1984年4月24日よりおよそ10年にわたって英ITV系で放送された『シャーロック・ホームズの冒険』。ファンから「正典」と呼ばれるアーサー・コナン・ドイルの原作小説に最も忠実な映像化と評価される同作が本国イギリスでの放送開始から40周年を迎えたことを記念し、このドラマと原作を繰り返し目に焼き付けてきた筆者がドラマのベストエピソードを選出! 台詞や挿絵を含めて原作を見事に映像化したエピソードから、大幅に脚色しながらも原作ファンをも納得できるクオリティに仕上げたエピソードまで、ドラマ・原作ファンがともに満足できるような短編をピックアップしてみた。(※ドラマは、NHK放送時の編集版ではなくノーカットの完全版を参照)
目次
『シャーロック・ホームズの冒険』ベストエピソード10選
第1話「ボヘミアの醜聞」
原作に忠実度数:★★★★☆
見事な脚色度数:★☆☆☆☆
ワトソンとの友情度数:★★★☆☆
記念すべきシリーズ1作目はほぼ原作通り。ホームズが馬丁、神父に変装と、しょっぱなから同役を演じるジェレミー・ブレットの変装っぷりが堪能できる。やや間抜けな依頼人のボヘミア国王が最後にホームズに握手を求めて無視されるのも小説のままだが、ドラマではそんな国王の手を代わりにワトソンが握ってあげている。また、逃亡したアイリーン・アドラーは保険として国王との写真を持っていくと言い残すも、ドラマではその保険を実際に使う気はなく、海へと捨てる様が描かれた。
第4話「美しき自転車乗り」
原作に忠実度数:★★★★☆
見事な脚色度数:★★★☆☆
ワトソンとの友情度数:★★★☆☆
事件そのものはほぼ原作通りで、バイオレット嬢の事件をまず単身で調べたワトソンが、自分ではうまくやったつもりだったがホームズから大いにダメ出しを食らうくだりも原作のままだが、ドラマでは二人のやり取りがよりコミカルになっている。また、ホームズがウッドレーをボクシングで撃退するシーンは原作では軽くしか触れられていなかったため、「紳士はあくまでもストレートだ! そして僕は紳士である」といった名台詞は脚色によるもの。最後、犯人たちの刑期をホームズが見事に言い当てたのにはタネがあったというくだりも脚色で、ドラマらしい明るい締めくくりになっている。
第6話「まだらの紐」
原作に忠実度数:★★★★★
見事な脚色度数:★☆☆☆☆
ワトソンとの友情度数:★★☆☆☆
ホームズ作品の中でも特に有名なエピソードの一つ。冒頭から村人に暴力を振るったりと、悪役ロイロット博士の存在感が光る。そんな彼に喧嘩を売られ、相手が力任せにねじ曲げた火掻き棒をホームズが真っすぐに戻すところも原作通りに映像化されている。ホームズが犯人の死を間接的に招くも、そのことに良心の呵責を感じないと語るくだりは原作でもエンディングに使われている。原作になかったくだりとしては、ロイロットが娘の手紙を盗み見てホームズの存在を知ることくらいで、脚色が行間を埋めることに徹している。
第7話「青い紅玉」
原作に忠実度数:★★★★☆
見事な脚色度数:★☆☆☆☆
ワトソンとの友情度数:★★☆☆☆
クリスマスが近い12月、誰かの落とし物としてホームズのもとへ届けられたガチョウの中から、数日前に盗まれたと世間で大騒ぎになっていた宝石が見つかったことで始まる事件そのものはかなり原作通り。ホームズがガチョウと一緒に見つかった落とし物の帽子から数多くの推理を導き出したことを、ワトソンが信じられない点も原作のまま。ホームズに追い詰められた犯人がガクッとうなだれる場面も、ホームズと犯人の構図を含めて原作の挿絵そのままに忠実に映像化されている。ただし、犯人を一存で逃がしたことについてホームズをワトソンがたしなめるくだりは脚色。そのほかの変更点としては、犯人に濡れ衣を着せられて逮捕されるホーマーのパートを丁寧に描いており、クリスマスに釈放された彼が妻子と喜び合うシーンは心温まるエンディングとなっている。
第11話「入院患者」
原作に忠実度数:★★★★☆
見事な脚色度数:★★☆☆☆
ワトソンとの友情度数:★★★☆☆
ドラマならではの映像がいくつか挿入されており、ブレッシントン(サットン)が見る自分の葬式という幻覚だったり、彼と仲間が起こした銀行強盗の回想シーンだったりが、きちんと行間を埋める役割を果たしている。また、ホームズがブレッシントンの部屋を調べる際の綿密ながらも繊細な様子は、ホームズの捜査シーンとしてシリーズ屈指。依頼人が乗ってきた馬車からどんな相手なのかを推理するくだりは、原作だとホームズだけが担当していたがドラマではホームズとワトソンが原作の台詞を分け合っており、二人の関係性を示したいい脚色と言える。事件解決後、記録をつけようとして事件のタイトルを考えたワトソンがホームズに茶々を入れられて不機嫌になるものの、隣の部屋でホームズが弾くバイオリンを聴きながらそのリズムに合わせて結局タイトルを変更するくだりもドラマならではの描写だ。
第12話「赤髪連盟」
原作に忠実度数:★★★★☆
見事な脚色度数:★★★☆☆
ワトソンとの友情度数:★★☆☆☆
依頼人ジェイベズ・ウィルスン氏についてホームズが繰り広げる推理から、彼から赤髪連盟の話を聞いてホームズとワトソンが大笑いするところ、事件そのものまでほぼ原作通りで、正典を大事にするファンを満足させる出来。その一方で、いくつか細かい点で脚色が加えられている。その中でも最も秀逸なのは、この事件の黒幕をモリアーティ教授にしたところだろう。ドラマで次のエピソードとなっている「最後の事件」の冒頭でモリアーティがホームズにさんざん邪魔をされたとして221Bに乗り込んでくるが、そこにつながる見事な伏線となっている。
第14話「空き家の怪事件」
原作に忠実度数:★★★☆☆
見事な脚色度数:★★☆☆☆
ワトソンとの友情度数:★★★★★
モリアーティ教授とともに滝底へと消えたはずのホームズが戻ってきたエピソード。死んだと思っていたホームズがいきなり姿を現したためワトソンが驚きのあまり失神したり、滝の周りを調べたワトソンたちにホームズが辛口コメントしたりするところも原作のまま。彼らが再会早々に取り組む事件の描かれ方は、冒頭の殺害シーンを含めて映像向けに加えられたものもありつつ、原作のトーンを生かしている。普段ホームズにいろいろ苦労させられているハドソン夫人が、犯人を罠にかける際に活躍した点でも印象深い。久々に再会したホームズとワトソンの絆の深さがあらためて感じられる一編であり、最後にハドソン夫人も含めた3人で再会を祝って乾杯するところはいい脚色。
第15話「プライオリ・スクール」
原作に忠実度数:★★★☆☆
見事な脚色度数:★★★☆☆
ワトソンとの友情度数:★★☆☆☆
原作に忠実なくだりと脚色の割合はおよそ半々。少年とともに学校から失踪した教師のこの夜の行動をワトソンが再現するシーンが、いつの間にかワトソンから教師その人へと変わっているくだりはほぼ脚色&ドラマならではの見せ方。ルーベン・ヘイズとのくだりもほぼ一新されており、ドラマではワトソンの観察眼が盛り込まれた。また、原作そのままを映像化すると会話劇が中心となって盛り上がりに欠けるためか、事件後半は大きく変更され、よりドラマチックに。原作では犯人の一人をホームズが見逃すものの、ドラマでは勧善懲悪のエンディングに変更された。
第17話「マスグレーブ家の儀式書」
原作に忠実度数:★☆☆☆☆
見事な脚色度数:★★★★☆
ワトソンとの友情度数:★★☆☆☆
大幅な脚色が成功した例の一つ。そもそも原作ではホームズにとって最初の事件となった「グロリア・スコット号事件」の直後、探偵として3番目に取り組んだ案件として紹介されており、ワトソンは事件には関与しておらず、ホームズから昔話として聞かせてもらう形なのだが、ドラマでは二人でマスグレーブ家に滞在していた時にちょうど事件が起きるという設定に変更された。そのため、ワトソンが失神した女中のレイチェルを抱き止めたり、単純な算数の計算で間違えたりといったくだりはすべて原作にはないが、そうした脚色が少し重苦しい事件に笑いをもたらしている。秘密を抱いたまま姿を消したかに思われたレイチェルの死体が池から見つかるラストもドラマならではのエンディングだが、あの部分だけは蛇足な気がするために★4つとした。
第20話「六つのナポレオン」
原作に忠実度数:★★★★☆
見事な脚色度数:★★☆☆☆
ワトソンとの友情度数:★★☆☆☆
ナポレオンの彫像ばかりを破壊する犯人を捕まえるべく夜中に張り込みをしている際、お菓子を取り出したワトソンがホームズに「我々はピクニックに来たのではないのだよ」と怒られるくだりはチャーミング。最後、事件を鮮やかに解決したホームズにレストレードが心からの称賛を贈るくだりは原作にも存在するが、ドラマ版ではホームズが1回ではなく2回「ありがとう」とお礼を言っており、ホームズ役の露口茂の情感たっぷりな吹替もあって、いっそう味わい深いシーンとなっている。
今回はホームズ作品の真骨頂と言える短編をベースとしたため、「バスカビル家の犬」をはじめとした長編は対象外とした。また、ホームズ役のジェレミー・ブレットが病に倒れてシリーズが未完に終わったこともあり、彼がホームズとして活躍していたシリーズ前半からの選出としている。こうして原作とドラマを比較してみると、映像として盛り上げる描写にしてあるのはもちろん、勧善懲悪といった倫理観的な意味合いで足された描写も多いことが分かった。今回は原作に忠実か、脚色として秀逸かを主眼に選んだために外れたものの、事件として、ストーリーとして必見なものもほかにいくつもあるので、この10編以外のエピソードもぜひご覧いただきたい。
(海外ドラマNAVI)
Photo:『シャーロック・ホームズの冒険』© ITV PLC