『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』オスカー常連組が勢揃い!憑依する2大女優の演技に注目

米作家J・D・バンスによるニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー回顧録を、『24 -TWENTY FOUR-』の製作総指揮ブライアン・グレイザーと『ビューティフル・マインド』の名匠ロン・ハワード監督によって実写化されたNetflixオリジナル映画『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』。アメリカ社会の断絶と格差、白人貧困層の負の連鎖など原作に込められた根深いテーマを、3世代にわたるバンス一族の悲惨な歴史にフォーカスし、これまであまり触れられてこなかったヒエラルキー底辺の人々の怒りや絶望感をえぐり出す。【映画レビュー】

名門イェール大学に通うJ・D・バンス(ガブリエル・バッソ)は、就職活動も大詰めを迎えていたが、薬物依存症の母ベブが入院したことから故郷へ戻ることに。苦い思い出ばかりが去来する中、自分を正しい道に導いてくれた祖母マモーウとの貧しくも有意義だった日々が蘇る。

主人公J・Dを悩ます母ベブを『アメリカン・ハッスル』『KIZU -傷-』のエイミー・アダムス、彼を励まし厳しく教育する祖母マモーウを『101』『ダメージ』のグレン・クローズが扮し、それぞれが迫真の演技を披露し、物語にリアリティーをもたらしている。

エンドクレジットとともに流れる実際の記録映像を観ると、外見、振る舞い、佇まいから、そこに映っているのはグレンとエイミー本人では?と、錯覚するほど整合性が半端ない。気持ちが安定している時は、まるで幼なじみのように息子J・Dとはしゃぎまくるベブ。ところが、男に捨てられ、ひとたび気持ちがどん底に落ちると、薬物に溺れ、泣きわめき、手がつけられない。『アメリカン・ハッスル』(2013)の小粋なエイミーはそこにはいない。生活臭漂うだらしない日常、狂い転げる禁断症状...役づくりの域を超えたリアルすぎる醜態が観る者の心を掻き回す。

一方、そんな娘の躁鬱状態を目の当たりにし、心の底から"貧しさ"を嘆くマモーウ。2度とこんな醜態を見たくないと心に決めた彼女は、ベブから孫のJ・Dを強引に引き取り、ワンランク上の社会人になるべくスパルタ教育を施していく。生活は苦しく、レストランにも連れていけず、大人になってもナイフとフォークの使い方もわからない。それでも頭脳明晰で立派な好青年にJ・Dを仕上げたマモーウは、格差社会に一矢報いたといえるだろう。御年73歳となるグレンだが、体重をかなり増やし、特殊メイクも施されているのだろう。その昔、『危険な情事』(1987)に溺れていたとは思えない豪傑婆さんぶりが実に頼もしい。

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ちなみにこの映画は、"J・Dの視点"から描いたバンス一家の物語。ベブの息子であり、マモーウの孫である彼の思い出の中で様々な出来事が紡がれていくが、子ども時代と現在を交互に描きながら徐々に自身の足で歩きはじめ、自身のアイデンティティーを見つめていく展開は、人間描写に長けたハワード監督ならではの演出が光る。アメリカの深刻な格差社会を扱っているだけに、賛否両論が飛び交っているが、アメリカの知られざる闇を知るきっかけとして、はたまた2大女優の最高の演技に浸れるエンタテインメントとして、必見の価値は十分にある。

『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』は、Netflixにて配信中。

(文/坂田正樹)

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Netflix『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』