全米を揺るがした「トレイボン・マーティン射殺事件」を克明に追うドキュメンタリー『Rest in Power』

2012年、米国フロリダ州。丸腰の黒人少年が射殺された事件は、黒人人権運動を巻き起こし、さらにはそれに反発する立場のオルタナ右翼を刺激する結果となった。米Paramount Networkで放送中の『Rest in Power: The Trayvon Martin Story(原題)』は、ひいてはトランプ政権誕生の背景になったとも言われるこの出来事を、当時の生々しい資料映像を交えて構成したドキュメンタリーだ。

■住宅街を歩いていただけの黒人少年、撃たれる

ドラマはフロリダ州の住宅街で起きた「トレイボン・マーティン射殺事件」の状況とその後の裁判の行方を丹念に追う。当時17歳だったアフリカ系アメリカ人のトレイボンを、偏執狂のきらいがあった当時28歳のヒスパニック系住民ジョージが、口論の末に射殺。トレイボンが武装していないにもかかわらず、ジョージは正当防衛を主張していた。裁判で無罪が確定したことから、全米で抗議運動が発生。黒人の生命の軽視に疑問を投じる、国際的社会運動の一つ「Black Lives Matter(通称「BLM」)の発端となった。事件後は、人権、政治、権力、カネ、犯罪者の処遇のあり方に関する議論がアメリカ全土で活発に行われている。

6話から成る本シリーズは、事件当時の描写に始まり、警察による捜査を経て裁判で無罪が言い渡されるまでと、その後の米社会の反応を追う。射殺事件とアメリカ全土で高まる人種間の緊張に焦点を当てた社会派ドラマだ。

■実際の音声・映像素材...桁外れの臨場感

シリーズでは実際の事件を克明に再現するため、膨大な数のインタビュー、音声資料、そしてビデオ映像を使用。緊迫感に満ちた緊急通報や、ジョージ本人が少年を射殺する前に警察へかけていた電話など、多数の貴重な音源を聞くことができる。米Hollywood Reporterは、近隣住民からの911通報の背後に聞こえる叫び声に注目。この声は被害者の母親が息子の断末魔として認めているもので、「以前の暮らしは完全に失われてしまった」と番組のインタビューで語る母の姿が物哀しい。

番組ではこうした当時の資料と最新の情報とを照らし合わせ、事件の細部を解き明かす。包括的に検証されたドキュメンタリーであり、さらに感情に訴えるものがある、と米Los Angeles Timesは評価する。ジョージは少年を殺害する直前に自ら911通報し、少年を独断で不審者と判断して車で尾行している。この際の911通報の音源からは、少年の動きを逐一実況するジョージと、後をつけるようなことは止めるよう制止を試みるオペレーターとの緊迫した駆け引きが伺える。実際のテープを用いることで臨場感が高まり、観る者の感情を揺さぶるドキュメンタリーとなっている。

■過去の記録に終わらず、未来のアクションへ

観ていると思わず深い悲しみに襲われ、腹立たしささえ覚える本作だが、Los Angeles Timesはそれこそが肝心な点だと指摘する。作品からは、当時アメリカ社会に蔓延していた、偏った正義感を感じ取ることができる。事件で使われた銃をジョージ本人がオークションに出品したところ25万ドルの値が付いており、その思想に一定の支持者がいることを伺わせる。事件は黒人保護の社会運動を活発にした一方で、対立するオルタナ右翼への刺激ともなった。これが2016年のトランプ大統領誕生の一端を担ったと同メディアは見ている。

本作はドキュメンタリーだが、事件のあまりの不条理さはもはやホラーだとHollywood Reporterは断言する。ジョージが警察の取り調べと裁判を経て無罪となったことについて、社会政治レベルで発生した壮大な不公正だと表現。続けて、先月もカリフォルニア州オークランドの地下鉄駅構内で、黒人の少女が無差別殺人事件の犠牲になったと指摘。単に過去を振り返るドキュメンタリーではなく、人々に行動改革を迫る作品だと評価している。

全米に議論を巻き起こした一人の黒人少年の死を追う『Rest in Power: The Trayvon Martin Story』は、米Paramount Networkで放送中。(海外ドラマNAVI)

Photo:2013年7月14日NY市内にて
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