アラン・ムーアとデイヴ・ギボンズによるアメコミが原作のSFアクションドラマ『ウォッチメン』。Amazon Prime Videoチャンネル「スターチャンネルEX -DRAMA & CLASSICS-」にて絶賛配信中で、BS10 スターチャンネルでも毎週水曜23:00より絶賛放送中の本作は、独特の世界観を築いている一方、少々難解でもある。そんな『ウォッチメン』の魅力やちょっと分かりにくいポイントを、映画評論家の町山智浩が噛み砕いて解説したインタビューが届いた。また、雨の代わりにある生き物が空から降り注ぐという劇中の不思議な現象に関する特別映像も到着したので、合わせてご紹介しよう。
舞台は原作から34年後の、スーパーヒーローが存在するもう一つの現代アメリカ。さらにベトナム戦争でアメリカが勝利したといった歴史改変も行われている。『ゲーム・オブ・スローンズ』や『ウエストワールド』といった作品で知られる米HBOの新作だけあって、その世界を理解するにはある程度の時間が必要だが、その分だけハマり甲斐のある内容となっている。町山が伝授する見どころと、事前に知っておくべき最低限の知識、ここまで見れば面白くなるポイントとは?
――まずは『ウォッチメン』の感想をお願いします。
原作にないものをHBOが勝手に作るということで、世間にたくさんヒーローものがある中だったので便乗したのかな?というくらいにしか思っていなかったんですよ。ところがすごく"攻めた"内容になっていて、ここまでやるか!?というドラマだったのでビックリしましたね。
(原作である)1987年のDCコミックは、世界平和が強制的に達成された世界なんですよ。オジマンディアスというお金持ちの天才が異次元の世界からの侵略者をでっち上げたことで世界は戦争を止めて平和になるという作られた世界でお話が終わるんです。(本作では)その後どう話を続けるんだろうと思ったんですが、それまでいっぱい存在していたスーパーヒーローが活動を禁止されているという原作の設定を継続していくんです。この世界のヒーローはマスクをしているものの、超能力は持っていない人ばかりなんですが、なぜマスクをしているのか、なぜヒーロー活動が禁じられているのかという原作にもともとあった設定を深く考えていった作品なんです。しかも全世界的な話にしないで、アメリカの小さな田舎町を舞台にしているのも面白いですね。
オクラホマに実際にあるタルサというだけ場所を描いています。オクラホマってとんでもない田舎ですよ。タルサもそんなに大きな町ではないですね。そこだけの話をするっていうのも画期的で、そこにいる警察官の話なんです。そこの警察官は全員マスクをしていて名前も秘密なんです。なぜなら、かつて白人至上主義者によるテロがあって警官の家族が殺されるという事態が起きたから、タルサの警官たちは二度とそういうことがないようにマスクで自分たちの正体を隠して働いていると。
そんなわけで警察官はみな本名を名乗れないんで別の名前をつけていて、(レジーナ・キング演じる)主人公のアンジェラは〈シスター・ナイト〉、ティム・ブレイク・ネルソン演じる同僚は〈ルッキング・グラス〉と呼ばれています。ルッキング・グラスという表現は「鏡の国のアリス」にも出てきますが「鏡」という意味で、〈ルッキング・グラス〉のマスクは鏡になっています。彼らはスーパーな力を持たない普通の人間で、マスクをしなければ正義の行動ができない状況を法律的に作り出しているんですよね。リアリティのある中で覆面ヒーローが活躍するドラマを作り上げているのはちょっと凄いなと思いました。敵の方もマスクしているんで、マスク同士の闘いとなって、仮面ライダー的なことが現実的、リアリティのある中で実現している凄いドラマですね。
(原作同様に)オジマンディアスも出てきますが、この役はジェレミー・アイアンズが演じています。彼はなぜかオクラホマのタルサから遠く離れた場所に見える、英国貴族風の豪邸に住んでいて、何をやっているのかよく分からないんですよ。二人の執事に囲まれて暮らしているんですけど、その執事を意味もなく殺したりするんです。一体何なんだコレ?と面白いです(笑) もうジェレミー・アイアンズのオジマンディアスがとんでもないことになってきますよ(笑)
本作の舞台がなぜタルサなのかというと、本編の中でこの町で実際にあった大虐殺が描かれるからなんです。1921年にタルサで黒人たちがKKK(クー・クラックス・クラン)に殺される事件が起こったんです。もともとタルサはインディアンの居留地でアメリカの州ではなかったんです。アメリカの先住民たちを荒野に押し込んでいた場所、それがオクラホマなんですが、だんだん人口が増えてきたのでその押し込めたところを白人が取ってしまう事態になってオクラホマ州ができたんです。その時、南北戦争のあと解放されて奴隷ではなくなった黒人たちがタルサに集まったんです。で、様々な産業を始めて成功してお金持ちになって、タルサにあったグリーンウッドという黒人街は「オクラホマのウォール・ストリート」と呼ばれるくらい経済的に大成功しました。そうしてリッチになった黒人に白人が嫉妬して、彼らを皆殺しにしたんですね。その大虐殺を本作では再現しているんです。このシーンは凄いですよ、飛行機から爆弾を落としてますから。虐殺って銃を撃ったりするものだと思ったら大間違いで、ここでは飛行機から爆弾を落として殺すんです。酷いことになっていますね。そんな約100年前の大虐殺が、現代の覆面をした警官たちの闘いと繋がってくるんですよ。そこも凄いですよね。
あと、『ウォッチメン』にはヘンリー・ルイス・ゲイツ・Jrというハーバード大学の教授も出てきます。この人はアメリカではものすごく有名な人で、アメリカに住んでいる人、というか世界に住んでいる人の家系のデータを集めているんです。アメリカには黒人も白人もデータが全部残っていて、黒人も奴隷時代は"資産"として扱われていたため全部残っているので、名前が分かれば全部辿っていけるんですよ。そうしたあらゆるの国の血族のデータみたいなものとDNA検査を合体させて、どんな人でも祖先を千年先ぐらいまで辿れる、という研究をしている人なんです。お金を払えばやってくれるんですよ。すごく面白い研究で、自分は白人だと思って人種差別をしてきた人に実は黒人の血が流れている、といったことが分かってきたんです。例えば、ロバート・ダウニー・Jrは自分のことをユダヤ人だと思っていたけどアメリカ建国の父の血が流れていることが分かったり、『デスパレートな妻たち』に出ていたメキシコ系のエヴァ・ロンゴリアが中国系アメリカ人のチェロ奏者ヨーヨー・マと祖先が一緒だったりするんですよ。
タルサで起きた大虐殺の遺族は賠償金をもらえるんですが、その血族かどうかの確認をするコンピューターシステムの中にこの教授が出てきます。これは実話で、1996年くらいからタルサ市は1921年の大虐殺について調べて酷い虐殺だと分かったので賠償することにしたんです。だから「これなんだろ?」と思う人もいると思いますけど、これは本当にやっていることなんですよ。
そういう部分を含めて、アメリカという国が隠蔽してきた闇の歴史をうまく使って、ヒーローアクションものにする、まあこれは凄いですよね。とにかくすごく攻めています。ビックリしましたよ。しかも話がコロコロ転がっていって、敵だと思っていた人が敵じゃなかったり、味方だと思っていた人が敵だったり、またもう一回ひっくり返ったり、その辺のあっと驚く展開も凄いんです。今言いそうになっていますけど言いません!
――アメリカでは放送が回を増すごとに評価が上がっていったようですね。
すごく攻めた内容なのでアメリカでは賛否両論。最初は見ていない人も多かったと思いますけど、とにかく毎話凄いものを見せてくれるのでメディアが「この前の『ウォッチメン』凄かった!」と言っていて、第5話あたりで爆発的になりました。
僕自身、第5話くらいでメディアがとにかく「『ウォッチメン』凄かったぞ!」という話題にしているので、ちょっと見てみるかと見始めたらハマりましたね。ハマった理由は、虐殺とどう繋がっていくかが少しずつ明らかになっていく過程と、オジマンディアスが毎回とんでもないことをするという面白さですね。
――お気に入りのシーンは?
一番ビックリしたのは、オジマンディアスが執事を使ってお芝居する場面。凄いなと思いましたよ、メチャクチャで。あとタルサの大虐殺シーンですね。凄いですね、これは。
――原作を知らなくても楽しめるでしょうか?
原作を知らないとちょっと分からないところはありますね。『ウォッチメン』全体の世界観、オジマンディアスのやったことを知らないとちょっと分からないな。途中で説明はあるんですけど、そこにたどり着くところまでが長いんですよ。(原作にも登場した)巨大イカが出てくるところまでいかないと、分からない。ただ、オジマンディアスによって作られた世界平和で支配されている世界で、マスクをしたヒーローたちがいてヒーロー活動は法律で禁じられている、ということだけ知っていればついていけるかなと思いますね。
――人種差別というテーマが本作波及の一因になったと思われますか?
いや、それはどうなんだろう? 波及した理由は、謎の引っ張り方がうまかったのと、すごくリアリティがあるからだと思います。「マスクをしたヒーローって何?」ということを理論的に考えて答えを提示したところが面白かったですね。第1話で「タルサの大虐殺」が描かれますが、それがなんだか分からないんですよ。現在のマスクをした警官たちがそれとどう繋がっていくかというミステリーでぐいぐい引っ張っていきましたね。
――日本でも第1話を見て戸惑う人が多いと思います。
第5話までは頑張って見ないと! そこからどんどん面白くなっていきますよ。第5話までは謎ばっかりで何だこれ?と思いながら見る感じになるでしょうね。オジマンディアスはシーズン最後くらいまで見ないと分からないんですが、彼は見てるだけで楽しいんで(笑)
――最後、視聴者のみなさんにメッセージをお願いします。
とにかくオジマンディアスが面白い(笑) 何だよこれ!と思いますよ。いくつもの謎が同時進行するので最初は頭の中が一致させられなくて困るでしょうけど、それぞれを面白いと思えたら次第にそれが繋がっていくのが面白くなりますね。アクションもバイオレントですけど凄いし、セックスも(笑) それはHBOですから。セックス&バイオレンスですよ!
スーパーヒーローものは、マーベルが表でやっていることに対して、(Amazonの)『ザ・ボーイズ』とか配信ものはその裏をやっていてそれがすごく面白いですね。『ジョーカー』は裏ですけど、本作はそっちに近いです。スーパーヒーローものはいろいろ実験できる場になっていますね。『ジョーカー』を面白いと思った人には、ダークヒーローものですからおすすめですね。
ちなみに町山の話の中にも出てきたイカは、本作のアイコンの一つであり、印象的なシーンで登場する。原作の中で、ウォッチメンの元メンバーであるエイドリアン・ヴェイト(オジマンディアス)が、米ソ冷戦を食い止めるために「宇宙からイカ型エイリアンが襲来し、ニューヨークで300万人を虐殺した」というフェイクニュースをでっち上げたことに端を発する。実際はヴェイトが巨大爆弾を爆発させてニューヨークを壊滅させたのだが、巨大イカの襲来を信じたアメリカとソ連が強大な敵に立ち向かうべくお互いへの攻撃を止めて手を取り合おうとすることで結果的に冷戦を食い止める。本作でもその"湾曲された平和の象徴"は惜しげもなく登場しているようだ。
今回届いた特別映像は、大量の小さなイカが天から降ってくる本編シーン。製作総指揮のデイモン・リンデロフは「小イカは人殺しはしない。(人々は)最初は怖くても、(降るのが)2回目となると少し慣れる。50回目ともなれば超絶イライラするだろうね」と語っている。イカはすべてCGで作られており、地面に落ちると30秒ほどで溶けて粘着質の物質になってしまうという設定だ。巨大イカ事件から34年経った現代になぜ小イカが降ってくるのか? そのイカたちはどこから来ているのか?
町山の言うセックス&バイオレンスに加えて、予想外の展開と謎も満載の『ウォッチメン』は、Amazon Prime Videoチャンネル「スターチャンネルEX -DRAMA & CLASSICS-」にて絶賛配信中、BS10 スターチャンネルでも毎週水曜23:00より絶賛放送中。
公式サイトはこちら
Photo:
『ウォッチメン』
©2019 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and related channels and service marks are the property of Home Box Office, Inc.