かつて女性は子どもを産むのが最大の仕事と見なされ、一個の人間としての自立を認められていなかった。そんな、先進国ではもはや過去となったはずの女性像を近未来の社会通念としてリアリティたっぷりに描いているのが、エミー賞やゴールデン・グローブ賞をはじめとした賞レースを賑わせ、メディアにも絶賛される『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』である。
舞台は、環境破壊などの影響により健康な子どもがほとんど生まれなくなった極端な少子化社会。この緊急事態を受けて、キリスト教原理主義者たちがアメリカ合衆国でクーデターを起こしてギレアド共和国を設立。一握りの男性たちが支配者階級として実権を握り、医者や大学教授といった知識人、"性の反逆者"と呼ばれる同性愛者などは次々に処刑され、銃を持った男性たちが街を"管理"している。その中で女性たちは読み書きを禁じられ、ある者は支配者階級の妻、ある者はコックなどの使用人、そしてある者は"侍女"として生きることを強いられる。
この"侍女"とは、旧約聖書の創世記の一節をもとにしている。夫ヤコブとの間に子どもができなかったラケルは、自分の代わりとして侍女(召使い)のビルハを夫に差し出し、ビルハとヤコブとの間に生まれた子どもたちを自分の子どもとして育てる。自分の意志に関係なく子どもを産むための道具として使われる侍女の視点で、過酷な現在と正常だった過去を織り交ぜながら綴るのが本作なのだ。
侍女役を強要されるのは、かつて健康な子どもを産んだ経験がある、もしくは健康な卵巣を持っていると診断された女性たち。彼女たちはある日突然、仕事を取り上げられ、銀行口座を凍結され(夫や肉親の男性しか引き出せなくなる)、捕らえられて家族から引き離される。侍女役を断った者に待つのは、汚染エリアの清掃作業といった命を奪いかねない仕事しかない"コロニー"送りの道。生き延びるために、女性たちは侍女役を務めざるを得ない。妻との間に子どもができない支配者階級の男性、"司令官"のいる家へ派遣され、毎月"儀式"――排卵の時期になると、妻の股の間に横たわる姿勢で司令官と事務的に性交し、妊娠するのを待つ――を行う。晴れて健康な子どもを産めば未来は保障されるが、一定の期間内に妊娠しなければ別の家庭へ飛ばされ、それでも駄目なら最終的には"コロニー"送りとなる。たとえ、子どもができないのは実際には男性側の責任だったとしても...。なぜなら、「不妊の原因は女性に決まっている」世界だから。
侍女は、本名を名乗ることを許されず、"オブグレン""オブウォーレン"などと"オブ+男性名"で呼ばれる。男性名は、彼女たちが仕える司令官の名前。つまり、グレンのもの、ウォーレンのもの、と所有物扱いされているのである。彼女たちは一人で外出することもできず、侍女同士で疑心暗鬼になって監視し合い、司令官の妻からは煙たがられ、使用人には腫れ物扱いされる。
家族、友人、仕事、お金、自由意思、名前すらも取り上げられた彼女たちには、しかし、かすかな希望が残されている。明日を生きるために、いつか家族と再会するために、心を殺して、息を潜めて日々を送る。好きでもない相手の子どもを授かることを、恐れると同時に切望する。それが未来を切り開く唯一の手段だから。
そんな暗澹たる社会に生きる主人公は、"オブフレッド"と呼ばれる侍女。かつては夫と幼い娘がおり、編集者としての仕事を持っていた彼女は、クーデター直後に一家で逃亡を図るも捕えられ、家族から引き離されて侍女となる。そして生き延びるために、"儀式"に参加し、司令官の妻の嫌味に耐え、どこか怪しい運転手の目を気にしつつも、一風変わった司令官との"儀式"以外での予想外の交流を通して、次第に自身の運命、そして侍女たちの運命をも動かしていく。半ば絶望的な環境にあってもこの"オブフレッド"はたくましい。あたかも感覚が麻痺したかのような周囲を観察、分析して目立たぬように過ごしながら、時には感情を発露させることを恐れない。全力で冒険し、想像し、他者を思いやり、怒り、嘆き、笑い、愛する。そんな彼女の必死で生きる姿と、侍女仲間によるちょっとした反乱、時おり訪れる思いがけない結びつきが、苛酷極まる社会と好対照をなし、観る者を惹きつけるのである。
原作はカナダの作家、マーガレット・アトウッドが1985年に発表した「侍女の物語」。このストーリーが30年以上前に書かれたとは思えないほど、現代に生きる私たちに強い危機感を抱かせる理由は、クーデターや女性を"管理"する方法がこれまで世界各地で起きてきたやり方を踏襲しているからだろう。焚書、外出制限、秘密警察、公開処刑、名前の剥奪...。女性の最大の役割は子どもを産むことだと言われていたのは、我が国でもそう昔のことではない。不妊や後継ぎができない(女の子ばかり生まれる)ことが女性側の問題だと見なされがちだったのも。
今、ハリウッドでは抑圧されてきた女性たちがついに声を上げ始めている。パワハラやセクハラによって、もしくは業界のマイノリティとして黙して生きてこざるを得なかった彼女たちが、思い思いに訴え、主張し、その流れはみるみる広がっている。こうした風潮と時を同じくして誕生した『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』。絵空事とは決して言い切れない、不穏な既視感に満ちた作品がこのタイミングで生まれたことは、社会的にも大きな意味を持つ。それをぜひ目撃してほしい。
『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』はHuluで2月28日(水)より配信中。毎週水曜に新エピソードが追加される。
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Photo:『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』
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