「業界視点」でズバリ予想、秀作で溢れる第89回アカデミー賞の行方!!

(※注意:このコラムの文中のキャラクターの名称や、監督名・俳優名・女優名などは、
原語または米語の発音に近いカタカナ表記で書かせて頂いています)

いよいよ本番まで秒読みとなった、本年度のアカデミー賞授賞式。
2月21日夕刻には、アカデミー会員たちによる投票も締め切られたようです。

今年もレッドカーペットから、ノミネートされた人たちや作品関係者の喜びの声、プレゼンターたちの艶姿をお届けするわけですが、
その前に!! 恒例となりました、米国の「業界内からの視点」の予想をお届けしたいと思います。

さて、皆さんは次に挙げる"選択肢"に、勝敗や甲乙をつけることができますか?

◆ 丹念に育てた牛の霜降り肉を、絶妙な加減に焼き上げた、熱々のステーキ一枚。

◆ こだわり抜いた自家製粉の蕎麦(そば)粉で、名人が打った、こしのある、よく冷えた蕎麦のせいろ一枚。

あるいは、

◆ 店が受け継いできた秘伝のタレを塗り、じっくり炙った天然鰻の丼一杯。

◆ 今朝、北海の漁で獲られたばかりの、潮の風味と甘みが広がる、ウニの寿司の一貫。

これらは、すべて〈料理〉というジャンルで語られるものです。

量や値段や調理法にかかわらず、これら料理にはそれぞれの歯ごたえがあり、喉ごしがあり、香りがあり、味があり、独自で異なる感動と満足感を生んでくれます。
素材を培った人、選び抜いて、作った料理人たちの思いがあります。

芸術や娯楽、あるいはメッセージ性を伴う商品として、皆さんの目の前に届く、話題のノミネート作品群も同じです。

〈映画〉というジャンルで一括りにされますが、すべてがまったく違う味わいの作品
心を躍らせるものもあれば、心を温かくするものもあります。心に突き刺さる、心をえぐる、心を震え上がらせるものもあります。観る者の心と心をつなげたり、別の世界にいざなってくれるものもあります。

これらに、勝敗や点数やランクの上下を付けることなどできません

今回は、主要部門の受賞予想だけでなく、下馬評や現地での宣伝力に差があっても、あるいは、ノミネートに惜しくも入らなかった作品でも区別することなく、いくつかの"おススメ作品"について言及したいと思っています。

では、始めましょう!!!

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今年は、最多14ノミネート獲得で圧倒的な勢いに乗る『ラ・ラ・ランド』はもちろんですが、昨年以上に、本当に素晴らしいインディペンデント映画も溢れ、何人もの俳優の演技に対して、あるいはいくつもの作品に対して賞を贈りたくなるような、贅沢な悩みの尽きないラインナップになっています。

※日本ではこれから公開される作品がほとんどのため、極力"物語のネタバレを避けながら"予想&解説をしたいと思います。

まずは《助演男優賞》から。

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最有力と言えるのは、『ムーンライト』マハーシャラ・アリ。差別やいじめ、自己のアイデンティティーについて思い悩み、薬物依存の母親にも苦しめられる主人公の黒人少年を、まるで父親代わりのように見守る男(実は、彼もわけありの人物!)を演じ、忘れがたい印象を残したマハーシャラは、同業の俳優たちが選ぶSAG賞(映画俳優組合賞)でも受賞しており、オスカー会場の壇上でも、その役のごとく、心あるスピーチを聴かせてくれるでしょう。今年のオスカーを象徴する存在となるはずです
落ち着き払い、威厳を醸し出すことができる、今、最も魅力的な俳優の一人です。

この部門、英国アカデミー賞を受賞したデヴ・パテル『LION/ライオン ~25年目のただいま~』で同じくノミネートを受けていますが、彼が成人期を演じたサルー・ブライアリーというインド出身の青年は、実はこの物語の主人公です。本来であれば"主演"のカテゴリーに推すべきなのかもしれません。
この作品は、インドの僻地の村から迷子になり、1万キロを離れ、25年間にわたり数奇な運命をたどった男の子の成長の実話を基にしているのですが、映画の前半を牽引する、サルーの少年期(5歳)を演じきったサニーくん(Sunny Pawar)の演技に目も心も釘づけになってしまう一本です。
インド全土からオーディションで発掘され、演技が未経験だったにもかかわらず、"真の主役"と言っても過言ではない素晴らしい瞬間の数々をフィルムに刻んだサニーくんは、残念ながら主演候補に名が挙がることはありませんでした。主演と助演の枠、どちらにもノミネートされなかったサニーくんの名演は、この子役の演技を観ずに今年のアカデミー賞は語れない!と言ってもよいほどの宝です

さて、青年や子役といえば、残念ながら同じくノミネートには手が届きませんでしたが、ヴィゴ・モーテンセンが主演候補に入った『はじまりへの旅』で、理想郷の森の中で自由奔放な教育方針を貫く父(ヴィゴ)に育てられる子供たちの姿は、最高の演技アンサンブルです。
SAG賞の最優秀キャスト・アンサンブル賞にノミネートされたのが当然と思える、息の合い方、あたたかな絆、本年度観ることができる出色の演技の一つです。一番年上の息子を演じたジョージ・マッケイの真摯で情熱を帯びた演技は、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』でケイシー・アフレックと共演して助演部門でノミネートされているルーカス・ヘッジズに引けを取らない、瑞々しさを見せてくれます。

また、"モダン(現代の)西部劇"と呼び声の高い『最後の追跡』で銀行強盗犯を追いつめるタフな保安官を演じたジェフ・ブリッジズ、そしてトム・フォード監督の洗練されたセンスとキレのある脚本のスリラー『ノクターナル・アニマルズ/Nocturnal Animals(原題)』で、病に冒されながらも誘拐犯を震え上がらせる風変わりな警察官を演じたマイケル・シャノン...この二人の怪演も最高です。両作共に、抜群の面白さ、秀逸なキャスト陣の演技バトルを観ることができます。

《助演女優賞》

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この部門では、ヴァイオラ・デイヴィス(日本ではヴィオラと表記されることが多い)が、『フェンス/Fences(原題)』の演技で初のオスカーという栄冠に輝きます。
本来なら、主演部門にノミネートされた2011年の『ヘルプ ~心がつなぐストーリー~』で受賞しているべき人だと、僕は思っています。
『フェンス』は、ピューリッツアー賞を受賞した戯曲の映画化で、2010年にブロードウェイで共演した夫トロイ役のデンゼル・ワシントンと再共演を果たし、またしてもヴァイオラの渾身の演技が観られる作品です。1950年代のピッツバーグを舞台に、メジャーリーグの選手になることをかつて夢見たが叶わず、清掃業者として生活する夫を支え、彼の理不尽な振る舞いに対して激しくぶつかる妻。その深い愛を彼女は体現します。
この作品で主演だけでなく監督も務めたデンゼルは、ヴァイオラを"主演"の一人と捉えています。しかし、オスカー受賞のビジネス的な影響力は多大ですから、受賞の可能性がより高い"助演枠"に照準を定めて戦略的にキャンペーンが進められたようです。
スクリーンタイム(映画の中の登場時間)も長く、主役と同等の存在感を見せる彼女ですから、初受賞はほぼ間違いないでしょう

一方、スクリーンタイムは短いものの、忘れ得ぬ、心を締めつける演技を披露するのは、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』でケイシー・アフレック演じるリーの元妻を演じたミッシェル・ウィリアムズです。あまりにも自然で、脚本の中の人物になりきってしまう実力は、候補5人の中でもベスト級です。決して消えることのない傷をずっと抱える妻が、深い挫折感に苛まれる夫の心の琴線に触れる瞬間は、もはや"演技"には見えません。

もう一人の注目は、『LION/ライオン ~25年目のただいま~』で候補入りしたニコール・キッドマンです。この作品の役を演じるために生きていたのでは!?と思えるような、彼女本人の生き方に重なる役どころです。ニコールって、やはり良い女優さんなんだな...と再認識させられる、繊細な演技を見せてくれます。

『ムーンライト』で主人公の母親を演じきった英国女優ナオミ・ハリスには、これを聞いたら彼女に受賞させたくなるような驚きの撮影秘話があります。27日(日本時間)にレッドカーペットで彼女と話せることを信じて、そのエピソードは、彼女の本人の口から語っていただきましょう♪

《主演女優賞》

この部門の見どころはやはり、『ラ・ラ・ランド』エマ・ストーンオスカー初受賞なるか!?という一点でしょう。
歴史的には、ドラマ作品と比べるとコメディやミュージカル作品が軽んじられてきたアカデミー賞で、コミカルさが武器であり才能であるエマ・ストーンが受賞することは画期的です。「夢を追うこと」と「その切なさ」の両方を重くなりすぎずに、軽やかに、爽快に演じきった彼女の存在は、『ラ・ラ・ランド』の記録的な成功の大きな要素を占めています。彼女の受賞は、まるでこの映画の脚本に続きがあったかのような、大団円を感じさせる瞬間になるのではないでしょうか?
映画祭や業界のパーティーの度に、常にファッションセンスが光る装いで登場する彼女ですから、今回のレッドカーペットも期待大です。いったい、どんな勝負ドレスで現れるのでしょうか!?

エマを破る可能性があるとすれば、『エル/Elle(原題)』で、突然自分の身を襲った逆境にくじけず、予想を越えるたくましさで悪運を覆していくスリラーを体当たりで演じたフランスの名女優イザベル・ユペール、あるいは、ケネディ大統領の暗殺直後の大統領夫人ジャクリーン・ケネディを執念で演じきったような『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』ナタリー・ポートマンの二人でしょう。年度が違えば、受賞する!!と思えるほどの役作りのナタリーですが、すでに一度『ブラック・スワン』(2010年)で主演賞を獲得しているため、やや不利であることは否めません。

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演技の底力としては、『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』メリル・ストリープが揺るぎない人物描写で魅了してくれますが、すでに3度のオスカー受賞を果たしていることと、同作がいっそうコメディ色が強いことは、受賞に向けては壁になります。爆笑と共に感動をも生む、音楽に身を捧げた実在の"世界で最も下手な歌手"としての名演技には驚嘆しますが、米国では昨年夏の公開だったので、アカデミー会員たちの記憶が薄れている可能性もあります。

とはいえ、平均年齢の非常に高いアカデミー会員たちが、いったいどの時代設定の作品の、どの演技に最も反応し、評価するかは見ものです。

追記として、ゴールデン・グローブ賞にノミネートされながら、SAG賞では選考に漏れたものの、オスカー候補には見事に名を連ねた『ラビング 愛という名前のふたり』ルース・ネッガの演技は、静かな佇まいながらも、その強く純粋な愛が観客の共感を生む、素晴らしいものです
また、惜しくもノミネート入りとならなかった『メッセージ』エイミー・アダムズの演技も、5人に劣るものではまったくありません。未知の異星の生物との接触を、説得力と現実味のあるものに仕上げた彼女の功績は、主演賞候補に充分値します

《主演男優賞》

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ここまでの賞レースをほぼ独占し、オスカー受賞も有力視されているのは、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』ケイシー・アフレックです。前述したミッシェル・ウィリアムズと共に見せた"演技に見えない演技"は、容易に体現できるものではありません。元妻との複雑な関係の距離感はリアルで、甥っ子を演じるルーカス・ヘッジズとの間に育まれていく絆には胸を打たれます。
彼に関する懸念は、過去に映画の撮影中に起こしたとされる(示談になった)ハラスメントの問題が現在もわずかにくすぶっていることで、票数を失う可能性があることです。アメリカの国民性、特に映画界に属する人々の「人権や権利」への意識は高いので、このような問題が取りざたされると、風向きが急に変わってしまうことはあるのです。
但し、本年度の主演候補の中でも、最も印象に残る演技のモーメントを生み出している一人であることに間違いはありません。

彼を破る強さがある対抗馬は、SAG賞の主演男優賞を獲得した『フェンス/Fences(原題)』デンゼル・ワシントンです。主演と同時に監督としても手綱を握ってキャスト陣を率いるという難しい挑戦が高く評価されれば、受賞の可能性は充分にあります。ですが、山ほどの受賞やノミネート歴を誇る彼にとって、SAG賞が初の受賞であったこと、オスカーはすでに2度、獲得していること、今回の演技が、すでに舞台向けに一度は完成させた、ある意味"再演"の映像化であることなどを考慮すると、ようやく主演賞候補の座に駆け上がったケイシーの本年度の確かな勢いを退けることは難しいかもしれません。

僕自身が最も感銘を受けたのは、前述した『はじまりへの旅』で、自給自足で立派に生き抜く理想を追求する父親を演じたヴィゴ・モーテンセンの演技でした。子供たちに注がれる真っ直ぐ過ぎるほどの愛情、突きつけられる自己矛盾、壊れかける信念に揺れる姿が、隙のないほどに豊かに演じられていて、唸ってしまうのです。

もう一人、同等に印象深かったのが、前述した『ラビング 愛という名前のふたり』で白人の夫を演じたジョエル・エジャートン(日本ではエドガートンと表記されることが多い)です。彼は候補入りを果たせなかったものの、この賞シーズンで最も注目された一人です。寡黙で、ほとんど余計なことを語らない人柄(実在の人物)でありながら、沁みるように伝わる愛は、この作品の要でした
ケイシーやデンゼル、『ラ・ラ・ランド』で成功への野心と希望に翻弄されるジャズピアニストを演奏まで自ら演じきっているライアン・ゴスリング(日本ではゴズリングの表記が多い)や、第二次大戦の沖縄の戦場で人を決して傷つけないという信念に徹して闘う『ハクソー・リッジ』アンドリュー・ガーフィールドの演技と並び、観る価値の高いものです。

《監督賞》

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わずか2年前の賞レースで、オスカー3部門受賞をもたらす『セッション』旋風を巻き起こし、大学在学時からの長きにわたる構想を今回ついに叶えた『ラ・ラ・ランド』デミアン・チャゼルが、この部門の筆頭候補です。受賞すれば32歳でオスカー監督と最年少記録になります。オリジナル・ミュージカルは興行的に当たりにくいと見られていた業界の常識を覆し、旧き良きアメリカのミュージカルの黄金期を彷彿とさせる、本年度最高の娯楽作を生み出した彼の才気に異を唱える者はいないでしょう。印象深い見せ場のいくつかで、徹底したシングル(一台の)カメラによる長回しとカメラワークの離れ業でダイナミズムを生む撮影と演出で指揮を執った彼は、若くてもブレない忍耐力と類い稀なヴィジュアル感覚を持ち合わせています

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その彼を抑えて監督賞の栄誉を勝ち取る可能性が他の候補者にあるとすれば、それは『ムーンライト』バリー・ジェンキンズです。
過酷で孤独な環境の中で主人公の黒人少年が大人になっていく、ある3つの時期を、3人別々の俳優に演じさせ、"一人"の男が自分を見つける人生の瞬間、葛藤の深さ、傷、そして取り巻く社会問題を生々しく浮き彫りにする。しかも惹き込まれるような美しいショットの映像で綴っていく手腕は、本年度のインディペンデント作品の中で際立っています。

アカデミー賞は、優れた作品が並んだ時、作品賞と監督賞を異なる作品に与える結果となった年も多いことから、『ラ・ラ・ランド』が作品賞、バリー・ジェンキンズが監督賞、と割れる可能性も残っています。両作品とも、それほどに素晴らしいのです。

《作品賞》

最高峰の栄冠には、ゴールデン・グローブ賞、PGA賞(プロデューサー組合賞)、DGA賞(監督組合賞)などを制してきた『ラ・ラ・ランド』が、このままの勢いで輝く確率が非常に高いと言えます。
SAG賞では、作品賞に相当する最優秀キャスト・アンサンブル賞にノミネートされませんでしたが、これは『ラ・ラ・ランド』には多くの出演者(主演のほか、ダンサーやシンガーたち)がいるものの、基本的にはミア(エマ・ストーン)とセバスチャン(ライアン・ゴスリング)二人の私的な物語構成だからでしょう。
SAG賞で言う「アンサンブル」とは、演劇界で使ういわゆる"アンサンブル・パフォーマーたち(主演や助演以外の歌やダンスを担う演者たち)"のことを指すのではなく、キャスト陣全体が生み出す効果や調和や雰囲気のことです。

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今年SAG賞を制したのは、タラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサー(この作品でアカデミー賞の助演女優賞にノミネート入り!)、ジャネール・モネイ、ケヴィン・コスナー、ジム・パーソンズらが絶妙な掛け合いで演じ、これまで語られることの無かった、旧ソビエトとの宇宙開発競争の時代に、数学に長けた黒人女性たちがその明晰な頭脳で米国NASAの宇宙飛行計画の成功を支えたという目の覚めるような実話を取り上げた『ヒドゥン・フィギュアズ/Hidden Figures(原題)』でした。観ている人の士気まで上げてくれるような、巧みな作り、辛い差別にも負けないポジティヴな空気を生んだ"アンサンブル"の演技が力強かったのです。

過去、SAG賞のキャスト・アンサンブル賞部門にノミネート入りしなかった映画は、オスカーの作品賞にはかなり高い確率で手が届いていない、というデータがあるようですが、『ラ・ラ・ランド』はそれをも塗り替える異例の作品となる気がします。

今年は、新大統領の誕生で、特定の外国移民やビザ保持者たちが不当に米国への入国を禁じられたり、少数派の人種の権利や安全が揺らいでいるため、アカデミー賞授賞式はかつてないほどに政治的なメッセージや心情を訴える場になるのではと言われています。そんな世相が、賞の行方に影響を及ぼすこともないとは言えません。

監督賞の項目で前述したように、『ラ・ラ・ランド』と最高峰の栄誉を競う対抗馬は、『ムーンライト』です。
どちらの作品も実に美しい、一級品です。
「夢」と「希望の創出」の大切さ、儚さ、尊さを、観客の皆が共感し、心を踊らせる『ラ・ラ・ランド』、
社会的弱者や少数派の置かれている「現実」を鮮烈に見せ、観客の皆がその境遇に触れる『ムーンライト』、
ノミネート数に差があるので一方的な勢いのように日本では見えるかもしれませんが、米国の批評家たちの作品への評価は、実は両作とも非常に高く、五分五分です。どちらも必見。エンターテインメントとしてだけでなく、総合芸術として際立っている2本です。

アカデミー賞は、批評家が選出する賞ではなく、映画業界人が映画人の功績を讃える賞です。
映画界が世の中に提供している「夢」を、見事な彩りで描いたのが『ラ・ラ・ランド』ですし、憧れを追う者たちへの讃歌でもある作風は、授賞式が目前に迫った今も優勢であることに変わりはありません。
しかし同時に、『ムーンライト』のような独立系の低予算の力作が、ここまで評価され、最高峰の座を競う、その土壌と文化が在ることもまた、アメリカ映画界の底力だと言っていいでしょう。

尚、作品賞候補の9作品(『ラ・ラ・ランド』『ムーンライト』『メッセージ』『マンチェスター・バイ・ザ・シー』『ハクソー・リッジ』『LION/ライオン ~25年目のただいま~』『フェンス/Fences(原題)』『最後の追跡』『ヒドゥン・フィギュアズ/Hidden Figures(原題)』)がどれも高いレベルで仕上がっていることはもちろんですが、惜しくもこの部門では漏れたものの、いくつかの作品は上記9作と並び、複数部門のノミネートを受ける価値があったと思えるので、ここでもう一度触れておきます。
1960年代に異人種間の結婚が罪であった法律や社会と闘う夫婦を描いた『ラビング 愛という名前のふたり』は、米国人たちが今こそ観るべきものとして最も意義深い実話ベースの物語です。
『はじまりへの旅』は人が健全に育まれていくために、真に必要な教育や環境や愛情とは何か?を考えさせてくれます。
『ノクターナル・アニマルズ/Nocturnal Animals(原題)』はスリラーながらも主演・助演候補としてもっと食い込んでもいいほどの凄まじい演技と秀逸に仕組まれたプロットの脚本を楽しめる作品です。
そして撮影賞部門にノミネートされているマーティン・スコセッシ監督の『沈黙 −サイレンス−』も、日本人が観ても違和感のない美術、米国と日本のキャスト陣の渾身の演技、情熱と思い入れの強さが垣間見える監督の演出など、異国を舞台に映画を創り上げる難しさを考慮すれば、作品賞ノミネートの10本目に入ってもよかったはずの作品だと思います。

さて、最後にもう一つ、日本のファンの皆さんも注目の《長編アニメーション》部門。

こちらも是非楽しみにしていて下さい。
この部門に関しては、本年度は受賞の行方が読めません!!!

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まず筆頭候補は、ゴールデン・グローブ賞とプロデューサー組合賞を制し、米国のアニメーション界の祭典、アニー賞でも長編アニメ作品賞を含む6部門に輝いている『ズートピア』です。キャラクターの愛らしさ、CGアニメの最先端の水準の高さが画面から溢れんばかりに観られる贅沢さ。
そしてなんといっても、脚本が訴えかける、

「誰もが、自分の種類、サイズ、性別、容姿で差別されることなく、どんな機会でも、どんな任務や仕事にでも、挑んでいいんだ!」

というメッセージが今だからこそ観客に、社会に響く、その普遍性が魅力です。
とっても小さな女の子ウサギの主人公ジュディが、自分の能力を最大限に生かし、屈強で自分より何倍も身体の大きな競争相手たちに負けず、ウサギとして初の立派な警察官として活躍していくというお話。それは、ただ痛快な冒険活劇であるというだけでなく、世の中に存在する階級やジェンダーなどに対するあらゆる差別・偏見が「目標や夢」を阻んでいて、それは変えるべき、変えていかなきゃいけないんだと悟らせるストーリーテリングになっているので、作品の存在意義が大きいのです。

クリエーターの皆さんは、この作品が子供たちだけでなく、大人たちにも響き、このテーマについて対話するきっかけを持ってくれたら...という思いで創ったと語っています。
シャキーラが唄う主題歌「Try Everything」の中にある、「逃げずにすべてやってみたい。失敗するかもしれないけど、挑みたいんだ!」という歌詞も大変象徴的です。『ズートピア』は、米国では昨年3月の公開でしたが、今もこれだけの支持を集めているのは、本当に多くの人々に愛されたという証明でしょう。

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この大人気を誇る大作と一騎打ちとなるのが、ストップモーション・アニメ(人形や美術セットを1コマ1コマ動かして撮影するアニメ)で創られた『クボ・アンド・ザ・トゥー・ストリングス/Kubo and The Two Strings(原題)』です。

舞台は、侍がいた時代の日本。主人公の片目の少年クボは、類い稀な才能を持った三味線奏者です。彼が弦を弾き、奏でると、数えきれないほどの折り紙が宙に舞い、見物人や野次馬たちが拍手喝采となります。クボと彼の母親は、何者かに追われています。その相手とは...
日本での公開はこれからですから、これ以上内容には触れません。

この作品の何が凄いのか? それは日本文化への理解と、素晴らしい描写です。前述した『沈黙 −サイレンス−』のように、日本人が観ても唸るような細部にまで至る美術とキャラクター造形へのこだわりは、外国アーティストが創ってきた作品群の中で、実写やアニメを問わず、この作品が史上No.1かもしれません

人々の表情、日本の建築物、町並みや風俗や情緒、装束、いくつもの自然の景色に至るまで、驚くほどの美しさと繊細さに、劇場でびっくりさせられた、というのが本音です。
人形アニメでありながら、本年度の衣装デザイナー組合賞にもノミネートされ、さらにはアカデミー賞でも、"長編アニメーション"部門だけでなく、『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』以来、23年ぶりに"視覚効果賞"の候補にも名を連ね、計2部門にノミネートされるという快挙を成し遂げています。賞レースのシーズンではここまでに、アニー賞3部門制覇を含む20もの栄誉を獲得。直近の英国アカデミー賞の長編アニメ作品賞を制したことで、米国オスカーの行方は本当に読めないものとなっています。

どちらが受賞しても納得のこの部門。
過去の受賞歴ではディズニー作品が圧倒的に多いことから、現役のアニメクリエーターを含むアカデミー会員たちから『ズートピア』に集まる票は当然多いでしょう。メッセージ性を考慮しても、『ズートピア』は時代にも完全にマッチしています。
一方、ストップモーション・アニメ作品でハイレベルな作品を生み続けながらも、これまではなかなか記録的な成功に結びつかなかったライカ/LAIKAの製作陣が『クボ・アンド・ザ・トゥー・ストリングス』で初めてオスカーを手中にするか?に、業界も注目しています。
果たしてどちらに映画の女神は微笑むのでしょうか!?

そしてもう一本、本来なら"筆頭候補です!"と言いたいくらいに感銘を受けた長編アニメーションがあります。

それは、『レッドタートル ある島の物語』です。

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アカデミー賞ノミネーション発表後、ほとんど予備知識もないままに、米国の劇場でこの作品を観ました。
上映後、しばらく席を立つのをためらうほど、心に余韻が残りました。

物語の軸になるのは、嵐に巻き込まれ無人島に流れ着いた一人の男と、彼が出会う巨大な海亀。そして島と海と空、それだけです。主人公の表情は、シンプルな線だけで描かれています。近代のアニメの主流になっている、大きなパッチリとした瞳ではなく、目は黒い点だけ。口が漫画チックに大きく開いて、ものを申すこともありません。

それどころか(※もう日本では公開後ですから一つだけネタバレしますが)、セリフがないのです。

一切、言葉を発しない、81分のドラマ。

しかし、感情は伝わるのです。時に、鼓動が高鳴るほどにスリリングな場面さえあります。この作品の、アニメのみならず実写作品を含めても比較のできない素晴らしさは、"説明的なもの"が一切排除されていることです

言葉がない、説明がない、景色も極めてシンプルなタッチで、派手な原色の使い方もなく、画面の中の情報量がとても少ないのです。だからこそ、登場人物たちの心の行き先に集中でき、自然界の表情までも探っている自分がいることに気づきます。想像を巡らし、「どこへ行くんだ? なぜなんだ? 誰なんだ?」と、右脳がフルに回り続けてしまうのです。

観る人それぞれが、自分の人生体験に照らし合わせ、自分なりの解釈で「自分だけの答え」を探す旅ができる。
それがこの作品の凄みです。

『レッドタートル ある島の物語』は、日本とフランスとベルギーの3か国による合作映画です。スタジオジブリが、オランダ出身のアニメーション作家、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督の短編『岸辺のふたり』(アカデミー賞短編アニメ賞受賞)に注目し、プロデュースを務めています。フランスの脚本家に加え、高畑勲氏がアーティスティック・プロデューサーとして作品作りに関わっています。

日本では、高い評価がある一方で、いわゆる"ジブリアニメの作風"を期待した観客からは、「今までのジブリとなんか違う...」といった反応や、セリフがないことに当惑したという感想もあったようですが、スタジオジブリにとって初の外国作家との共同製作作品で生み出そうとしたものは、プロデューサー談によれば、「これまでのジブリ(宮崎駿氏や高畑勲氏の作品)にはなかったもの」なのですから、その点こそが、狙いなのです。

キャラクターたちの顔:表情のラインがあまりに簡素すぎて、一見、愛らしくは見えないことや、全編を観ないと作品の魅力と深みを掴みにくいことで、この作品を宣伝で広く認知させるのが非常に困難であったことは想像に難くありません。それが理由で、日本国内でそれほど多くの方は劇場のスクリーンでこの傑作を目にしていないのだとしたら、本当にもったいないことです。今回のアカデミー賞のノミネートをきっかけに、より多くの人々にこの作品が届くことを僕は願ってやみません。

このアニメは、小さな子供たちが楽しめるような、"人と亀と自然"の物語ではありませんが、物心がついた年頃のお子さんであれば、充分何かを感じることができるでしょう。意外なストーリー展開に、きっと心を奪われるはずです。大人の方は特に、対話できる誰か、愛する誰かや、あるいは友人と観て、上映後に何を感じたかを共有してみるといいかもしれません。もちろん、一人でじっくりと、無人島にいる思いで、海を漂うような思いで、スクリーンを見つめるのもいいですよ。
僕は、一人で静かに観ました。

シンプルなのに、海も、星空も、緑も、どこか懐かしいような色合いで美しい。

『レッドタートル ある島の物語』は、カンヌ国際映画祭の「ある視点部門」で特別賞を受賞し、アニー賞ではインディペンデント最優秀長編作品賞を獲得しています。オスカー候補の他の4作に堂々と肩を並べる珠玉の一本だと、僕は感じました

第89回アカデミー賞授賞式。日本への中継の放送時間は2月27日(月曜)朝です。
午前9時からのレッドカーペット中継の時間帯は、なんと今年は無料放送
続いて10時から授賞式の放送(有料)がスタートします。

今回で、レッドカーペット生中継に挑むのは7度目。今年のインタビュー&リポートで強力タッグを組むのは、女優の板谷由夏さんです。
WOWOWの「映画工房」でも司会を務めている板谷さんが、映画の聖地に足を踏み入れる瞬間と興奮も今から楽しみです。

今年はスターの歓喜の笑顔が見られるか...どんな感動が生まれるか...
あの眩しい授賞式会場のレッドカーペットから、映画ファンの皆さまへ、生の臨場感と現地の熱を全力でお届けします。

どうかご期待下さい!!!

Photo:
『ラ・ラ・ランド』 © 2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.
『ムーンライト』 (C) Everett Collection/amanaimages
『Fences』 (C) Capital Pictures/amanaimages
『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』 © 2016 Jackie Productions Limited
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』 (C) Everett Collection/amanaimages
デミアン・チャゼル (C) Julian Blythe/HollywoodNewsWire.co
バリー・ジェンキンズ (C) Julian Blythe/HollywoodNewsWire.co
『Hidden Figures』 (C) Everett Collection/amanaimages
『ズートピア』 (C) 2016 Disney
『Kubo and The Two Strings』 (C) Capital Pictures/amanaimages
『レッドタートル ある島の物語』 (C) Capital Pictures/amanaimages