今もなお世界中のファンから愛されている海外ドラマの名作『CSI:科学捜査班』。現在Dlife<ディーライフ>で毎週月~木の23:00から放送されていますが、本作のおもしろさをさらに味わっていただきたいと思い、警察庁で声紋鑑定による犯罪捜査に長年取り組まれてきた鈴木隆雄氏にお話を伺ってきました!
難しい言葉なども飛び出しますが、その道のプロの目に本作がどう見えるのか、実際の捜査現場で起きたことなど、めったに聴けないお話をぜひお楽しみください!
<鈴木隆雄(すずき たかお)氏ご紹介>
1939年生まれ。東京理科大学理学部卒業後、1961年警察庁入庁。元・警察庁科学警察研究所(以下、科警研)副所長として、様々な事件の音声鑑定や事件の解決に活躍。退所後、(株)鈴木法科学鑑定研究所を設立し、声紋鑑定の専門家として、法医学鑑定は勿論、講演や著作、監修など多岐にわたって活躍。
【主な鑑定等の事例】
・ばんだい号墜落事件(1971年:北海道)音声鑑定
・爆発物取締法違反事件(1976年:北海道)道庁爆破事件鑑定
・ニセ電話事件(1976年:東京高検)鑑定
・成田空港職務強要事件(1990年:東京地裁)鑑定
・甲府信金女子職員誘拐殺人事件(1993年:山梨県)鑑定
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――1961年から長きにわたって、声紋鑑定に携わられたことと思いますが、1999年に退職されるまでに、声紋鑑定の仕方はどう進化(変化)したのですか?
音声の鑑定については、様々な分野の方々(言語学、音声学あるいは電話やスピーカーを扱う工学系といった方面)が携われておりますが、私は大学での専攻が物理学でしたので、音声という音響信号を周波数分析という物理的に分析し、スペクトログラムというパターンに表示するいわゆる「声紋法」を使う方法に携わってきました。この方法は、最初はアメリカで開発されたので音を周波数分析してパターンに描く「サウンド・スペクトログラム」法と呼ばれましたが、当初音声の分析を行う機械を作ったメーカーの商品名から「ソナグラム」法と呼ばれるのが一般的でした。日本でも、現在もこの名称で呼んでいる人もおります。
声紋法は1960年代~1970年代に盛んに使われましたが、1980年代になりますとコンピューターの性能が急速に上がりデジタル信号処理が容易になり、それと同時に音声分析に統計的な手法を用いる様々な方法が開発され、音声研究が飛躍的に進歩しました。特に音声認識と呼ばれる分野(話し言葉をコンピュータが認識する方法)では、当時から一般の人々にも広まりつつありました。音声の個人識別について警察の鑑定の分野でもコンピューターを使う研究が始まり、後にその成果として誘拐事件などで多数の容疑者の中から犯人に近い人物を絞り込む方法に応用される事例もありました。
現在は、コンピューターを使う方法とスペクトログラムを使う方法と併用されています。 アラビアンナイトの「開けゴマ」という夢物語が、現代で実現していることは、私にとって何か感慨深いものがありますね。
――『CSI: 科学捜査班』はちょうど鈴木先生が退職された翌年(2000年)からスタートしたドラマです。ご覧になって「実際の捜査放送をかなりリアルに再現している」と思われる点があれば教えてください。
本作の中で、録音されたテープの声を被害者の女性が誤って他人の声を「自分の息子の声だ」と証言するくだりがあります。これは実際に起こりうることで、冷静な時は自分の知っている人の声か違うかは、かなり正確に判断できますが、予断偏見がありますと誤ってしまうという良い例だと思います。
また、拳銃の弾丸の鑑定を行うのに水を満たした水槽に拳銃の試射を行うシーンがありますが、日本でも同じように科警研や科捜研では水槽に弾丸を撃ち込んで、鑑定用に弾丸を回収しています。捜査用の鑑定機材に本物を使用しているだけあって、ドラマはとてもリアルでした。
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――鈴木先生が携わられた事件事故で、特に印象的だったものをいくつか教えてください。それはどういった点で印象的だったのでしょうか?
私が科警研に入った1960年代から1970年代には、携帯電話はありませんでしたので、誘拐事件や脅迫事件では公衆電話から通報するケースがほとんどだったんです。そうした場合、犯人の電話の声の他に、背後から聞こえる様々な町の生活音、たとえば電車の走行音、踏切の警報音などから、電車の線路に近い場所、道路に近い場所、近くに電車の踏み切りがある場所など、犯行現場を絞り込むに重要な役割を担っています。
ある誘拐事件では、犯人の音声の背後から、バスの行き先を案内する女性のスピーカー音が流れたことから、バス停が特定され犯人の検挙に役立った例もあります。
携帯電話になってからは、最初のころは音声が途切れたり急にはっきりしたりすることから、携帯電話の発信地が電波の届く場所と届き難い場所の中間点にいるなどを解析しましたが、現在はGPS機能から場所の特定がしやすくなり、通話履歴からどの地域から発信されたかが容易に分るようになり時代とともに技術の進歩が感じられます。
――素朴な疑問で恐縮ですが、男性が女性の声を真似ていたり、その逆をしたり、大人が子どものマネをしたり、など、そういう「声マネ」はカンタンに見分けることができるのでしょうか? 近年「オレオレ詐欺」といった犯罪も多発していますが、相手を見極めるコツはあるのでしょうか?
声紋は、元々その人の持っている声帯、喉、口、舌などの形や大きさに依存するものですから、男性が女性の声を真似する場合は、いわゆる裏声が主ですが、一般に男性は女性よりも顔が大きいので声帯から唇までの距離に依存する部分が女性としては不自然だったりします。一般には、男性が裏声で話すのはかなり無理がありますので、長い会話は難しいですが、中には男性で裏声を使うのが得意な人もたまにおります。
また、声帯模写といって他人の声を真似るのが得意な人がいますが、あれらの大抵は声の高さ、抑揚、話し方の速さ、良く使う言葉などでその人の特徴を上手くつかんでいるんです。
オレオレ詐欺で、だまされる例は、最初に名乗ったら聞いた人がその人だと思い込んでしまうという人の心理的なファクターに付け込まれているので、電話の場合、特にお金に係わる話や交渉ごとでは冷静になり、一呼吸おいてから対応することをお勧めいたします。
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――声紋鑑定が物的証拠となるのはどこの国でも同じですか?(法律上、証拠にならない国もあるのでしょうか?)
日本で声紋の鑑定が裁判で証拠として採用されるまでに、10年かかりました。一方、声紋鑑定を日本より先に始めた米国では、裁判制度が異なっており、音声鑑定について議論が闘われ、1960年代の後半から証拠として採用され始めましたが、州によって扱い方が異なり、第一証拠として強い証拠能力を認めている州と、補助的な第二証拠として扱う州とかなり週によって温度差がありました。
ヨーロッパでは、ドイツ、フランス、スペインも声紋鑑定が導入されていますが、最近はコンピューターによる方法も導入され、広く使われております。音声の個人識別鑑定にコンピューターによる自動識別技術が簡単に導入出来ないのは、犯罪現場で録音された音声は、雑音が多かったり、他の人の声が重なっていたり、実験室で得られるようなきれいな音声資料ではないことが、最大原因で、スペクトログラム(声紋)の目視による比較法がどうしても必要だからです。指紋も同様で、犯罪現場の指紋は、完全な形で採取されない例が多く、最後は人間の知覚識別能力に頼る部分があります。
――最後に、『CSI: 科学捜査班』をご覧になっての感想をお聞かせ下さい。
主人公のグリッソムは「先入観で物事を決めつけてはいけない」と言っていたシーンがありましたが、あの姿勢にはドラマと言えども尊敬の念を抱きましたし、初心を思い出しましたね。例を挙げるとすると、「鈴木さん、これは何ですか?」と現場の人間に聞かれた時に、持ち主の外見等で決めつけるのは、あらゆる危険が伴うのです。このドラマには学ばせてもらった事も多くありますね。
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『CSI:科学捜査班』
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