(※注意:このコラムの文中のキャラクターの名称や、監督名・俳優名・女優名などは、原語または米語の発音に近いカタカナ表記で書かせて頂いています)
予備知識ゼロだったドラマを一気観してしまったのは久しぶりだ。
10時間、ある町で実際に起きた事件を、当事者や担当の刑事さんからじっくりと聞かせてもらったような、妙な充実感が漂う。
『ミスター・メルセデス』という、タイトルの意味さえ知らないままに観始めたドラマは衝撃の描写で幕を開けた。
ある田舎の郊外。早朝の息が白くなる寒さの中、人々が列を作っている。
失業中のごく普通の人々が、就職支援フェアの開始を待っているのだ。
この中には赤ん坊を抱く母もいて、まだ朝日も顔を出さない薄暗い中、寒さに泣き出してしまう子をあやす姿はせつない。そんな母親を見かねた列のすぐ後ろの男性は、自分の寝袋を彼女と赤ん坊に提供する。
皆、必死に生きている。
その列の後ろに、1台のまばゆいメルセデス・ベンツがゆっくりと走ってきて、止まった。
職探しの会場にはおおよそふさわしくない高級車からは、誰も降りてはこない。
ヘッドライトは点灯したままだ。
運転の主は就職支援フェアの主催者か? どこの金持ちが乗っているのだろう...?
列に並んでいる、就職希望を抱えた人々は思いを巡らした。
そう皆が思った直後、想像もしていなかった殺戮が起こる。
"ミスター・メルセデス"とは、その殺戮を行った犯人の呼び名である。
あまりにも惨いドラマのオープニングに、正直ゾッとさせられるのだが、
「なぜ? どうしてこんな酷いことをするのだ??」
と感じた冒頭から、すでに視聴者である自分は、まんまとストーリーに引き込まれていた。
殺戮の現場に現れた刑事ビル・ホッジスの心境が、視聴者の「なぜこんなに惨いことを!?」という疑問に、重なるよう仕掛けられているのだ。
その事件から2年。ホッジスは定年退職し、残忍な事件の犯人はまだ捕まってはいなかった......。
原作はスティーヴン・キング。
キングといえば、『キャリー』『シャイニング』『IT/イット "それ"が見えたら、終わり。』のようなホラー作品のイメージが強いが、『ミスター・メルセデス』はホラー作品でもなければ超常現象的な描写を含むスリラーでもないので、そういう作風が苦手な人でも落ち着いて見ていられる。
しかし、キャラクター描写が濃密であるだけに、どこかの町で本当に起きたようなリアリティで忍び寄ってくる恐怖の質と感触という意味で言えば、並みのホラー映画よりもはるかに怖いドラマを生むことに成功している。
現在、アメリカでは貧富の格差が大きくなっている。決して弱者には優しくない政権運営の影響も社会に影を落とし、動機のわからないような銃乱射事件やテロまがいの事件が続いている。
その現場は、映画館であったり、バーであったり、そして度々、小学校であったりする。
誰が殺人犯のターゲットとなるか予想もつかなくなってしまったこの時代を巧みに切り取ったかのように『ミスター・メルセデス』を脚色(脚本)したトップクリエイターは、デヴィッド・E・ケリーである。
ケリーといえば、法律学校で学んだ下地を存分に活かした『ザ・プラクティス/ボストン弁護士ファイル』『アリー・myラブ』『ボストン・リーガル』から、2017年度の賞レースを総ナメにした『ビッグ・リトル・ライズ ~セレブママたちの憂うつ~』まで、それぞれ問題を抱えた感情的な人間たちが交錯する質の高いドラマ作りに定評があり、ファンも多い。機知に富んだセリフの応酬で、憎々しく振る舞うキャラクターたちまでをも生き生きと描くことができる。
全10話のうち7話の演出を手掛けるチーフの監督はジャック・ベンダー。『エイリアス』『LOST』『ゲーム・オブ・スローンズ』などで手腕を発揮してきた実力者だ。撮影も正攻法で、被写体を固定のカメラで淡々と狙う。手持ちのカメラで揺れやブレを起こしてスリルやスピード感を生むようなテクニックは一切使わない。あざとく恐怖心を煽るようなサプライズ的な編集もない。ゆったりとしたリズムで、田舎の凶悪事件に焦点を当てて語る手堅いチームがこのシリーズを支えている。
特筆しておきたいのは、『ミスター・メルセデス』は優れた脚本に加え、感心させられるキャスティング、そして秀逸な演技、という3つでほぼ成り立っているということだ。
どんなにデヴィッド・E・ケリーが驚きの新作脚本を執筆しようが、その活字の羅列に息を吹き込むのは、演出する監督と、キャラクターたちを演じきる俳優陣だ。この3つの歯車が噛み合ったからこそ、成功を収めたのである。
このドラマには、見栄えのいい人間が登場しない。ただの一人も登場しない。
イケメンやモデルばりのルックスの俳優を配役すれば、それだけでも田舎町で突然起きた殺戮の物語は現実味を失ってしまうだろう。そういう、映画やドラマによく見られる"嘘っぽさ"を完全に排除している。
残忍な犯人を追う内容では、僕が個人的に敬愛している作品に、デヴィッド・フィンチャー監督の『セブン』やケイリー・フクナガ監督の『TRUE DETECTIVE/二人の刑事』があるが、前者は主演にブラッド・ピット、後者は主演にマシュー・マコノヘイが起用されている。彼らはどちらも当たり前に格好良く、ファンの数もとてつもなく多い。
だが『ミスター・メルセデス』は、本来なら作品の"売り"となるそうした点を度外視し、真逆のキャスティングでドラマを秀作レベルに押し上げているのだ。
主人公の、引退した元刑事ビル・ホッジス役にブレンダン・グリーソン。酒浸りで、ガサツで、近所にもし住んでいたらかなり面倒臭いタイプの、正義感と罪悪感に突き動かされて犯人を頑固に追う男臭い人物を好演している。
『ハリー・ポッター』『オール・ユー・ニード・イズ・キル』『パディントン2』などヒット作にも多数出演しているベテランだが、最近の映画ファンの方には、人気俳優ドーナル・グリーソンの父親といった方がピンと来るかもしれない。まず、このホッジス元刑事をドラマの第1話で、最初からとても好きになる人は少ないはずだ。
しかし、それはそれだけ、グリーソンの"冴えないオヤジ"演技が実はとても効いているからだと、回を進めて観ているうちに気づかされる。
彼は、姿の見えない犯人から次々と挑発を受け、その身の危険を感じ始める。しかし、迫る危機をかつての同僚である現職の刑事たちにどんなに訴えても、酒浸りで健康も損なった彼の警告はまともに受け入れられない。
影響力を失った元刑事は苦悩する。庭に野放しで飼っている亀に餌をやる姿には初老の哀愁さえ漂う。
共演陣の中で非常に際立つ存在として、IT機器やメカに詳しい電気店のサービス店員ブレイディ・ハーツフィールドを演じるハリー・トレッダウェイ(『ナイトメア』)と、アルコール依存症で、やや精神的に病み、社会復帰できない母デボラ・ハーツフィールドを演じるケリー・リンチ(『Lの世界』『新ビバリーヒルズ青春白書』)の二人がいるのだが、この両名の演技は本当に凄まじい。
経済的に恵まれない家庭で、問題の多い母との間にある、愛なのか憎しみなのかもわからない深い情。電気店で上司からパワハラを受け続け、友達と呼べる近しい仲間もいない息子以上に、社会との接点のない母親。この二人の存在が、薄気味悪く、とても痛々しい。しかし、その危うさも、視聴者に強く感じさせてくれる優れた演技力のなせる業だ。
第8話の「From the Ashes(原題)」は、シリーズ屈指のエピソード。トレッダウェイとリンチが見せる死に物狂いの演技は、エミー賞ノミネートに値するだけの衝撃を見る者に与える。10話で完結の物語になってはいるが、このエピソードはクライマックス以上のクライマックスと言っても過言ではないと筆者は思っている。
本作に登場するキャラクターたちは皆、普通の日常生活を送っているように見えても、社会の中で何か"埋もれた"、どこかが屈折した、問題や過去を抱えている人間たちだ。一癖も二癖もあると思わせるルックスと表現力を持ち、そうした役にピタリとハマる人材をよく探し出してくるものだと感心する。
このドラマには、もう一つ、大きな特徴がある。
シリーズ全体の見どころは、元刑事ホッジスと、殺人犯"ミスター・メルセデス"との挑発的なやり取りや、彼らを取り巻く人間たちのドラマなのだが、物語の軸が「(視聴者にとっての)犯人探し」ではないのである。
実は、犯人が誰であるかは、第1話から明かされてしまうのだ。
過去に度々見てきた、犯罪ものの一話完結型ドラマや映画なら、犯人を捕まえる刑事たちこそがヒーローであり、注目の的だ。犯人の所在や行動パターンはなかなか見えてはこず、「謎」を引っ張り続ける推理型が定石。犯人逮捕の手がかりは、最後の最後に突き止め、犯人の心境や動機を「待ってました!」とばかりに、本人か刑事が長ゼリフで語り始めたりするものだ。
ところがこのドラマは逆である。
主役の元刑事と同等に犯人の生活をシリーズの中心に据え、詳細に追う形(『刑事コロンボ』や『古畑任三郎』の構成に近い)をとっている。しかし後味の良い、軽いエンターテイメントではなく、社会の闇や知りたくなかった危うさをすべて目撃させるようなタッチを貫く。その描写に10時間を費やすのだから、犯人の性質や心境、苦しい環境や過去までをも見せつけられている錯覚に陥ってくる。
このドラマは、刑事モノではなく、"犯人モノ"。
そして主人公は、実は"ミスター・メルセデス"なのである!(と言いたい気にさえなる......かもしれない)
不思議なもので、普通なら、殺戮を犯して多くの人たちの未来を奪ったこの犯人が捕まりその人生が滅びれば、視聴している我々はそこにカタルシスを覚えるはずだ。しかし、シーズンの最後にその犯人の末路がわかっても、
「いや、こいつはこのままでは終わらない。ハッピーエンディングの結末でこいつが滅びるわけがない」
と、思わされてしまうのだ。
元刑事ホッジスを応援しているのに、まだまだ彼にはこの薄気味悪い犯人を追い続けてほしい。二人の激突をもっと見たい......。10話を見終えた時に、ついそんな期待感を抱いている。
デヴィッド・E・ケリーとジャック・ベンダー、そして俳優たちの、類い稀な力量がそう思わせてくれるのだ。犯罪サスペンスがお好きなドラマファンの方なら必見の秀作だとオススメしたい。
今年の1月、このドラマは早くも第2シーズンの撮影に入ると報道された。
当然だ、
あいつが、あのまま終わるわけがないのだ......。
■『ミスター・メルセデス』放送情報
BS10 スターチャンネルにて2月27日(火)23:00より独占日本初放送
[字]【STAR 1】にて2月27日(火)よりスタート
毎週火曜 23:00~ ほか ※2月27日(火)は第1話無料放送
[二]【STAR 3】にて3月2日(金)よりスタート
毎週金曜 23:30~ ほか ※3月2日(金)は第1話無料放送
特集ページはこちら
Photo:『ミスター・メルセデス』
© 2018 Sony Pictures Television Inc. All Rights Reserved.