イギリス女王は、実は首相たちのカウンセラー的な存在だった!? ナショナル・シアター・ライヴ2014 『ザ・オーディエンス』

毎週、決まった曜日に行われるエリザベス2世と歴代首相たちとの<謁見=オーディエンス>。
どんな話をしていたのか――非公開の謁見なのでその内容は文書にも残っていない。誰も知らない、知ることはない会話。だからこそ、好奇心と想像力がかき立てられる。
そんな女王と首相たちの謁見を題材に作られたのが、6月27日(金)からスクリーン上映される舞台『ザ・オーディエンス』だ。

誰も知らない自由さと、誰もが知っている人物を描く不自由さ。事実とフィクションを絶妙にブレンドしながら物語を紡いだのは、映画『クィーン』で知られざるエリザベス2世の葛藤を描き、アカデミー賞脚本賞にノミネートされたピーター・モーガン。彼は、エリザベス2世の謁見を首相たちのセラピーというユニークな視点で描き出している。

そしてエリザベス2世を演じるのは、やはり『クィーン』にてアカデミー賞主演女優賞に輝いたヘレン・ミレンだ。再びこの大役に、今度は舞台で挑むわけだが、ヘレンには女優としてさらなる挑戦が課せられている。『クィーン』は、ダイアナ元皇太子妃の突然の事故死に直面した特別な時期だけを描いていたが、今回の舞台では女王が即位したばかりの1952年から現在までを描く。実に60年以上の女王人生で起きたターニングポイントを演じ分けろというムチャぶり!とはいえ、そこは天下の名女優。しっかり期待に応えている。

この戯曲と主演女優を料理して舞台の上にのせる演出家は、『リトル・ダンサー』『めぐりあう時間たち』の監督として有名な名匠スティーヴ・ダルドリー。過去と現在、それぞれの年代がめまぐるしく入れ替わる複雑な戯曲だが、時に笑いでテンポよく、時に叙情的にゆったりと、美しい舞台を作り出している。

舞台に置かれた2脚の椅子。1脚は女王。もう1脚は首相。
時代が変わり、人々の価値観も大きく変わっていく中で、ずっと変わらぬ存在としてその椅子に座り続ける女王。
一方、隣の椅子に座る首相たちはチャーチルから現首相のデーヴィッド・キャメロンまでどんどん変わっていく。
女王につらくあたる首相もいれば、礼儀を知らない首相、誰にも言えない愚痴をこぼす首相もいる。その年代ごとの女王を所作、話し方、姿勢、衣装で演じ分けるヘレンの演技力は圧巻だ。彼女が演じる女王は、特殊な立場でありながら普通の感覚を持ち合わせ、何気ない世間話をしながらその非凡さを感じさせる。
女王は政治に口出しをする権利はない。話を聞き、時には助言をするが、基本的には首相の政治判断を否定はできないのだ。何も言わずに受け入れるしかない。その制限から葛藤が生まれ、彼女はそこから"女王"の役割を学び、そして本物の"女王"になっていく。

女王や首相というと、つい政治的な話を連想してしまうが、これはコミュニケーションの物語だ。時代とともにコミュニケーションの手段は変わっても、結局、向き合うことでしか、相手のことはわからない。それは変わらないのだ。
2脚の椅子が生む、そこはかとない緊張感。それは、これから"向き合う"という物語が始まる緊張感なのかもしれない。
即位したばかりの頃は、恐る恐る椅子に座っていた女王が、80歳を越えた今、深々と、そして悠々と椅子に座っている。どんな人にでも向き合える覚悟ができているように...。

ナショナル・シアター・ライヴ2014
『ザ・オーディエンス』

6月27日(金)からTOHO シネマズ 日本橋ほかで上映
演出:スティーヴン・ダルドリー 脚本:ピーター・モーガン
出演:ヘレン・ミレン、ジェフリー・ビーヴァーズ、ジョナサン・クート ほか
☆公式サイトはこちらから>

Photo:ヘレン・ミレン、ギールグッド劇場外観 - filmstill (c)amanaimages