アガサ・クリスティーの代表作の一つ「ABC殺人事件」が、イギリスで新たにドラマ化された。同作は『The ABC Murders(原題)』として、BBC Oneで昨年末に放送(全3話)。これまでの気取った名探偵像を覆す新たなポワロ像が話題だ。
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♦ABC順の見立て殺人に、灰色の脳細胞が挑む
本作では、アルファベットになぞらえた不可解な連続殺人事件が発生。まずはアンドーヴァーの街(イニシャルA)で、店主のアリス・アッシャー(イニシャルA.A.)が殺害される。これを皮切りに、同様に2件目のB、3件目のC...と立て続けに被害者が発見される。すべての現場近くでストッキングを売り歩いていたアレグザンダー・ボナパート・カスト(イニシャルA.B.C.、エイモン・ファーレン演)が警察に自首したことで事件は終幕と思われたが、名探偵ポワロには別の読みがあるようで...。
徐々に真相に迫るポワロだが、警察と市民からは侮蔑の視線が。これまで慣れ親しんだジャップ警部が警察を退職し、敵対的なクローム警部が登場したのも痛手だ。クローム警部はポワロに、前任のジャップ警部の退職はポワロが原因であることをほのめかし、精神的な揺さぶりをかける。さらに、ベルギーから亡命した移民であるポワロに対し、市民感情は芳しくない。敵対的な視線のなか、ポワロは心身をすり減らしながら事件の解決に挑んでゆく。
♦チェスの駒からの脱却
名探偵エルキュール・ポワロ役といえば、4半世紀ほども演じてきた俳優、デヴィッド・スーシェの印象が強い。デヴィッドはまさにエルキュールそのものだった、とGuardian紙は回顧している。しかし、常に合理的に行動するデヴィッド版のポワロは、まるで全知全能の神に操られた個性のないチェスの駒のようにも感じられた、と同紙。
その点、今作ではジョン・マルコヴィッチ(『バード・ボックス』)の存在感が特別な宝物のように仕込まれている、と同紙は歓迎。憂いを帯びたポワロは、若き日のフラッシュバックに悩まされながらも、ABCを名乗る犯人からの犯行予告と対峙する。用心深く、それでいて自身の能力を鼻にかけないキャラクターが魅力だ。ジョンの演技はかつてないほどの説得力を帯びている、と記事は評価している。
傑出したキャラクターは完全にジョンの技量によるものだ、とTelegraph紙も役者の存在感を好感。ポワロという知れ渡ったキャラクターに、これまでとは違った印象を与えていると感嘆している。ワックスのかかった髭とベルギー訛りのアクセントがトレードマークのポワロ。本作ではこれまでのお高くとまった探偵像を覆し、ご自慢の「灰色の脳細胞」もときに色褪せて見える、やつれた男として登場する。徐々に明かされるトラウマも含め、クリスティの描いた名探偵とはまた違った味わいが魅力だ。
♦胸躍るドラマ性、大胆な翻案で実現
物語の進行がややスローだという課題はあるものの、胸躍るようなドラマだ、とTelegraph紙は賞賛している。幕開けとなる第1話にはおどろおどろしい空気が漂い、全3話からなるシリーズ全体への期待を十分に高めてくれる。
脚本は放送作家のサラ・フェルプス。『無実はさいなむ』など、これまでにも複数のクリスティ作品のドラマ化を担当している。原作の雰囲気に手を入れる彼女の手法には賛否あるようで、慣れるのに何年かかかるかも知れない、とGuardian紙も戸惑いを率直に綴っている。しかし、1930年代の発表当時からすっかり固定化しきったキャラクター像に、新たな可能性を吹き込んだ点は興味深い。
『The ABC Murders』は昨年末に英BBC Oneで放送された。デヴィッド・スーシェ主演の『名探偵ポワロ』シリーズは、日本からもU-NEXTなどで視聴可能。【海外ドラマデータベース】で視聴記録を取って、今までに費やした"視聴時間"を数字で見てみよう!あなたは何日何時間を海ドラに費やしてる?! (海外ドラマNAVI)
Photo:ジョン・マルコヴィッチ Denis Makarenko / Shutterstock.com