『The Crossing(原題)』は米ABCで今年4月から6月にかけてシーズン1が放送された、人気シリーズ『LOST』を彷彿とさせるSFミステリードラマ。コメディアンとしても知られる俳優スティーヴ・ザーンが従来のイメージを捨て、シリアスな保安官を演じて話題となった。
◆ビーチに数百の遺体 辺りに海難事故もなく
第1話ではオレゴン州の漁村近くの浜に、突如として数百体の遺体が打ち上げられる。保安官のジュード・エリス(スティーヴ・ザーン)が駆け寄ると、まだ息をしている者たちが...こうして合計47名の生存者が保護される。そのうちの一人、8才の女の子リア(ベイリー・スコッドッジュ)は、母親とともに戦乱から逃れて来たと証言。「ここでは戦争なんて起きていない」と諭すジュードに、リアは「これから起こるよ」。
彼らの正体は、180年後のアメリカから亡命してきたタイムトラベラー。未来のアメリカは、遺伝子改造で超人化した人間「エイペックス」たちが、ふつうの人類を虐殺する惨事に陥っていた。亡命者たちは時空を超えて避難してきたのだ。
異常な事態を把握した米国土安全保障省は、調査官エマ・レン(サンドリーヌ・ホルト)を現地に派遣。生存者に親身になるジュードは、亡命者たちを犯罪者予備軍として扱う彼女と激しく対立する。さらに悪いことには、一部のエイペックスらは住民の姿を借りて漁村内に潜伏し、活動開始のタイミングを見計らっていることが発覚。来るべき殺戮から亡命者たちを守るため、保安官ジュードが立ち上がる。
◆シリアスなSFスリラー
SFスリラー作品にふさわしく、『The Crossing』では初回から数多くの謎が登場する。人類が根絶やしにされようとしているのは何故か? ジュードの抱えるオークランド時代の暗い過去とは? エイペックスの中で信頼できるものはいるのか? など、興味深い謎の数々がミステリアスな雰囲気を盛り上げる。
そんな本作で主役を務めるスティーヴは、俳優の傍らコメディアンとしても活躍。テレビドラマへの出演もコミカルな役どころが目立つが、今作では毛色の違うタイプのキャラクターを好演している。普段はおどけたコミックリリーフ役が多い彼だが、シリアスなトーンが支配する本シリーズで、主役を難なくこなす演技の幅広さには脱帽。米Entertainment Weeklyは、穏やかな保安官として絶妙な演技を見せていると心酔し、米Los Angeles Timesも、今までとは一味違うスティーヴの芝居に注目し、その演技力に好評価を与えている。
◆今日のアメリカを風刺
海外ドラマには、娯楽作品でありながら社会問題をさり気なく取り入れた作品も数多い。本作もその一つで、トランプ政権下の難民拒絶問題をサブテクストに潜ませている。
象徴的なのは、保護されたタイムトラベラーのひとりが「ここは古き良きアメリカだ」と語るシーン。「出身にかかわらず人々は平等な権利を与えられる」というセリフを取り上げ、近年のアメリカという現実世界では、市民権を望む難民に対し、必ずしも友好的な姿勢を示していない。実に的を射たサブテクストを持つセリフだ、と米Vultureは高く評価している。
Los Angeles Timesも同じシーンを取り上げ、むしろ皮肉にも聞こえるセリフだと紹介。また、「難民たちは悪行を働くであろうから監視を強化せよ」という調査官レンの発言も取り上げている。開かれた国境は犯罪者やテロリストたちを招き入れる、という思想を想起させる一幕だ。SF世界にそっと隠された現代風刺を見つけ出すのも、本作の通な楽しみ方のひとつだ。(海外ドラマNAVI)
Photo:『The Crossing』
(C) ABC/Jack Rowand