『エクスタント』の物語もクライマックスにさしかかる、第11話「新世界(A New World)」。巨大企業のトップとして宇宙開発事業を 牛耳る人物ヤスモト・ヒデキ氏(真田広之)に仕える部下として、 僕はこのエピソードに登場した。
オーディションは昨年の6月。"Chief Scientist(主任科学者)"という役柄で、西ロサンゼルスにある某スタジオへと赴いた。 演技審査をする部屋のロビーの壁に貼ってある、近未来的な建物のコンセプト画や、『EXTANT』という洗練された文字のロゴが目に飛び込んでくる。
「スピルバーグが製作総指揮で関わる作品のデザインなんだな...」
と、興奮する心を抑え、冷静な気持ちで順番を待った。
『エクスタント』は、真田さんが重要なポジションでレギュラーとして活躍する作品。 ヤスモト・コーポレーションという国際企業が物語に大きく絡むことから、オーディション以前から「真田さん演じるヤスモト氏の周囲には、他にも "日本人キャラクター"が登場する可能性があるかもしれない...」と、当然感じていた。
僕は、一つの役のチャンスだけでなく、シーズン終了までのあらゆる可能性を見据えてオーディションを受けた。13エピソードの中のどこかに機会が生まれることを祈って。
科学者を演じる際、セリフの中の科学的な専門用語というのは、普段話したこともないので、たとえ日本語であってもなかなか自分の頭と心と口に馴染まないものだ。
まず与えられた課題のシーンの英語台本数ページの意味調べから始まり、説得力のある日本語に置き換えて、何度も何度も口ずさみ、考えずとも口から流れ出るようになるまで練習する。さらに「科学者っぽい(頭脳明晰な風)」の口調の演技だけは避け、極力、自然でプライベートなトーンを心掛けた。"科学者"と言っても、いかなる立場の人物かは、エピソードの台本全体を読んでみるまでは判らない。
その取り組み方の甲斐があってか、幸運にも僕はこの役を獲得することができた。
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僕にとって『エクスタント』というドラマが大切であったのは、"スピルバーグ関連作"であるからだけではない。
与えられたシーンが、日本の映画・テレビ界が生んだ、世界に誇れる大先輩と共演が叶う機会だったことに、やはり大きな意味があった。
僕は、10才の時に『戦国自衛隊』(1979年)、中学生の時には『里見八犬伝』(1983年)で真田さん主演の勇姿を劇場スクリーンで見ている。そして初めて、その大先輩の撮影中の演技やアクションを生で目の前で見たのが20年後の『ラストサムライ』(2003年)だった。でもこの時の僕は、壮大な戦闘シーンで戦う、大勢の侍の一人でしかなかった。 とてもではないが「共演」というような立場ではなく、見事な剣捌き(さばき)を ただただ見つめて学ぶしかなかった。撮影現場での真田さんは、いわゆる"その他大勢"でしかなかった僕らに対しても、 侍として演じる際の心構えを、静かに丁寧な口調で説いて下さるような方だった。
「いつかこの街でお会いして、『ラストサムライ』の時の感謝の思いを伝えたい...」
「いつかこの国の業界の撮影現場でご一緒してみたい...」
そう願っていたことが、わずかな出演時間とはいえ、『エクスタント』という最高の場で叶うことになったのだ。
真田さんは過去10年間のハリウッドへの挑戦で、人気映画のみならず、4本のテレビドラマ・シリーズに登場している。そのうち、2本がスペシャル・ゲストスター枠であり、あとの2本はシーズン・レギュラーである。
同一年(2014年)に2本続けてレギュラー出演のドラマが放送された日本人俳優は、米ドラマ史上、初の快挙のはずだ。しかも、どの作品も重要な役柄として。
それだけの功績を築いてきた真田さんだが、やはり『エクスタント』でも驚くほど優しかった。共演させて頂いた第11話のシーンは日本語セリフで、「和訳」の作業は俳優たちに委ねられていた。僕は事前に制作アシスタントを通じて真田さんに連絡をとり、セリフの訳の相談をさせて頂いた。 シリーズ全話を通じてヤスモト氏を演じてきた目線を持つ真田さんだからこその、より良い「言葉」のチョイスがあるはずだ。勝手に僕が持ち込んだ和訳のセリフが撮影本番で万が一噛み合ず、訳し直すようなことになれば、演技には集中出来ず、真田さんにもご迷惑がかかってしまう。それだけは避けたい。
セリフの翻訳は、何度かのやりとりで、説得力のあるものに仕上がった。用語の選択に気をつけただけでなく、日本の視聴者の方々がパッと初めて耳にした際に、理解し易い"音"の言葉を選ぶことまでに神経を注いだ。真田さんの案を軸に、同時に僕のアイデアも真田さんはオープンに取り込みながら、シーンのセリフの最終型を生み出して下さった。
日本での放送と、のちにブルーレイやDVDでのリリースを楽しみにしていらっしゃる方々のために、シーンの中身のネタバレはここではしない。でも、この場面は短いながらも、"ヤスモト氏"の重要な秘密が語られ、全13話の中で、唯一、日本の俳優がふたりで母国語で演じるシーンとなっている。
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真田さんは、撮影現場でのスタッフからの信頼が厚い。日本のベテラン・スターとして敬意を抱かれ、だからこそ「日本文化や歴史」を大切にする姿勢を貫くことができる。"本物"を見せ、伝えることができるので、スタッフたちが彼の意見を尊重するのだ。『エクスタント』は、3年前にある映画の企画で真田さんを起用しようとしていたスピルバーグ氏が、本作のプロデューサーに直々に推薦したのだという。スタッフたちも「日本的な部分を描く際には、ヒロ(真田)に確認をとる!」ことを心掛けたそうだ。 第1話の製作段階から、キャラクターの設定・衣装・ヤスモトの居住する建物・インテリアや小道具にいたるまで、真田さんの意見や考えが反映されている。
撮影時、真田さんに見せて頂いた、ヤスモト氏のリビング(応接室)兼オフィスは、 まるで博物館か美術館のようなアイテムが並ぶ豪華さと重みがあり、彼の権力と財力がよく表されていた。このドラマを見て下さる視聴者の皆さんは、始めこの部屋の装飾を目にした際に、
「これは(よくありがちな)アメリカ人目線の日本観ではないのか!?」
と疑問を抱くかもしれないが、決してそうではない。"ありふれたステレオタイプの日本像"を描いたドラマとは一線を画している根拠と背景が、それらの装飾や小道具には隠されている。 第1話の、衝撃的なヤスモトの登場シーンの衣装にも、その「理由」があることがドラマの後半でわかってくる。このドラマの真田さんの役柄は、かなりの奥行きと謎を秘めたパートで、確実にストーリーを牽引する魅力の一つになっている。
今回の撮影で、
「シーズン・レギュラー」とは、いったいどんな立ち位置なのか...
日本人俳優が挑む「シーズン・レギュラー」の現実の闘いとは...
僕は、真田さんの仕事の取り組み方を目の当たりにし、初めて、わずかな時間だが知ることができた。
その責任の重圧は凄まじい。でもその凄まじさやハードさに、真田さんは キャリアと経験値で、冷静に淡々と対応していく。主人公モリー・ウッズの運命を翻弄するヤスモト氏というキャラクターはその権力をもって、主演でありオスカー女優のハリー・ベリーを威圧していく存在である。あるエピソードでは、ハリーが聞き手に回り、真田さんがじっくりと独白のように言葉を紡いでいくという局面まである。
レギュラーの役柄のセリフの量は膨大である。主演陣と渉り合う立場であるヤスモト氏が操る言語は、セリフの9割5分、いやほぼ10割近い分量がもちろん英語だ。言葉の裏にミステリアスな陰謀を感じさせる役柄で、しかも宇宙開発事業や科学技術にまつわる用語が少なくないのだから、難易度も高い。そしてセリフは時に、本番当日や、撮影中にも変わることがある。恐ろしいほどの演技的・言語的な激務だと言っていい。
真田さんは撮影の合間に、練習中のセリフのページを惜しげもなく気さくに見せてくれた。その膨大さと、紙に書かれた努力の形跡に圧倒され、「うわぁ...」と思わず声が出たほどだ。しかし、その責任を背負っている立場を誇示するそぶりなどは、微塵もみせない。撮影中は、常に声をかけて下さり、遥かに後輩である僕をリラックスさせようとして下さっていた。その懐の深さと、真摯なたたずまい、落ち着き。決して手を抜くことが無いプロの姿勢を目の前で、セリフを交わしながら、あるいはモニター越しに見学しながら、僕は少しでも吸収しようと試みた。
巨大なヤスモト氏の豪邸の美術セットの中で、僕はまるで「一人の生徒」のようだった。
この距離感と畏敬の念が、ヤスモト氏と部下である主任科学者との間のバランスに生きていると願っている。
たとえわずかな時間の表現でも
「そこにある "関係性"が滲み出たらいいね...」
と本番前に話し合ったのが、真田さんと僕がこのエピソードのシーンに込めた共通の思いだ。そういう細部までも、とことん丁寧に演じ伝えようとする大先輩と創り出した一瞬一瞬は、財産である。
『エクスタント』は、レギュラー陣の一人として心血を注ぎ込んだ真田さんにとって、新たな代表作になることは間違いない。13話、全エピソードに登場し、日本での放送バージョンでは日本語版のヤスモト役の声を自ら吹き替えている。"本物感"にこだわっていればこそだ。
海外ドラマファン、真田さんファン、そして未知なるファンの皆さんにも、 作品のために全力を尽くす、我らが誇る
日本人スターの闘いを、是非、最終エピソードまで見届けて欲しい。
■『エクスタント』WOWOWプライムにて放送中!
<レギュラー放送>
二か国語版・毎週土曜よる11:00~/字幕版・毎週水曜よる10:00~
※第一話無料放送
Photo:『エクスタント』
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