地上波のドラマは本当に質が低いのか? 『GRIMM/グリム』に見るアメリカのドラマの底力

2011年に米NBC局で放送がスタートした『GRIMM/グリム』が、アメリカでは今年8月に全6シーズンで有終の美を飾った。主人公はオレゴン州ポートランドの市警察殺人課の刑事ニック・ブルクハルト。グリム童話で知られるグリム兄弟の末裔で、人間の姿を借りて潜むモンスター(ヴェッセン)の正体を見抜くことができる特殊能力を持つ。そんな彼が、悪さをするモンスターが関わる事件の解決に挑むという設定は当初、よくもまあ、考えたものだなあと感心したものだった。一話完結型の刑事ドラマは、定番中の定番。そこに、同時期に始まった『ワンス・アポン・ア・タイム』に代表されるトレンドだったダークファンタジーの要素を加えて、独創的な犯罪捜査ドラマが誕生した。

毎回登場するモンスターの造形は、時にグロテスクでホラーテイストが強い回もあれば、気弱でユーモラスなモンスターの人情話に落ちる回もある。赤ずきんから雪女やセイレーンなどの伝承物語や民話など、これまたよく考えられていた。平行して、ニックと恋人ジュリエット、相棒となる狼型モンスターのモンロー、そして相棒の刑事ハンクやウー巡査部長、キツネ型モンスターのロザリーらを加えた面々は、いつしかチーム・グリムとなっていく。だが、それだけでロングランシリーズには成り得ない。一話完結型の事件を面白く見せながら、背景に広がる"グリム・ワールド"は予想を上回るスケール感で、シーズンが進むごとに驚かされた。

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人間社会に害をなすモンスターと代々戦ってきたグリム一族、人間との共存派と武闘派が混在するモンスター、そしてレナードが属するモンスター界を統治する7つの王族。人類の歴史の裏にはこの3つが深く関わっており、複雑に絡み合って最終章へとなだれこんでいく。シーズン1から考えれば、この世界観の広がり方は想像できなかったし、何よりもニックとアダリンドがこんな関係になるとは思いもよらなかった! ジュリエットはイヴとなり、アダリンドとレナードの幼い娘ダイアナが、どうやら全ての鍵を握るらしい。一体、この物語はどこに行き着くのか?

結局のところ、『GRIMM/グリム』とはファミリーの物語であり、友情と絆をベースとした冒険物語なのだ。文字通り、"いい時も悪い時も"番組を見守り続けてきたファンにとって、ラストシーンは満足のいくものだろう。長年シリーズを追い続けてきたファンだけが得られる達成感は格別のもの。お別れが寂しくはあるが、清々しく気分の良い幕切れだ。

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アメリカのTV業界(映像業界と言ってもいい)は、オンラインストリーミング・サービスの台頭により大きな変革の波の渦中にある。質も量も最高潮に達し、「ピークTV」と言われる時代。イベントシリーズと呼ばれる短い話数で1シーズンが完結するスタイルがトレンドとなり、地上波においても以前のようにフルシーズン(23話程度)を制作する番組は少なくなった。エミー賞では長らくケーブル局の番組が主要な賞を独占してきたが、今年のエミー賞ではノミネーションの数でHBOを抜いてNetflixが1位となった。もっとも、エミー賞が全てではないし、アカデミー賞のようにエミー賞でも視聴率が高く娯楽性が高い作品と評価される作品には開きがある。人気投票的な賞は他にあるわけだが、じゃあ、人気はあっても地上波の番組の質は高くないのか? それは間違った認識である。

例えば、今年のエミー賞ではNBCの『THIS IS US』のシーズン2が地上波の作品として2年連続で作品賞ほかにノミネートされている。若者向けの番組に特化したThe CWの『ARROW/アロー』を軸とするDCコミックスのアメコミシリーズ、通称"アロー・バース"と呼ばれる4作品は、批評家に「週一でドラマを追うことの楽しみを再発見させてくれた」との評価を得ている。最近では、もっぱらビンジウォッチングと呼ばれるイッキ見スタイルが人気だ。寝不足になるのも構わず、次々とエピソードを再生してしまう。そんな魅力的な作品に出会えたら、最高に幸せなことである。一方で、週一でお披露目される新エピソードを楽しみにして長い年月を共にすることで、特別なものとなる作品もある。確かにフルシーズン分制作されれば、時には中だるみとなるエピソードもあるだろう。しかし、CMが入らないペイチャンネルや配信系のオリジナルシリーズに比べて、地上波の番組が信じられないほど多くの制約を受けていることは海外ドラマファンならご存知の通り。限られた条件の中で作品を作ることは、全てのクリエイターに言えることだが、とりわけ万人に向けた地上波のドラマは縛りが厳しい。

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そうした中で、『GRIMM/グリム』のような番組を観るといつも、作り手の底力、層の厚さを思い知らされる。いつ終わりが来るともわからない中で、シーズンごとに趣向を凝らした仕掛けを施し、シリーズを通して壮大な"グリム・ワールド"のネタを、あの手この手で引っ張りまくる。そして毎回、一定のレベルまで作品をまとめ上げてくる力技は時に感動的ですらある。もちろん、それなりのクリエイティビティの自由が確保されており、終わりが決まっているシリーズを成功させることが簡単だとは思わない。しかし、従来のアメリカのTV業界のやり方を踏襲する地上波の番組が、とてつもなく高いハードルをクリアしながら一定の質を維持していることの素晴らしさについては、今一度ここに記しておきたい。

文/今 祥枝(映画・海外ドラマライター)

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9月5日(水)リリース
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ブルーレイ...8,800円+税/DVD...6,800円+税
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DVD Vol.1~7
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Photo:『GRIMM/グリム』ファイナル・シーズン
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