MARVELの女性スーパーヒーロー、ブラック・ウィドウとの「一騎打ち!」に学ぶ【後編】

(※注意:このコラムの文中のキャラクターの名称や、監督名・俳優名などは、原語または米語の発音に近いカタカナ表記で書かせて頂いています)

『アベンジャーズ』『キャプテン・アメリカ』シリーズでブラック・ウィドウ/ナターシャ・ロマノフ役のアクションの代役を務める女性、スタントの第一線で活躍するハイディ・マネーメイカーさんのアクション体験ワークショップに参加した筆者。充実したウォーミングアップが終わり、いよいよブラック・ウィドウとの「一騎打ち」に臨む。

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さて4時間のプログラムの盛り上がりは、実はここからだ!!!

基本の動きから学んで覚えた振り付けのシークエンスを、最後に一人一人がハイディ・マネーメイカーと対峙して演じられるのだ。そのアクションのテイクを、実際にカメラを回して本番さながらに撮影する。

彼女との「一騎打ち」を演じることができる、これがこの企画のハイライトだった。

しかも、ブラック・ウィドウ役で名を馳せた彼女が"やられる側"を演じてくれるという非常に贅沢な設定で。

ここからは"打ち勝つ側"の動きに集中した。自分の順番が回ってくるまで、とにかく振り付けを繰り返して確認する。多くの参加者は(スタント志望者なだけに)軽やかな身のこなしができた。しかし、"綺麗なアクロバット"と"迫力のあるアクションの演技"というのは別物で、ハイディには常に力強さと真剣な気迫が漲っていた。
僕の場合、俳優として「振り付け」とはいわば「セリフ」と同じであり、そこに真実味のある迫力を持ち込めなければ意味がない。

いよいよ自分の番が回ってきた。
1回だけハイディとリハーサルをして、お互いの距離感や動きの展開を確かめる。カメラも一緒に動いていく。

そして本番...。

このシークエンスの全てをご紹介することはできないが、ハイディがいかに力を注いで参加者と共に取り組んでくれたかを一部、写真で解説してみたい。

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1.まず、ハイディが攻撃を開始。僕は突進してくる彼女を避けながら、後ずさりする。

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2.そこから反撃。右回し蹴りをボディに入れる。ハイディはこれをしっかりとブロック。

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3.見事なのは彼女の蹴りへのリアクションだ。当ててはいるが、決して思い切り蹴り込んでいるわけではない。しかし、瞬間的にこれだけの衝撃と表情を演じている。

ここから、僕から左平手突き、右ボディブロー、さらに大きく右フック、とパンチで攻める。ハイディがパンチをかがんで避け、前蹴りで応酬。さらに右裏拳で顔を狙ってくるところを僕はくぐり抜け、立ち位置を入れ替わる。

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4.振り返りざま、体勢を崩しながらも懸命に腹部へのキックを入れる。足の先を軽く当てている(鍛え上げられた彼女の腹筋はビクともしない)のだが、しかしここでも、蹴りの衝撃のリアクションを彼女はしっかりと演じてくれている。

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5.蹴られたハイディが反撃に出る。この前のめりの迫力! 演技とはいえ、対応するこちらは必死だ。

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6.スピードのあるハイキックが頭上をかすめていく。相手の演者に当たらないように、ハイディが冷静に敵の姿を見ているのがわかる。

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7.彼女のキックを避けて躱(かわ)した刹那、飛び上がる。

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8.ハイディが「スーパーパンチ」という名称で教えてくれた決め技を、最後に思い切り繰り出す。これはもちろん顔には当てないが、顔面の近くを狙って拳を全力で突き出し、カメラアングルで当たっているように見せる。打ち込んだ瞬間に、ハイディは弾けるように顔を振る。

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9.このトドメを刺した時の、彼女のリアクション。観ている人たちが「当ててしまったのでは!?」と騙されるような絶妙なタイミングで身体をしならせる。

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10.着地した際の決めのポーズは重要。まだ相手がかかってくるかもしれないので、攻撃の構えは崩さない。

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11.そして最後、ハイディは床に転がりながら倒れ込む。ここで「カット!」

この撮影の1テイク目は、さすがに彼女を相手にする緊張があるので、自分は声が出ておらず、向かう勢いも出し切れていないことがわかった。映像を観た後、ハイディが「どう?」と聞いてくれたので、「もう1テイクお願いします!」とお願いした。こんな機会は滅多にないのだから、全力を出さないと悔いが残る。
そしてもう一度、"一騎打ち"に挑んだ。2回目は躊躇が消え、テンポとスピードが上がった。気合の声も出る。たった2回のテイクの勝負だが、大きく変わった。そして変わっていたリズムや勢いに、ハイディは見事に「受け手」として対応し、衝撃のリアクションの大きさやお互いの間合いや身体の方向などを微調整してくれていた。

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12.同じ決め技を繰り出しても、こちらのスピードとパワーに応じて、最後に転がっていく距離や勢いにまで変化がつけられている。

自在に対応する技量が、とにかく凄まじい。

圧倒されたのは、このリハと1~2テイクのフルのアクションを、参加者全員と対峙し、休みなく次々とやってのけていく姿だった。20名以上が参加していたので、この撮影だけでもかなりの時間を要した。相当な運動量である。
さすが、アスリート出身の強靭さだ。

「スタントの仕事は、beast だ、brutal だ」

という表現をよく聞く。brutal は「冷酷」「残忍」の意味。beast は(ここでは「野獣」という意味ではなく)「猛烈で容赦がない」という例えだ。

スタントマン&ウーマンたちは、実際にカメラの前で一日中、何十テイクと、激しいアクションを狂いのないタイミングで披露し続けなければならない。それが仕事だ。男性でも女性でも同じ。このタフさには敬意しかない。
20名以上とのアクションのテイクすべてに少しずつ異なるバリエーションを入れながら、汗だくで指導を務めたハイディは、やり終えても爽やかな笑顔のままだった。一つの「プロ」の道の懐の深さには、計り知れないものがある。

素晴らしいのは、アクションの習熟レベルにそれぞれ差がある僕らに対して、とてもオープンで、萎縮させず、良い点を見つけて褒め、決して相手に恥をかかせない姿勢だった。4時間の予定だったワークショップは延長されて結果5時間近くになったが、それも嬉しく、まったくストレスを感じることなく学ぶことができた。
彼女は誰に対しても親切で、偉ぶるそぶりなど微塵も見せない。一流の能力を持ちながら、パワハラ度など皆無である。生き馬の目を抜くハリウッドの最前線で何年も仕事が続き、愛されている人は、総じてこういうタイプの人格者である。

申し込む際に怖さはあったが、自分には無理だと決めつけずに参加してよかった。勇気は振り絞ってみるものだ。

普通に俳優として仕事をしている中で、ヒーローや悪役のような激しいアクションの場面を演じることは滅多に無いが、それでも少しでもその醍醐味や難しさを経験してみたい者にとっては非常に価値のある機会だった。
尊敬できる相手から学べるのだから、なおさらである。

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ハイディ・マネーメイカーさんは、スタント部門だけでなく、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』では女性のスーパー・ソルジャー(超人兵士)役、『ジョン・ウィック:チャプター2』では暗殺者の一人として、テレビドラマでは『CSI:ニューヨーク』などにも女優としても出演している。

彼女の出演作の秀逸なスタントを集めたクリップはこちら!!

ハイディは2019年に公開が迫るMCUの集大成にして最終章の『アベンジャーズ』4作目でも、ナターシャ・ロマノフ/ブラック・ウィドウ役のアクションを演じている。

是非、今まで以上に、圧巻のスタントの技量にご注目を!!!

(文・写真/尾崎英二郎)