 。

そして我らがノーマンには、映画『チャーリーとチョコレート工場』で主人公の少年チャーリーを演じた、美青年フレディ・ハイモア。一見、サイコパスなノーマン役にはキュート過ぎる彼。しかし、その繊細な表情に狂気が影を落とすとき、フレディの顔が『サイコ』のアンソニー・パーキンスとダブって見えてくるから不思議。それはつまり、フレディの演技力の確かさを証明している。

さらに『Bates Motel』には、『サイコ』には出てこないノーマンの兄や、高校の同級生などが登場する。ノーマンが恋に落ちるニコラ・ペルツ(映画『エアベンダー』カタナ役)を筆頭に、サブキャラにも美男美女が咲き乱れ、なかなかに目に優しい。このあたり、ブロンド美女を好んで採用したといわれるヒッチコック監督へのオマージュか。

ユニークなのは、1960年に製作された映画『サイコ』の前日譚であるにも関わらず、『Bates Motel』の時代設定が「今」であること。ノーマンが、ふつうに携帯で女の子とチャットしたりする。その一方で、ドラマの舞台であるアメリカの田舎の落ち着いた風景や、ノーマンのトラッドな服装に映画との違和感はなく、「今」という時間軸を使いながらも、ルックス的には『サイコ』と地続きなイメージを構築することに成功している。

『サイコ』のプリクエル・ドラマが製作されるという噂を聞いたとき、私は正直「ヒッチコックが監督するのならまだしも、他人が作る2匹目のどじょうが面白いはずもない」と全く期待していなかったのだが、第1話から スリリングな展開に手に汗にぎる嬉しい誤算。田舎町に次々と現れる怪しげな人物や、巻き起こる想定外の出来事は、かの『ツイン・ピークス』を想起させる。その意外性あふれる脚本とサスペンスフルな演出は、ヒッチコック映画の前日譚にふさわしい。

第1話を観たあとで、『Bates Motel』のエグゼクティブ・プロデューサーが、あの 『ロスト』のエグゼクティブ・プロデューサー兼脚本家でもあるカールトン・キューズだったとわかり、おおいに納得。『ロスト』を観ているときの、「えええええ、この先いったいどうなっちゃうの?」というギリギリの切迫感は『Bates Motel』でも健在だ。

さらに、アメフト青春ドラマの傑作『Friday Night Lights』の元脚本家が、やはり『Bates Motel』のエグゼクティブ・プロデューサーを務めており、ノーマンの青春(といえば恋バナ)もきっちり描かれ、このドラマを単なるスリラーに終わらせず、情感あふれる人間ドラマに仕上げている。

今の若者の何割くらいがヒッチコックの『サイコ』を観たことがあるのか知らないが、たとえ映画を知らなくても『Bates Motel』は充分に楽しめるし、観ていればさらに面白い。批評家受けもよく、第1話からケーブル局A&Eネットワークのオリジナル・シリーズドラマとしては史上最高の視聴率を叩き出し、早々とシーズン2・全10話の製作が決定している。またひとつ、米国のTVドラマ黄金時代を盛り上げるサスペンス・スリラーが誕生したといっていいだろう。

もしもヒッチコックがまだ生きていて、『Bates Motel』を観たら、いったい何と言うのか興味深いが、今の調子で毎週視聴者にスリルを提供することができるのであれば、特に文句も言わないのではないか。ただ、最初は面白くても、次第にネタが尽きてマンネリ化し、失速していくのがシリーズドラマの怖いところ。シーズン1前半のハイテンションを今後もキープできれば、将来的に『Bates Motel』来日の可能性もあると思うのだが、果たして結果はいかに?