(※注意:このコラムの文中のキャラクターの名称や、監督名・俳優名・女優名などは、原語または米語の発音に近いカタカナ表記で書かせて頂いています)
10月5日よりシーズン3が配信スタートしたAmazonオリジナルドラマ『高い城の男』。フィリップ・K・ディックの同名小説を原作とした本作は、「もし、第二次世界大戦でナチスドイツと大日本帝国の同盟が敗北せず、米英の連合国軍を打ち破って勝利し、北米を占領していたら!?」という設定で仮想の1960年代を描いたSFドラマである。その魅力を、シーズン3から出演している尾崎英二郎が3回に分けてご紹介。
(※わずかではありますが、第1・2・3シーズンのネタばれを本コラムは含みますのでご注意ください)
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〈SFファン、フィリップ・K・ディック作品ファン必見!!〉
原作は英語版の単行本で270ページほど、日本語の文庫版で400ページ弱の1巻だけの物語だ。第1シーズンでそのかなりの部分を映像化しており、「シーズン2や3はどう続けるのか?」「原作から物語が離れているのではないのか?」というファンの懸念の声がたまに聞かれる。しかし、脚色された場面や新たに加わっている伏線や登場人物の存在は多々あれど、原作のエッセンスは失っていない。
第3シーズンでは、小説の中で起きたある重要なシーンが映像化されており、胸をえぐる。その展開を目撃するだけでも、原作ファンは「観続けてきてよかった...」と感じるはずだ。
そしてこのシーズン3の世界配信を前に、コミコンやメディアのインタビューでイサ・ディック・ハケットとダン・パーシヴァルが明かした新事実によれば、『高い城の男』は、原作者フィリップが書き進めてはいたが未完成となった続編にある「2つの章」の中の大きなアイデアを物語に取り込んでいるという。
この事実により、『高い城の男』は新シーズンではよりSF的な方向へ踏み込んでいる。それが何かは、どうか本編をご覧いただいて確認してほしい。物語はクライマックスへ向け、大きく舵を切ったのだ。
「このドラマは第3シーズンであるべきところへ向かっている」という批評がちらほら見えるのは、そのテーマ性と娯楽性がハッキリと示されたからに他ならない。
〈メインキャストの演技の力に敬服〉
このドラマの魅力は、「もう一つの世界」を築き上げた画作りだけではない。最大の強みは、改変されたもう一つの歴史の中の人生を、あたかも本当に存在するかのように演じているキャストの力だ。
抑圧的な支配下の環境を「より良い世界」に変えられると信じて闘う主人公ジュリアナ・クレインは、愛する人たちを巻き込み、敵をも翻弄していくキーパーソンであり、難役である。主演のアレクサ・ダヴァロスは、感情を一瞬でシフトさせる天才的な自在さで心情を操り、一筋縄ではいかないこの役に命を吹き込んでいる。
ジュリアナの恋人フランク・フリンク役を演じるルパート・エヴァンスも素晴らしい。ユダヤ人の血を引くフランクは、胸を締めつけられるような境遇を生きていく。観ている者が知らず知らず彼のことを心配してしまうような繊細さを見せてくれる。
中立地帯でジュリアナに近づく謎の男ジョー・ブレイク役を演じるルーク・クラインタンクは、本来の彼の任務とジュリアナの魅力の板ばさみとなっていく様を演じている。内面を見せない静かな演技だが、彼の思いを成就させたいと願うアメリカの視聴者は多い。一見、好青年に見えるジョーの背後にはとてつもない陰謀が渦巻いている。
ニューヨークの親衛隊本部に勤務し、大ナチス帝国でのし上がっていくジョン・スミス役を演じるのはルーファス・シーウェル。惹きつける眼力と、獲物を弄ぶような対処術、他者を脅かす存在感はこのドラマシリーズの全登場キャラクターの中でも群を抜いており、同時に苦悩する脆さを抱えているスミスは、ナチス幹部として"憎まれる"役回りの枠を越え、最も視聴者に感情移入されている一人だ。
彼の妻、ヘレン役を感情豊かに自然に演じるチェラ・ホースダルとルーファスの演技は、このドラマのもう一つの主軸と言っても過言ではない。
そして日本のドラマファンの皆さんに注目していただきたいのは、この5人に加え、日本人役の2人が主要キャストとして重要なポジションを担っていることだ。
一人は、木戸大尉役を演じているジョエル・デ・ラ・フエンテ。彼の役柄は冷徹な憲兵隊幹部だが、その人物にも次第に義理堅さや情の輪郭が見えてくる。ジョエルはフィリピン系移民の両親の間に生まれたので、日本の血筋の背景を持つわけではない。それでも醸し出す日本人らしい規律重視の一徹さと佇まいは彼の役柄への献身的なアプローチによるものである。
発するのが難しい日本語セリフにも果敢に挑み、重みのある、高い演技力でその難しい立ち位置をカバーし任務を果たしてきた。撮影現場では、最も尊敬され、愛されている一人で、普段の温厚な人柄がカメラの前で役を演じる時には180度変わる。しかし本来のジョエルの優しさが、役の表情の奥に次第に垣間見えてくる。3シーズンを通して人気を博しているのも納得なのだ。
もう一人は田上通商代表役(ドラマでは原作への敬意から、原文で表記されていた「Tagomi」と発音される)。演じるのはケイリー=ヒロユキ・タガワ。80年代から活躍を続ける、数少ない日系のスターだ。彼は長年、強面の風貌から数多くの悪役を映画やテレビで演じてきたが、このドラマでは冷静で和平工作に奔走する平和主義者という立場を任されている。戦後の日本を体現するような好人物として描かれ、皇太子妃からも信頼を寄せられている。
タガワ氏は、米軍に勤務していた日系アメリカ人二世を父に、宝塚歌劇団出身の女優で歌手を母に持ち、日本生まれで、日本で育った時期もあるだけに、和の情緒を醸し出せる貴重な存在である。撮影現場では多くの助言をしてくれる頼もしい大先輩で、イノクチ提督役は田上通商代表との共演シーンがいくつかあったので、僕は個人的に非常に助けていただいている。
ハリウッドのドラマの歴史を見渡しても、何人かの日本人の役が主要キャストの一翼を担い、複数シーズンに亘って登場する例は非常に少ない。しかもコメディ的な描写のモチーフとしてではなく、シリアスな歴史劇・政治劇であればなおさらだ。ジョエルやタガワ氏のような存在が業界で高い評価を得ていることは、アジア系の俳優全体にとって機会を増やすゲーム・チェンジャーとなり得る。
だからこそ日本の皆さんにも、是非、この作品を支援していただきたい。
昨年、初めて海軍提督役で僕がこのドラマの現場に挑んだのは6月。第3シーズンの序盤の回だったが、前述したキャスト7人や全キャスト&スタッフが築いてきた圧倒的な奥行きのある世界観に、果たして自分が溶け込んでいけるのだろうか...?という不安や畏怖はとても大きかった。自分の実年齢のルックスの印象より、想定された年齢が高いイノクチという大日本帝国海軍の大将を演じてそれが通用するかどうかは未知数だ。オーディションで役柄を獲得した時はもちろん信じられないほど嬉しかったが、クリアしなければならないハードルは高く、只々、そこに真摯に臨み、精一杯演じたという他ない。
そのハードルを上手く越えられているのかどうか、武人としての威厳と説得力を生み出せているのかどうかは、どうかドラマを皆さんにご覧いただいて、ご判断を仰ぎたい(汗)。
〈時代を超えるテーマ性〉
『高い城の男』は各シーズンが10話の構成で、Binge Watching(一気観)するのにもとても観やすい。なので第3シーズンを観る前に、是非とも第1&第2シーズンを鑑賞し、その創造性と主要キャストの演技と映像の息を呑む美しさを堪能していただきたいと心から思う。ご多忙でどうしてもお時間のない方は、アマゾン・プライムビデオやYouTubeで両シーズンのダイジェスト版(The Man In The High Castle - Recap: Season 1 and 2:約30分)をチェックしてから、すぐに第3シーズンを観始めることも可能だ。
この類い稀なシリーズは歴史改変SFとしても、あるいは真に起きた歴史を学び直す契機にする題材としても、価値が高い。第2シーズンがリリースされた2年前の米国と、今日の米国では様相も変わってきている。白人至上主義が再び勢いを増し、移民が排斥され始めている状況を見るにつけ、「我々は、"高い城の男"を観ているのか!?」といった皮肉やジョークが飛び交うこともある。
2018年の今、北米であれ、アジア諸国であれ、僕らが置かれている社会や国が孕んでいる様々な問題は、奇遇ではあるがあまりにもこのドラマと多くが重なっている。時代がどんなに移り変わっても、人間の業は繰り返されるのかもしれない。今から初めてこのドラマを観てみようという方も、描かれているもののタイムリーさに驚かされるはずだ。
それだけフィリップ・K・ディック作品群が普遍性と先進性を示している証拠だとも言えるだろう。
世界中のアマゾン・プライム加入者たちが、様々な番組コンテンツの中で最も多く視聴し、第3シーズンの配信開始前に、すでに第4シーズンの製作決定も発表されている人気作。
しかも本ドラマシリーズの新シーズンが、北米と日本で同時配信されたのは今回が初!!
どうかこの機会に、「フィリップ・K・ディック × リドリー・スコット」という珠玉の組み合わせが創り上げた、"交錯する非現実と現実"の世界をお楽しみください。
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(文・写真/尾崎英二郎)
Photo:『高い城の男』
(c) Everett Collection/amanaimages