日本を長いこと離れているせいか、たまに日本に帰ると"NYなどという(危険な)町で、女優などという(ヤクザな)商売をやっていても、生活など成り立っていないはずだ。どうせろくな生活をしていないんだろうし、海外で身を落としていく(アホな)芸術かぶれの女になってしまわないよう、さっさと日本に帰って、身を固めろ"といわれるはめになる。

そういう場合の弁明は、いつも以下のようなことになる。アメリカの芸能界では、日本のような、お抱えプロダクションはない。みな、基本的にフリーランスなので、俳優はみんなデイジョブ、セカンドジョブを持っている。私は大学院の仲間と、不動産投資会社を経営して、競売でも売れなかったようなボロビルを購入しては、直して賃貸していた。だから、身を崩さなくても、生活は廻っている、と。

そこで、考えてみる。身を崩す、ということはどういうことだろう?
酒と男に溺れ、自暴自棄になった女のことだろうか?

日本人の一般的な定義だと、まともな結婚生活を営んでいない女は、身を崩したことになるようだ。そういう意味では、アメリカの芸能界は、身を崩した女だらけだろう。

ここでTという女優を紹介しよう。 ミュージカルスターを目指している彼女とは、とあるTVドラマのパイロットでちょい役をしているときに出会った。最初、彼女は有名なストリップクラブのカクテルウェイトレスをしている、と言っていた。けれど、うちとけるようになってから、実はストリッパーだと教えてくれた。いくら稼げるの、という質問にTは少し考え込んだ。

マンハッタンのクラブは、オーデイションでパスしたダンサーが、決められた"娑婆代"を毎晩店に払うことになっている。娑婆代は安いところで100ドル切るくらい。高い店になると、200ドル近く払わされる。舞台でのダンスは、自分たちのアピール用。そんなダンスのチップなど、稼ぎのうちに入らない。 舞台からめぼしいお客を見付け、その客にプライベートダンスと酒のオーダーをハッスルする。その売り上げが彼女たちの懐に還元される。つまり、能力給なのだ。

「あたしの従姉妹、一昔前までは一晩5、600ドルは軽く稼いでいたのよ。でも、お客さんに食事に連れて行ってもらうことが多くなって、太っちゃったのよ。そしたら、レイジーになっちゃって、娑婆代出せずに赤字が出る夜とかあるのよ。馬鹿よねー」とTは笑った。

そしてRやM。彼女たちは、昼メロのソープオペラや、ワンシーズンで終わってしまうパイロットドラマなどによく顔を出している。一緒にランチに行くと、ごくまれに、レストランの客にサインを求められることもある。Rとは、ショーケースとよばれる、キャステイングやプロデユーサー用の小舞台で共演した。リハーサルを行っているうちにかなり親しくなり、お互いの身の上話などもぽつぽつするようになった。ある日、彼女はいつものトレパンではなく、きれいなドレスを着て、メイクアップをしてリハーサルにやってきた。
「あら、R、デート?」と聞いた私に、Rが意味深に笑って
「特別なデート」と、ウインクした。
「ラブラブな彼氏?」という私の質問に、彼女は目を丸くして、
「わからない。デブなハゲかもしれない。」

Rは、自分のセコンドジョブがエスコートガールであることを説明してくれた。エージェンシーがあって、そこからブッキングが入ること。旅行者のこともあるし、NYに住んでいるレギュラーの客のこともあること。ソープオペラの女優として箔がついているため、普通より多めなギャラが入ること。
「お客さんと、XXするの?」という問いに、Rは両手を持ち上げ、「気が向いたらね」と。
が、Rの友人であるMにその話をすると、大笑いした。
「あなた馬鹿じゃない。XXするに、決まっているでしょう? そうじゃなくちゃ、1000ドル以上のギャラを1時間で稼げるはずはないでしょ」
「でも、そういうのって、足抜けとかできないんじゃないの? やくざとか、からんでいるんでしょう?」
という質問に、肩をすくめ、
「ただの商売よ。やりたい女のコは沢山いるわ。コロンビアとかNYUとか、有名大学の学生とか、結構人気あるのよ。」
「大学生がバイトで?」
「学費だけで年間300万円もする学校、みんながみんな払えるわけじゃないのよ」と、
あっさり言い切って、さらに続けた。

ルームメートのいない独り住まいのエスコートガールは、ホテルの替わりに自分のアパートを提供することによって、ホスト代が稼げる。でも、ドアマンのいないアパートだと、人の出入りのチェックがないため、身の危険がある。その反対に、コーオプという分譲マンションに住んでいると、ご近所チェックが厳しくおちおちお客を家で取ることはできない。だからMは、無理をしても家賃の高い、ドアマン付きの大型賃貸アパートを借りている。デート代はエージェンシーと折半になるから、エージェンシー抜きになるように、お客を取るのにも必死だ。けれど、エージェンシーもそれを知っていて、ときどきスパイを送り込んでくる。もしも、中抜きをしようとしていることがばれると、お呼びがかからなくなる。また、警察の囮捜査の場合、テープレコーダーに値段交渉の会話が録音されないと、検挙されない。だから、大声で値段の話を持ちかける男にも注意する。以前、しつこく大声で話しかけるお客がいて、警察だと思って帰ってきてしまったら、なんとお客の補聴器が壊れていただけだった。ちなみにMは、3つの携帯を持ち、女優の仕事用、エージェンシー用、プライベートのお客用と 使い分けている。源氏名も、エージェンシーによって使い分けている。ちゃんと名前を管理しておかないと、後で混乱が起きるらしい。

こうして考えると、アメリカで"身を崩す"のも結構大変だ。身体のラインを保ち、能力次第で赤字覚悟。 監視の目をくぐって交渉をし、電話番号と名前を管理し、身の危険も承知だ。下手すると逮捕もあり。あまり、割に合わないような気がする。もっと楽な身の崩し方(!)はないのか?

「結婚?」
「うん。決めたわ」と、ぽつりと言って黙り込んでしまったLは、東洋美人女優だ。前からつき合っていたGが、結婚に承諾してくれた、と言う。なのに、あまり乗り気でないのは、彼女には他に好きな男がいたからだ。ならなぜGと?という問いかけをせずとも、彼女の真意はわかった。Gが医者であり、彼女が浪費家だからだ。
プライドの高い彼女は、いままでいくつかのセコンドジョブを持ったが、職場の仲間とうまくいかずにすぐ辞めたり、首になったりした。女優を続けながら、生活レベルを保つには、Gの安定した収入が必要だ。

同じ芸能界仲間と結婚することが多い白人女優と違い、東洋人の女優は、Lのように、医者など、安定した収入を持つ夫と結婚することが多い。中国系のCの夫も外科医だし、フィリピン系のTも医者と結婚した。
「あたし、女優を続けていきたいから、Gと一緒になるわ」と覚悟を決めたL。が、結婚式をあげた直後、夜中に彼女から電話がかかって来た。「Gったら、ノースキャロライナの病院で仕事が見つかったって。ノースキャロライナなんて、女優の仕事なんてないじゃない? NYにいたいって頼んだら、君の贅沢を満たすだけの収入はNYじゃ無理だし、あっちの方が、生活費が安いからって。ひどすぎるわ!」。
泣く泣くノースキャロライナに引っ越した彼女は、マンハッタンの1ベッドルームのアパートから、プール付きの大きな邸宅に移り住んだ。しばらくは、NYに行き来していたが、そのうちに女優の道はあきらめたらしい。Gに対する逆恨み、フラストレーションが溜まり、会うたびに文句ばかりいうので、疎遠になってしまった。

エスコートのMは、そんなLを蔑むように言った。「馬鹿な女よね。結婚するってことは、同じ客を24時間365日取るってことよ。エスコートなら、仕事が終わったら、お客は家に帰って行くわ。でも、客と結婚したら、あたしがお風呂に入っていようと、トイレにいようと、彼はずかずかといろんな要求を押し付けてくる。女優の仕事なんかと、両立するはずないわ。馬鹿な女だから、そんな風に身を崩すのよ。時間給にして計算してみなさい。結婚は割が合わないでしょう」。

チャイルドスターだったSが、2度目の婚約をした。ビレッジで会った彼女の指には、15カラットはする指輪が輝いていた。彼女の最初の結婚は、2年で終わった。最初の結婚してからの彼女は、めっきりと話題にのぼることがなくなった。指輪の値踏みをしながら、ふと思う。今度の彼女の結婚は、時間給にするといったいいくらになるのだろうか...。