作品を見ながら、セット/衣装/照明/カメラワーク/編集/CGなど、映像作りへのこだわりには日頃、注目し易いものだが、「音」のこととなると、テーマ音楽などにしか目が向かないというのが極々普通の見方ではないだろうか。今回は、映画やドラマを構成する「音」に迫ってみたい。
この秋、アメリカの人気テレビドラマ/映画に関わるプロの職人たちから、「音」について実地で学ぶ、この上ない機会があった。昨年から1年をかけて完成させたショートフィルムの現場でのことだ。
『LIL TOKYO REPORTER(リトル東京リポーター)』という米国制作の28分の短編は、1900年代初頭のリトル東京の日本人社会の暗部と闘った日本人(移民一世)新聞記者の葛藤と勇気を描いている。
日系俳優クリス・タシマ(短編『ビザと美徳』でアカデミー賞を90年代に受賞)が主人公の記者を演じ、僕は日本人社会の犯罪に染まりかけた男を、そしてケイコ・アゲナ(『ギルモア・ガールズ』のレーン・キム役で一躍ドラマの人気者となった)が、僕の妻を演じている。
米日のキャストが共演するこの映画には、英語セリフと日本語セリフも共存する。そこで僕は、日本の言葉や文化に極力間違いが無いように、この作品の "日本語セリフの監修" を、任されることになった。
簡単に言えば、日本語のニュアンスが解らない演出チームのための、"日本語のシーン限定の演出助手" の役目だ。
映画やドラマは、全撮影が終了すると、ポスト・プロダクション(撮影後の映像と音響の仕上げ過程)に突入する。
非常にわかり易く、もの凄く簡単に、(誤解を恐れずに)映画やテレビドラマの映像制作の手順を説明するならば、
1.撮影時、フィルムや録音機材に刻まれるのは、"カメラで撮った画" と "俳優が喋ったセリフの音声" だけだと言っていい。
2.その映像を編集。セリフのつながりや録音状態に問題が無いか確認。
3.セリフ以外に、作品のフレームの中に存在するはずの「音」:環境の音/特殊効果音/そしてテーマ音楽/などをすべて創り出し、映像に当てはめて、あたかもその場で起こっているような音の臨場感を再現する。
(※ CGなどの特殊効果を加えるのも、この3つ目の段階)
この3つだけ。
さらにわかり易く、実際の場面を例に「音」について説明すると、
たとえば、ひとりの俳優が歩いて来て、テーブルに座り、酒を飲んだシーンの画を撮影した場合、
歩いてくる足音/椅子を引く音/座った時に椅子がきしむ音/ボトルを空ける音/液体(酒)が注がれる音、といったすべての音を再現する必要がある。
もちろん、そういった "動きの音" は、撮影時に録れた生音をそのまま使うこともあるが、生音は聴いた時のインパクトが弱い場合もあれば、生音の音質がセリフの邪魔をしたり、そのシーンの時代に合わない場合がある。
たとえば、上記の「酒を飲むシーン」が、1900年代であれば、足音が、コンクリートの響きであるより、石の響きや、木の床の響きのほうが相応しいかもしれない。
そうなれば、撮影に使ったロケ地のレストランのコンクリートの床の音は使えない(そもそも、撮影現場ではそういう類いの音をいちいちマイクを向けて録音はしていないし、むしろコンクリートの靴音は邪魔にさえなる)。
だから、音を「ゼロ」から生み出すほうが都合がいい場合があり、それらの音を作り出すプロがしっかりと存在するというわけだ。
【効果音:Foley】と呼ばれるのは、そうして創り出された音のことを言い、
それらの効果音や、セリフの「音」の質感や、長さ、音程などを
【音響編集:Sound Editing】の担当者が編集し、映像のタイミングに合わせてはめ込む。
そして物語の緩急やクライマックスの展開などに沿って、テーマ音楽/効果音/セリフ/環境音/挿入歌/など、作り出されたすべての音という音を
【音響ミキシング:Sound Mixing】担当者が実際の劇場で流れる音量を想定して掛け合わせ、作品が出来上がる。
(※ よく、映画賞などの紹介で Sound Mixing 賞 のことを「音響効果賞」と訳されているのを見るが、この訳は実はあまり正しく言い表していない。"音響構成"とか "音響混成(混合)" みたいな言葉のほうが本来の意味に近い)
僕らが制作した前述の短編映画は、非常に幸運なことに、某大手スタジオの協力を受けることができた。ポスト・プロダクションのプロチームと施設を提供してもらうことが叶ったのだ。商業映画でもないので、通常ならありえない支援だった。
その中で、僕が日本語セリフの監修として、もっとも作業で深く関わったのが
【音響編集】担当のショーン・マッセイ(Sean Massey)だ。
彼は 近年のドラマ賞を総なめにしている、クレア・デインズ主演の傑作『HOMELAND』、パトリシア・アークエット主演の『ミディアム』、ローラ・リニー主演の『The Big C』、ジョニー・デップ主演の映画『ランゴ』のダイアローグ(セリフ部分)編集やスーパーバイザーを務めている。
ショーンが、映像に合わせたセリフの長さや音量、配置のタイミングを決定していく上で、僕が日本語部分の間違いを指摘してアフレコし直したり、音の質感を変えたり、シーンの時代にそぐわない単語やフレーズは削除してもらうリクエストを細かに出していった。
「音の質感」というのは...
たとえば録音されたセリフの音量を少し小さめにして、さらに音のクリアー度を下げてぼやかした音に変化させれば、そのセリフはまるで遠くから聞こえてきたような感じに生まれ変わる。
あるいは、セリフが激しい効果音などと重なってしまう場合は、そのセリフの音量と明瞭度を上げたり、セリフか効果音の配置を微妙にズラす、ということができる。コンピューター上の作業で、それらの改善が可能なのだ。
驚いたことに、ショーンの説明によれば、この短編映画のたった1シーンであっても、「音」のトラック(音帯)が200ラインもあるという。
一つひとつの効果音/撮影時のセリフ/アフレコで追加されたセリフ/環境音(騒音や背景に存在する声やBGMなど)/テーマ音楽/といったそれぞれ別々に編集された音が200種類あるのだ。
200種類の音、と言ってもイメージし難いかもしれないが、
たとえば...
ドアが閉まる音。
僕らは、単にドアの閉まる「バタン!」という音を録音するだけだと思ってしまうが、
あるシーンでは、
まずドア自体の重みを示す「ドン!」という音、
ドア鍵の金属が「カチャ」っと触れてハマる音、
そして、古い建物を表現するための「ギィ~~」と鳴る音、
この3つを、巧みに組み合わせ、
"ギィ~ドンカチャッ!!"
という一つの効果音を作成して、そのシーンに奥行きを与えていた。
「こんな細かい作業をしているのぉ!!!???」
と、思わず目を丸くした。
これだから、当たり前のように200くらいの音のトラックが存在するのだ。
これが『トランスフォーマー』の様な大作SFアクション映画ならたった1シーンでも、1000や2000の音響トラックが編集され、ミックス(混成)されているという。
なんとも、途方に暮れる...。
酒を飲むシーンの音響編集時に、担当者たちからこんな質問を受けたこともある、
「盃(さかずき)をテーブルに置く時に、まず、手の小指の側が先にテーブルに付くよね。だったら、"コツン!" っという盃の音は、鋭い音じゃなく、小さく抑えたほうがいいかな?」
と。彼らは日夜、そんな細やかな音の描写やリアリティについて考え抜き、作品に注ぎ込んでいるのだ。
2007年のアカデミー賞で、映画『硫黄島からの手紙』が音響編集賞を受賞した時、その価値の重みを、当時は深くは理解できていなかった。
しかし今では、そこにどれほどの苦労が注がれていたかがわかるし、心からその作業の功績に感謝できる。
今回の短編の音響編集の合間にショーン・マッセイは、
「これだけ創り込んで、画面に配置した "音" を、見てる人は、ほとんど気づかないさ。僕らの仕事はそういうものなんだ。
と語った。
そして誇らしく、さらにこう続けた、
「でもね、誰にも気づかれない音こそ、"いい音" なんだよ」
と。
彼らの仕事は偉大だ。
いい作品は、いい画だけでなく、いい音へのこだわりがその世界観を生み出している。
是非、秀作ドラマシリーズや映画を見る際には、
幾重にも織り込まれている効果音の見事さ、バランス、音楽やセリフのタイミング、
それらすべての
『音』
にも耳を傾けてみて欲しい。