『ドクター・フー』と、『ウルトラマン』『ドラえもん』の意外な共通点バルタン星人の物まねをご存じだろうか? 両手をはさみの形にして「フォッフォッフォッ」と笑う、あれである。なんともチープな物まねには違いないのだけど、誰でも簡単にできる。子どもとウルトラマンごっこに興じた親御さんなら、一度はやったことがあるのではないだろうか。日本から遠く離れた英国でも、そんなバルタン星人に相当するインパクトをもつキャラクターがいる。国民的人気TVシリーズ『ドクター・フー』に登場する「ダーレク」という悪役だ。
外見は、巨大なコショウ入れに、トイレの詰まりをなおすラバーカップ(スッポン)をとりつけたようなユーモラスなデザイン。だが、やることは情け容赦ない。「抹殺セヨ!抹殺セヨ!」とエフェクトのかかった声で叫びながら、ラバーカップから発する光線で、人間をばったばったとなぎ倒していく。
英国の子どもに長年愛され、物まねの対象にもなっているこのキャラクターを目にするたび、筆者は妙な既視感をおぼえ、そして思うのだ。『ドクター・フー』は、日本でいうところの『ウルトラマン』や『ドラえもん』に近い存在なのではないかと。どんな共通点があるのか、以下に挙げてみよう。
1.ファン層が複数世代にわたる長寿シリーズ
『ドクター・フー』は1963年、TV番組がまだモノクロで製作されていた時代にスタートした番組だ。それから80年代まで放送が続き、90年代の空白期間をへて、2005年に復活、現在にいたる。世界で最も息の長いSFドラマとしてギネス世界記録にのっており、昨年にはめでたく50周年を迎えた。
そう、50周年。それだけ長く番組が続くと、見ていた子どもは大人に成長して、その子どもと一緒に見るようになる。視聴者層が複数世代にまたがることで、はじめは子ども向けだった番組のテイストはしだいに洗練されていき、大人が見ても楽しめる作品へと進化していく。
日本でも、『ウルトラマン』や『ドラえもん』などの作品が長年支持されるなかで、多くの子どもたちが感化され、大人になっていったという事情がある。英国で同じ役割を果たしたのが『ドクター・フー』なのだ。
2.出演俳優が交代する(ウルトラシリーズ)
実写作品が長く続いていくためには、出演俳優の交代はどうしても避けられない。ウルトラシリーズも、ウルトラヒーローが交代し、世界観や俳優の顔ぶれが刷新、リフレッシュされていった。
『ドクター・フー』でも、ドクター役やコンパニオン(旅仲間)役といった出演俳優の交代が繰り返されてきた。ウルトラヒーローが別のウルトラヒーローにおきかわるウルトラシリーズとは違い、ドクターは同一人物のままなのだが、「再生」というプロセスをへて事実上の別人に生まれ変わってしまう。そのことによって、ドクターの性格、服の好み、口癖といった要素は、わりと大胆に変化していくのだ。
ときには「ウルトラ兄弟集合」のごとく、過去と現在のドクターが顔を合わせる回が作られることもある。もちろんドクターは本来一人しかいないので、複数のドクターを登場させるには、それなりのエクスキューズが必要となる(例えば時空間の異変)のだけど、実際のところ、それはファン向けのサービスイベントなのだ。昨年11月に英国などで放送された50周年記念エピソードでも、10代目ドクターを演じたデヴィッド・テナントなどがゲスト出演し、ファンを大いに喜ばせた。
3.過去や未来、さまざまな世界での冒険が描かれる(ドラえもん映画)
のび太の勉強机の引き出しから乗ることができる「タイムマシン」や、ドアを開けば別世界に通じる「どこでもドア」など、『ドラえもん』は、日常空間が別世界に通じる、イマジネーションの楽しさに満ちている。『ドクター・フー』で同じ役割を果たすのが、「ターディス」という乗り物だ。
ターディスの外見は、60年代の英国の街に設置されていたポリスボックス(警察に通報するための公衆電話ボックス)にそっくり。ところが、扉を開けると内部は広大な空間となっていて、大きなコンソールが中央に陣取っている。ドクターとコンパニオンはこの乗り物に乗って、恐竜時代の地球や最果ての宇宙、歴史上の有名人物が活躍したさまざまな時代、地球が滅亡したあとの未来などを、自由自在に行き来できる。
ご存じのように、『ドラえもん』の映画シリーズは、スケールが大きくバラエティに富んだ冒険の舞台が見どころになっている。『ドクター・フー』もTVシリーズでありながら、意表を突く舞台設定で、めくるめく冒険活劇が展開される。次にどんな時代・場所が選ばれるのか、ファンはいつも楽しみにしているのだ。
4.ユニークな敵キャラクター(ウルトラシリーズ)
バルタン星人やゼットン、ゴモラ、ダダなど、ウルトラシリーズに登場した怪獣や宇宙人は、大人や子どもの記憶に強烈に焼き付いているのは言うまでもない。『ドクター・フー』に登場するモンスターも、それらに負けないくらい強いインパクトをもっている。
冒頭に紹介したダーレクは、一見ロボットのようだが、実は、金属製のシェルに身を隠したエイリアン。すべての生物を抹殺することを使命としている凶悪なやつで、ドクターにとって最大の宿敵でもある。ほかにも、全身をサイボーグ化し、他の有機生物をサイボーグにすることを目的とする「サイバーマン」、ふだんは彫像のような外見をしているが、目を離したスキに襲いかかる「嘆きの天使」など、ユニークなモンスターが登場する。
アメリカ産のホラーに出てくるモンスターとは違って、『ドクター・フー』のモンスターは単に恐ろしいだけではない。どことなく愛嬌があったり、シニカルなユーモアを含んでいたりする。その絶妙なバランスで、大人や子どもに親しまれているのかもしれない。
5.ほぼ無敵のメインキャラクターと、視聴者目線のサブキャラクター
巨大化して多彩な光線技を繰り出し、怪獣を退治するウルトラマン。四次元ポケットから便利な道具を次々と取り出してくれるドラえもん。彼らは私たち普通の人間にとってあこがれの対象であり、ほぼ万能・無敵の存在といってもいいかもしれない。
『ドクター・フー』のメインキャラクターであるドクターも、そんな風に位置づけられる存在だ。頭の回転が速く何にでも精通しており、難問をたちどころに解決する。ソニック・スクリュードライバーという道具でほぼ何でも直してしまう。心臓を二つもち、瀕死の状態になると肉体が再生するので、不死の存在に近い。
そんな、ほぼ万能・無敵のメインキャラクターには、視聴者目線のキャラクターを伴わせると効果的だ。ドラえもんにとってはのび太、ドクターにとってはコンパニオンがそれにあたる。
コンパニオンは多くの場合、若い女性で、ドクターがいざなう冒険の魅力に惹かれ、危険を承知で旅に同行する。視聴者の立場に近いので感情移入がしやすく、事実上の主人公となることもある。
6.含蓄のあるエピソードの数々
初期のウルトラシリーズや『ドラえもん』と同じく、『ドクター・フー』も、優れた脚本に恵まれてきた。
とくに2005年にシリーズが復活してからのエピソード群は評価が高い。鮮烈なSF的コンセプトに加えて、社会批評や、人間性を肯定する前向きなメッセージを盛り込み、人生の無常や命のはかなさにも言及する。見ていてホロリとさせられることも多い。
そうした質の高いエピソードを担当した脚本家として、シリーズ復活の立役者となったラッセル・T・デイヴィス、現製作総指揮者で『SHERLOCK/シャーロック』のクリエイターでもあるスティーヴン・モファット、数多くのコメディを手がけ、『SHERLOCK/シャーロック』ではマイクロフト役で出演しているマーク・ゲイティス、英国のSF/ファンタジー作家として名高いニール・ゲイマンなどの名前が並んでいる。
さて、これまで英国発の『ドクター・フー』と、日本発の作品との共通点を探ってきたが、もちろん『ウルトラマン』や『ドラえもん』に馴染みがないという人にもお勧めしておきたい。『ドクター・フー』は、スティーヴン・スピルバーグや、ピーター・ジャクソン、ジョニー・デップ、スティーヴン・キングといったクリエイター・俳優が大ファンであることからわかるように、創造的な感性を刺激する大人向けの作品でもある。綿密に計算された、高クオリティのエンターテイメント作品なのだ。
しかも、『ドクター・フー』の人気の波は、アメリカ、中南米、オーストラリア、韓国など、今や世界中に広がっている。日本でもこれからもっと認知されていくことだろう。もう一度、ワクワクしながらテレビ画面を見たいという人は、ぜひ『ドクター・フー』の魅力に触れてみてほしい。
『ドクター・フー ニュー・ジェネレーション DVD-BOX 1』
10月3日より発売開始(価格¥13,800+消費税)
本編時間:約664分(2話×7ディスク)14話収録
発売元:BBCワールドワイド、株式会社KADOKAWA 角川書店
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