
海ドラの黄金期といわれ、全米TVネットワークではこの2~3年にわたり、特に速いペースで入れ替わり立ち替わり新番組が登場してきた。しかし、その中でも『Empire 成功の代償』ほど全米を夢中にさせたドラマは、近年でも稀な存在だ。
毎年大手スタジオ各社が、その年デビューの新番組を初披露する「LAスクリーニング」というイベントがある。1日に10本近くの新番組を5日間に渡って試写するという持久走のようなイベントなのだが(笑)、この筆者はラッキーにも去年5月のLAスクリーニングで『Empire 成功の代償』を試写させていただいた。イベントを通して30本近く試写した新番組の中で、この作品ほど大ヒットを予感させた作品はなかったことをよく覚えている。
視聴率が悪ければシーズン途中でも容赦なくカットされる全米ネットワーク界。その熾烈な戦いの中で今年1月のデビュー以来、エピソードごとに毎週視聴率を押し上げ、先日放映されたシーズン1最終回では2014~2015年初期の視聴率ナンバーワンに輝く快挙を成し遂げた。(注釈:この結果にはアメフト優勝決定戦の「スーパーボウル」直後に放映され、その恩恵を受けた『ブラックリスト』の視聴率は含まれていない。)ドラマ初回の視聴率と比較すると、なんと80パーセントの上昇率となっており、専門家の分析によると、この数値は稀な現象だという。一体この番組の魅力とはなんなのだろう?
TVドラマ『24 -TWENTY FOUR-』シリーズをはじめ、数々の人気映画を手がけた敏腕プロデューサーのブライアン・グレイザーが製作総指揮、映画『プレシャス』でアカデミー監督賞候補となったリー・ダニエルズが企画・監督・製作総指揮を務める『Empire』は、彼らが率いる最強製作チームと、それにふさわしい強力キャストが演じる一癖も二癖もあるユニークな登場人物たちの織りなす物語がいちばんの魅力。
ドラマの舞台となるのは、現在の音楽業界の中心ジャンルともいえるヒップポップ業界。スラム街でギャングを率いてサバイブしてきたルシウス・ライオンは、たぐい稀な音楽の才とやり手の妻クッキーが払った犠牲の上に独自のミュージック・レーベルEmpireを築き上げてきた。"帝国"を意味するEmpireは、次々とライバルを排除、或いは買収して今では音楽業界の帝王となっていた。そんなある日ルシウスは、医者からALS(筋萎縮性側索硬化症)であること告げられ、余命いくばくもないことを知り愕然とする。自分の築き上げた"帝国"を存続させるためには、3人の息子の誰に継承すべきか? 利害関係が絡み、父子関係はもとより兄弟関係にも亀裂が走り出した矢先、元夫ルシウスの罪をかぶって服役していたクッキーが17年ぶりに出所してくる。自分を犠牲にしてまでルシウスの成功を支えた挙げ句、夢のEmpireに自分の居場所がないことを知ったクッキーは怒り狂う。断固として自分の取り分を奪い返すべく、クッキーの戦略的な復讐がはじまる。
ザックリとあらすじをお伝えするとこうなるのだが、ダニエルズ監督によるとこのドラマは、シェイクスピアの名作「リア王」をモチーフに描かれているという。「クラシックは年を経ても死なず」という英語の諺があるが、クラシックを土台にしたソリッドな物語づくりがこのドラマの成功につながっているのだろう。つまり、舞台はシェイクスピア劇のような宮廷であろうが、『Empire』のようなヒップポップ業界であろうが、権力が絡んだ家族間の愛憎劇というのはいつの世になっても庶民にとって格好のメロドラマ、要するに娯楽ネタなのだ。とんでもなく悲惨で醜くかったりするのだが、こちらとしては事故現場の野次馬がごとく、ついつい立ち止まって見てしまう。
そして最高のストーリーをベストの形で観客に伝えるには、選りすぐりの俳優陣が必要である。本作は、現在のハリウッドで注目されている旬のアフリカン・アメリカン系俳優たちをラインナップし、ルシウス・ライオンには映画『ハッスル&フロウ』でアカデミー主演男優賞にノミネートされたテレンス・ハワード、そして夫ルシウスのキャリアを支え、夫が犯した罪を肩代わりし17年間の刑務所暮らしをした筋金入りの元妻に、映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』でアカデミー賞助演女優賞候補となったタラジ・P・ヘンソンを迎え、この他にも1996年に映画『ザ・エージェント』でアカデミー助演男優賞を受賞したキューバ・グッディング・Jr、2009年に映画『プレシャス』でアカデミー主演女優賞候補となったガボレイ・シディベなど演技派の豪華キャストが出演していることも話題の的になっている。
コメディ番組ではないシリアスなドラマにおいて、出演者のほとんどがアフリカン・アメリカン系キャストというドラマは異例なことから、そんな面でも『Empire』の動向は周囲の注目を集めていた。結論から言うと、良いものは良い。様々な番組があふれる中で、これだけ絶賛されているドラマである。ぜひ初回をご覧いただきたい。そのあとはオートマチック、『Empire』の世界にハマり込んでしまうこと間違いなしなのだ。
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