米アメコミ実写作品の批評スコアは平等か!? 厳しい「批評」は何を生み出すのか。〈前編〉

近年、全世界で市場を拡大し続けているアメコミ(アメリカ産のコミック)の実写化映画。
2016年は、ファンの大きな期待を担ったアメコミ映画作品群が一挙公開を迎えた年でした。

2月には『デッドプール』(20世紀FOX/マーベル・エンターテインメント)

3月には『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』(ワーナー/DCコミックス)

5月には『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(ディズニー/マーベル・スタジオ)

同5月に『X-MEN:アポカリプス』(20世紀FOX/マーベル・エンターテインメント)

6月には『ミュータント・ニンジャ・タートルズ:影<シャドウズ>』(パラマウント・ピクチャーズ)

8月には『スーサイド・スクワッド』(ワーナー/DCコミックス)

11月に『ドクター・ストレンジ』(ディズニー/マーベル・スタジオ)

以上、米国での公開月。

(※【基礎知識1】『X-MEN』や『デッドプール』、そしてヒュー・ジャックマン主演で根強い人気の『ウルヴァリン』のシリーズはマーベル・コミックスが原作ですが、20世紀FOX製作の映画。一方、同じくマーベルが原作である『アイアンマン』『キャプテン・アメリカ』『アベンジャーズ』などのマーベル・シネマティック・ユニバース:MCUの作品群はマーベル・スタジオ製作でディズニー配給の映画。映画化権を有する映画会社が異なるため、X-MENとアベンジャーズが垣根を越えてクロスオーバーすることは、現時点では起きていません)

ざっと見渡しても、これだけの作品が興行的にもヒットを飛ばし続けているだけに業界の視線も熱く、この流れは今後何年間も続くものと思われます。

一昔前なら、「アメコミ映画」は、米国内でも"マニア向けの娯楽"といったマイナーイメージが拭えないジャンルでした。しかし、すでにそのイメージは過去のものになり、むしろ「映画界を潤す重要コンテンツ」として、ハリウッド・メジャーの急先鋒に転じたと言っても過言ではないでしょう。

12月12日に世界に配信された、第74回ゴールデン・グローヴ賞のノミネーション発表で、なんとミュージカル&コメディ部門の作品賞に『デッドプール』が、そして同部門の主演男優賞に『デッドプール』のライアン・レイノルズが、見事にノミネートを果たしたことは、コミック原作映画の立ち位置・認知度・価値が上がってきたことを示しているとも言えます。

 

(※【基礎知識2】『デッドプール』は、『X-MEN』シリーズのスピンオフ映画。ヒーローものには珍しく、キワドいジョークやバイオレンスを連発する"R指定"でありながら、驚異的なヒットとなった傑作アクション・コメディ。コミック同様に、作劇の常識を破り、スクリーンを見ている観客に主人公が直接話しかけてくる手法や、他の作品のヒーローたちや俳優の実名までを劇中で茶化して笑いを取るルール無用のスタイルが大いに受け、アメコミ作品がなかなか当たりにくい日本の市場でも成功を収めました)

人気や注目度が高まれば、それに伴い、それぞれの作品の評判・感想も大きく響き渡ることになります。

今年の8月、米国の映画業界でかなり物議を醸した話題があります。
映画批評にまつわる非常に珍しいニュースで、にわかにアメコミ映画への「批評」の公平さが問われたのでした。

米国のインターネット人気批評サイト「ロッテン・トマト/Rotten Tomatoes」が算出し、作品毎に掲載している批評記事のスコア(0%~100%で示される数字)に対し、一部のファンが抗議し、

「ロッテン・トマトを閉鎖するべきだ!」

という嘆願の署名を募るキャンペーンがネットで張られたというものです。

この署名活動を始めた人物は、DCEU(DCエクステンデッド・ユニバース:DCコミックスの映画ユニバース)の熱意あるファンでした。本年のDC公開作には、前述の『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』と『スーサイド・スクワッド』がありましたが、その期待された2作品が、興行的には大きな成功作となったものの、批評家たちからは厳しい目線で分析され、「ロッテン・トマト」がまとめた批評家たちのコンセンサス(総意)のスコアが2作品連続して20%台の数字になったことに憤り、キャンペーンサイトで訴えたのです。

 

(※【基礎知識3】現在展開中のDCエクステンデッド・ユニバースとは、DCコミックスの人気キャラクターであるスーパーマンやバットマンたちが存在する世界を、複数の実写映画で長期間にわたり築いていく壮大なユニバースの計画。2013年の『マン・オブ・スティール』に始まり、今年は『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』と『スーサイド・スクワッド』が公開。この3本に続き、今後さらにワンダー・ウーマン、ジャスティス・リーグ、アクアマン、フラッシュなどの著名タイトルが加わっていく。特にベン・アフレックが自ら監督・脚本を手掛けると言われているバットマンのソロ映画には大きな期待が寄せられています)

以下、そのキャンペーンに掲げられた文言:

The Audience 観客へ
Don"t listen to film criticism 批評に耳を貸してはいけない。
There"s A Disconnect Between Critics And Audiences
批評家たちと観客の間には隔たりがある。
You may enjoy a movie regardless what the critics say about it
批評家たちがどんなことを言ったとしても、あなたは映画を楽しめるかもしれないのだ。
We must get the people to know that the criticism not the measure of the quality of movies, it"s just the opinions of the critics
我々は、批評は映画作品のクオリティーを計る尺度ではなく、単に批評家たちの意見に過ぎないのだと、人々に知らしめなければならない。
Sign the petition
嘆願に署名を。

(※以上、英文は原文ママ)

このキャンペーンそのものはすでに終了し、活動を率いた人物も、もちろん「ロッテン・トマト」を本気で閉鎖させようと試みたわけではなく、世間やメディアに一石を投じたかっただけ、と主張しているのですが、驚くべきは、この活動がなんと最終的に22000名もの署名を集めたことです。

この主張が正しいか、正しくないかはともかく、実際にインターネット上では、

「ロッテン・トマトには、DC映画に対して、厳し目のバイアス(客観性を妨げる偏った見方)があるのではないか?」

という議論が起きたのです。
上記の嘆願文と同じように、多くの熱烈なファンが不公平感を抱き、「ロッテン・トマト」や批評家たちへの口撃が一時、大変に強まりました。
また同時に、業界やファンの間ではライバル社の映画ユニバースであるマーベル・シネマティック・ユニバースとの対立意識(いわゆる《DC対マーベルのライバル論争》)の炎に油を注ぐことにもなったのです。

なぜ、こんなことが起きたのでしょうか?
ここには多くの誤解が含まれているのです。

そこで今回のコラムでは...

時に"数値"が生み出すインパクトが一人歩きし、米国の、日本の、世界の映画・ドラマファンやアメコミ映画ファンをやきもきさせてしまいかねない「ロッテン・トマト」のシステムについて、その利点と問題点を考察し、誤解を解いていこうと思います。

〈「ロッテン・トマト」の"%"の数字が意味するものとは?〉

批評家たちのコンセンサス(総意)を数値で表す「ロッテン・トマト」のシステムを理解する上で、まず第一に知っておかなければいけないのは、

「ロッテン・トマト」それ自体は、"映画そのもの"を採点していない!ということ。

つまり、「ロッテン・トマト」が映画に対して、直接に批評の「☆」や点数を付けているのではないということです。
「ロッテン・トマト」が行っているのは、新聞や雑誌などあらゆる映画関連のオンラインメディアから信用に足る批評記事を集め、それらの記事の批評が、「肯定的な内容」か?「否定的な内容」か?を判断し、

「全体の記事の中で、肯定的な意見や感想の記事が何%あるか!?」

を割り出すことなのです。

非常に解りやすく言えば、"選挙の開票結果を知らせる役割"あるいは"世論調査を行う機関"に似ています。
映画への、批評家たちの支持率の「%」を映画ファンに伝えているだけ。
なので仮に「ロッテン・トマト」自体を閉鎖したとしても、映画への批評家たち個人の意見や分析結果が変わることはありません。

第二に知っておかなければいけないのは、

この「%」の数字は、"支持率"であるので、
映画への採点、あるいは映画の得点ではない!
ということ。

ここが一番の誤解を生んでしまうポイントですが、
たとえば「80%」の支持率を獲得した映画が、批評家たちが必ずしも"80点"を付けた映画ではない、
ということなんです。

次のケースを見比べて下さい。

「ロッテン・トマト」がある総意を割り出すのに、100名の批評家の記事を集めたとしましょう。

Aのケース:

この100名のうち80名が、その映画の採点で「10点満点」の評価中、6点を付け、
残りの20名はこの映画をまったく好まず、1点を付けたとします。
すると全体の支持率は(その記事内容のほとんどが6点という、まあまあの及第点であっても)、
「(肯定記事が)80%」というハイ・スコアの結果になります。

Bのケース:

逆に、80名が4点を付け、20名が10点満点を付けたとしましょう。
20名もの批評家が満点を付けていて、なおかつ一人も最低点を付けなかったとしても、
その映画の支持率のスコアは、「(肯定記事が)20%」というロー・スコアの結果になってしまうのです。

こういったケースがあった場合、AとBの映画のどちらが面白いか?と判断するのは非常に
難しくなります。
一般的に広く受けるのはAかもしれませんし、刺激や作家性を求める人はBを好むかもしれないからです。
支持率だけでは、完全には映画の善し悪しの判断はできません。

「ロッテン・トマト」のサイトにじっくり目を通すと、映画の「%」のスコアのすぐ下に、小さな字で、
"Average Rating"(平均の採点)という別の数字が、実はちゃんと書かれています。
この数字は10段階になっており、これが批評家たちがその映画に与えた採点の平均値を示しています。

(※【注意!】Average Rating が表示されるのは、「ロッテン・トマト」のパソコン版の画面です。携帯・モバイル版では表示されない場合があります)

よほどの好き嫌いや偏見が無い限り、ほとんどの批評家はフェアにいろんな作品を見つめていますから、
この"Average Rating"(平均の採点)をチェックすれば、実際はどれほど好意的に、あるいは否定的に書かれているのかを推量することは可能です。

大切なのは、支持率の「%」が高かろうが、低かろうが、気になる映画の批評は、一つひとつ読んでみて、
どこが好評で、何が不評とジャッジされているのかを知ることです。

とはいえ、やはり総意としての「%」の数値が高い方が、様々な見方をする人々をバランスよく楽しませ、感動させ、満足させている《率》としては高いのですから、"尺度"としては充分に参考になります。
現実的に、「ロッテン・トマト」の「%」の数値が85%を超えてくる映画の多くはなんらかの賞レースに絡んだり、95%前後にもなるとアカデミー賞の作品賞の有力候補に名前が挙げられたりします。

たとえば、過去のコミック実写化の作品の中では...

代表的なDC原作の映画『ダークナイト』(クリストファー・ノーラン監督。クリスチャン・ベール主演)が
支持率94%、Average Rating は10点中8.6点。

マーベル原作の映画では、マーベル・シネマティック・ユニバースの1作目『アイアンマン』が
支持率94%、Average Rating は10点中7.7点。

どちらも批評家からもファンからも高い人気を誇っていますが、アメコミ映画としては『ダークナイト』の8.6点という数字はかなり際立ちます。
同作で悪役ジョーカーを演じたヒース・レジャーは、没後ではありますが、アカデミー賞の助演男優賞を獲得しています。

支持率も採点もどちらも極めて高い作品は、業界・批評家・ファンら、すべての方面から強い支持を受け、アメコミ映画であっても、権威ある賞にさえ到達することを証明している好例です。

 

〈"「ロッテン・トマト」には、DC映画(DCEU)に対して、厳しいバイアスがあるのでは?"という疑念について〉

結論からズバリ言いましょう。

ありません!!

「ロッテン・トマト」は先ほど述べたように、映画を直接に採点することはありません。
なので、バイアスのかけようがないのです。
批評家たちはどうでしょう? もし彼らにDCの映画作品に対して、もしそのような偏りがあるとしたら、過去のDC映画すべてに対しても低い評価の数字が出されてきたはずです。

しかし、『ダークナイト』トリロジーと呼ばれる3部作の、1作目『バットマン・ビギンズ』の支持は84%、3作目の『ダークナイト・ライジング』も87%と、(2作目『ダークナイト』よりは下がるものの)いずれも高い。

ちなみに、同「ロッテン・トマト」のテレビ批評部門では、"アロー・バース"と呼ばれて人気の高いDCのテレビドラマ作品(米CWチャンネルで放送中)の批評家の支持率が『ARROW/アロー』が5シーズン平均で97%、『THE FLASH/フラッシュ』が3シーズンで94%、『SUPERGIRL/スーパーガール』(第1シーズンはCBSで放送され、第2シーズンからCWに移行した)が2シーズンで97%と、かなり高い評価を受け続けています。
また"アロー・バース"とは別ですが、バットマン誕生以前の世界を実写化した米FOXチャンネルで放送されている『GOTHAM/ゴッサム』も3シーズンで83%と、これまた高い数字を維持しています。

批評家たちの目線が"DC作品"に対し不利に働くことなど、無いのです。

批評家たちにも数多くのアメコミファンがいて、数多くのDCファンもいます。
彼らはただただ、素晴らしい映画やドラマ作品を期待しているだけなのです。
批評家の方々自身も、"観客"であり"視聴者"ですから!

 

もう一つ、バイアスなどかかるはずもない、決定的な事実をお伝えしておきます。

批評サイト「ロッテン・トマト/Rotten Tomatoes」の運営はどこが行っているか?

それは、「ファンダンゴ/FANDANGO」というオンラインのメディア企業です。
「ファンダンゴ」は、オンラインで映画のチケットを販売する事業を行っており、便利で、信用度も高いので、人気映画の席を早めに押さえるため、僕自身もチケットを購入するのに、よく利用しています♪

「ファンダンゴ」は、観客に映画への関心を抱かせ、映画館に呼び込み、チケットをより多く買ってもらうことが最大のビジネスです。
だとすれば、「ロッテン・トマト」が特定の映画にネガティヴなバイアスをかけ、観客の足を遠のかせるようなことをする道理がないのです。

さらに!

その「ファンダンゴ」を所有する親会社はどこか?

実は「ファンダンゴ」は、「NBCUniversal/Comcast」と「Warner Bros./Time Warner」の二つの大手映画会社が保有しているのです(保有の割合は異なります)。

DC作品を数多く世に送り出してきた米ワーナー・ブラザース自らが、その何割かを保有する「ファンダンゴ」。
その「ファンダンゴ」が運営する「ロッテン・トマト」のサイト上に、親会社のワーナーとDCが手掛ける映画やドラマの批評記事や支持率の掲載するにあたり、わざわざ不利なバイアスをかけるわけがありません。

つまり、このコラムの冒頭で触れた、一部ファンからのサイト閉鎖の訴えというのは、完全なる誤解から生まれた、見当違いの抗議なのです。

むしろ、数多くの批評家たちのあらゆる意見の記事や、算出された支持率の数字をありのままに「ロッテン・トマト」のサイト上で掲載させている、親会社の「NBCUniversal/Comcast」と「Warner Bros./Time Warner」の2社は、非常にフェアな運営を続けているということなのです。

懐が深いと思いませんか!?

実はこういう公平な側面こそが、米国の映画ビジネスが栄える要因となっている「底力」であり、"映画ジャーナリズム"というものが、しっかり機能しているのです。

~〈後編〉では、「ロッテン・トマト」の問題点や、批評の大切さについて考えます~

Photo:
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