春と夏にTV評論家を対象にして行われるTV批評家協会ツアー。春にお招きいただいたNetflix主催のツアーに引き続き、先日行われたNetflix主催夏のプレスツアーにお邪魔してきました!
配信ホヤホヤの話題作から秋にかけて配信がスタートする新シリーズを真っ先に試写させていただくと共に、出演者たちがステージに集うパネル・ディスカッションやインタビューの機会が設けられたこのツアー。今回も大いに盛り上がって、Netflix選り抜きオリジナル・シリーズの取材をしてきました。
今回ご紹介するのは、Netflixオリジナル作品として新たに加わった『ゲットダウン』。映画『ムーラン・ルージュ』や『華麗なるギャツビー』(2012年)などで有名なバズ・ラーマン監督がメガホンを取ったヒップホップ・ミュージカルで、有名業界誌バラエティによると推定1億2000万ドルという巨額を投入して製作された意欲作です。
舞台となるのは1977年のニューヨーク州サウス・ブロンクス。全米で『スター・ウォーズ』やカンフーが大流行していた時代で、音楽界では70年代前半に盛り上がっていたディスコがそろそろ衰退を始めた時期でした。70年代のブロンクスは現在のブロンクスとは大違いで、ゴミだらけの荒んだ街で住んでいる人たちも貧困にあえぐ黒人層が大半でした。そんな境遇の中でも音楽を支えに生きている少年少女たちに焦点を当て、ヒップホップという音楽ジャンルとその文化の誕生を当時の社会情勢と織り交ぜて描いた作品が『ゲットダウン』です。
ブロンクスに住む主人公のイゼキールは、詩を書くのが上手で頭は切れるのに学校ではやる気を見せず、自分の秘めた才能をどうしていいかわからず悶々としているティーン。そしてイゼキールが心を寄せるのがマイリーン。素晴らしい歌声を持ち、いつの日か憧れのドナ・サマーのようなディスコクイーンになるのが夢なのに、牧師である父親の厳しい目から逃れられずにいます。この二人の周りに、イゼキールの仲良しでDJ志望のシャオリン、グラフィティ・アーティストのディジー(ウィル・スミスの長男ジェイデンが演じています)など、たくさんの個性豊かな少年少女たちが登場するとともに、そんな若者たちを引きずり込もうと手ぐすねを引く犯罪組織や地域に大きな影響を与えることになる政界の人間たちの存在がストーリーに厚みを持たせています。
さて本作のプロモーションにあたって、TCAの個別ラウンドテーブル(=タレントと複数の記者が一緒に丸テーブル座って行うインタビュー)には、ラーマン監督とヒップホップの生みの親と言われるグランドマスター・フラッシュがお目見えして興味深い話を披露してくれました。
前日にTV批評家協会メンバーのために舞台に上がってQ&Aをしていた時のラーマン監督は、甘いものを食べ過ぎてハイになった子どものように(笑)超早口で飛ばしていたので、次の日に行われたラウンドテーブルでの監督がどれだけテンション高いか、我々一同少々ビビり気味だったのですが、お疲れのせいかテンションは低めで一同は安堵(笑)。でも冗談はさておき、例えば高額すぎると噂だった予算問題や個性の強いクリエイターや俳優たちへの対処など、何かと問題がつきものな大掛かりなプロダクションの成功には、ラーマン流テンションがないと乗り越えられないんですよね。監督というのは本当に大変な仕事です。
ちなみにラーマン監督はオーストラリアの超田舎で育ったので、見られる映画に関しては当時とてもダサいと思われていた30年代や40年代の映画やミュージカルのテープしか手に入らなかったのだそうです。そういった作品を見て育ったことから音楽とビジュアルのコラボレーションに魅了されたのだろうと話してくれました。また、子どもの頃から物語を表現するために音楽とダンスと視覚効果を使うというビジュアル的なコネクションを持っていたことや、監督が創る作品にはエッジーさとグラマラスさの両方を取り入れることにも注意していることなどを語ってくれました。その時は映画『サタデー・ナイト・フィーバー』を例に挙げて、「あれはかなり現実的なところもある。エッジが効いていて、ショッキングだけど、同時にディスコの要素もあってとてもグラマラスだ」と説明してくれました。確かに監督の作品には必ずそういった要素が詰まっていますよね。
さてグランドマスター・フラッシュがヒップホップの王者であることも知らなかった筆者は、これまでヒップホップDJなどというものはただレコードを適当にスピンしてノリノリな雰囲気を出していればいいのだろうと思っていたんですが、実は全然違ったんです! フラッシュが語ってくれたのですが、レコードを先送りに何回まわして次は後ろに何回といった具合に(もちろんこれを高速でやるわけです!)、音楽のビートごとに決まりがあって、そのルールを守ってビートの空いた部分に次の曲をはめて、またそのビートに合った回し方をしていくのだそうです。あとそれだけではなく、ビートごとに観客に向かって投げかける仕草や目つき、そしてどうオーディエンスに語りかけていくかなど色々な段取りがあるのだそうで、その意外な複雑さにビックリ!
DJをすることが一筋縄ではいかないことを心得ているフラッシュは、ラーマン監督が撮影開始2ヵ月ほど前に、若い頃のフラッシュを登場人物として出演させると相談してきた時にできっこない、と聞き流していたんだそうです。フラッシュのテクニックをきちんと学び、演じることのできる俳優など絶対にいないと思っていたので、1ヵ月後にラーマン監督が見つけてきた青年を見て驚いたとか。「見も知らぬ僕の息子が突然現れたのかと思った!」と言うほどフラッシュにそっくりだったそうです。そのあと、監督が用意してくれたスタジオに缶詰になって、その子を特訓。「厳し過ぎて細かいからいい先生とは言えない」と自分の指導をふり返っていたフラッシュですが、2ヵ月の猛特訓の末、すごくいい結果が出たと言っていました。本作を見ることで、とにかくヒップホップの歴史とその重要な背景となったブロンクスについて深く理解して欲しいとも語っていました。
本作をきっかけに、新たなヒップホップ旋風が巻き起こりそうな予感がしませんか?
(取材・文: 明美・トスト / Akemi Tosto)
Photo:TCAプレスツアー『ゲットダウン』
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