未来のメディアと闘う、アメリカの組合俳優たち

 

今、アメリカでは映画やTVドラマの作品数が減っている。
映画界が、メジャー作品を製作するのを手控えているだけでなく、TV界でも、これまでドラマを放送していた時間帯の枠にトークショーを組み込む局があったり、"パイロット"と呼ばれる連続ドラマの試作版の製作数を明らかに削減したりしている。

業界低迷の大きな原因の一つは、金融危機に始まったアメリカの未曽有の不景気。
景気の悪化が続くと、企業はまず広告費などの支出を抑えるようになる。
映画界にとっては"投資"を、TV界にとっては"広告費"を、企業から引き出せなくなるとどうなるか?
当然、
「作品にお金をかけられない...」
という結論に至る。
日本のTV局の編成から本格ドラマが徐々に消え、バラエティやクイズ番組、情報番組主体へと方向が切り替わっているのも同じ理由からだ。

ハリウッドでは、全国ネットのキー局のみでなく、多くのケーブルTV各局があらゆるジャンルの作品を生み出そうと競っているため、減少傾向にある今もまだまだ作品数は豊富で、そのほとんどは"オリジナル脚本の作品"だ。
しかも放送権やDVDを世界中の市場で売ることができるので、ある程度の予算は常に確保できる。
予算を割けるということは、時間をかけて準備ができる、ということだ。
不況下にあってもアメリカのドラマや映画が、脚本と映像のクオリティーを高く維持できるのはそのためだ。

さてこの数年、ハリウッドでの作品製作本数が激減してしまった背景には、もう一つ理由がある。映画/TVスタジオ&プロデューサー側と、脚本家や俳優組合との契約をめぐる長い対立があったからだ。

一昨年の秋、脚本家組合は3カ月にも及ぶストライキに突入した。
何本ものドラマ・シリーズがシーズン途中で中止されたことは皆さんの記憶に新しいだろう。

ストライキが起きたとき、業界の動きが止まってしまう事態は、実はその"ストライキの期間"だけでは済まされない。2007年秋にストライキが起きる可能性が濃厚となったとき、スタジオ側は(その時点で手元に完成台本がある)作品を秋までに撮り上げようと必死になった。と同時に、スト突入の数カ月前からは新作映画やドラマの製作に一切着手できなくなってしまったのだ。
もし、新作撮影の真っ直中にストに入られたら、大損害を被ってしまうからだ。

ようやく脚本家組合のストライキが終わった2008年春から、多くのドラマ・シリーズの撮影は再スタートした。
しかし、今度は7月から俳優組合がストに突入すると噂されていた。
6月末、スタジオ側と俳優組合側の交渉は決裂した。
幸い、両者のギリギリの努力で、徹底したストライキには入らずに済んだものの、いつストに突入されるかわからない恐れを抱くスタジオ側は、"新作製作ラッシュ"には踏み切れない状態に陥った。

そしてなんと、この両者譲らずの状態は2009年の今まで、約1年続いている。

つまり、2007年の半ばから、脚本家のストライキの3カ月間を経て、2008年に俳優組合との争議に入り、2009年の春まで、実に計2年もの間(もちろんこの間に完成まで漕ぎ着けた作品も少なくないものの)、業界全体的に見れば、ハリウッドの街は映画やテレビ作品作りに積極的に臨めなかったのである。

では一体、
「何がそんなに問題だったの?」
と聞きたくなるだろう。

日本のメディアでもストライキ突入のニュースは伝えられたが、何のためにアメリカ映画TV界でストライキが起きるのか、その原因や業界の仕組みについてはピンとは来なかったはずだ。

脚本家や俳優たちは、映画/TVスタジオ&プロデューサー側と何を争っているのか...?

今、最も議論されている問題をひと言でいえば、
<未来のメディアから生まれる利益は、誰に対し、いくら分配されるのか?>
ということだ。

観客が娯楽作品を観る場所や方法は、時代とともに変わる。

大昔は、映画は映画館で観るしかなかった。
収益は"映画館の入場料"だけ。

やがて、TVが普及し、テレビドラマが生まれ、映画もお茶の間で放送されるようになった。
製作スタジオ側の収益は、もはや映画館のチケット売り上げだけではなくなった。
TVで放送する度に、"スポンサーからの広告収入(あるいは放映権を売買する際の儲け)"が加わったのだ。

映画館で映画が初上映されることと、TVでドラマが初放送されること、は"一次使用"。
もう一度、別の目的で映像が使われることを"二次使用(再使用)"という。
TVでの再放送もだ。

80年代に入ると、VHSビデオが一気に世界に普及した。
この変化により、映画やドラマは劇場やTVだけでなく、販売用ビデオやレンタルビデオでいつでも観られるようになった。ビデオの普及は、映像製作コストのかからない、再利用するだけの、しかし巨大で新たな"二次使用ビジネス"となった。

90年代後半から2000年代に入ると、今度はDVDがビデオにとって換わった。
販売やレンタルはもちろん、通常のDVDに加えブルーレイなど、作品を安価でしかもクオリティーの高い映像で観られる手段は一段と増えた。

時代の流れと、技術の革新とともに、二次使用ビジネスは成長する。
製作スタジオやプロデューサーは、手を替え品を替え、収益を上げ続けているわけだ。

僕ら俳優は、この二次使用の度に、自分たちの肖像が利用される。
(脚本家であれば、彼らが生み出した物語や名ゼリフの芸術が再利用される。)

ならば、製作スタジオとプロデューサーだけが過去の作品から何度でも永遠に収益を手にするのは不公平である。
そこで業界と組合が生み出した収益分配のシステムが、[レシジュアル](再使用料/再放映料)である。

ハリウッドでは、俳優には、カメラの前で演じるときの出演料(ギャラ)以外に、作品が初リリースされた後、役の大きさや作品の売り上げ成績に見合った額面の印税的な収入が発生するようになっている。

この取り決めがあるのとないのでは、もともとが不安定な職業である俳優の人生設計は大幅に違ってしまう。[レシジュアル]があるからこそ、アメリカではスターでない人でも、ある程度演じる仕事のチャンスを手にできれば俳優として生活ができる。
この制度は、仕事の選択や俳優自身の存在価値にも影響する。
CMに出演して特定企業の商品宣伝に知名度や顔を何度も利用されることなく、映画やドラマ作品の演技一筋で歩んでいけるので、"イメージ"を守れるというメリットが大きい。
"役を演じることだけで生きる"という夢が現実となる、
アーティストたちの人生とって、決定的で重要なルール(契約規定)なのだ。

製作スタジオ/プロデューサー側と俳優組合は、何年か毎に労働の基本契約を書き変えなければならない。数年の間には技術、環境、物価など、あらゆるものが変わってしまうからだ。

[レシジュアル]の規定も、常に書き換えられる必要がある。
映画館のスクリーン、テレビ、VHSビデオ、DVD...と、ビジネスチャンスの場や市場の大きさが変化するからだ。

そして我々俳優の演技は、今やDVDに続いて...
<新たなメディア>を通して視聴者の目に触れるようになった...
"インターネット"だ。

もはや映画やドラマは、皆さんのお手元のパソコンや携帯電話で容易に鑑賞できる時代に入ってしまった。ネット配信やダウンロードなどの普及はあまりに急激に進んでいる。
当然、大きく変化した映画ビジネスの新たな形の収益については、
「作品を生み出す脚本家や俳優たちにも納得できる割合で分配せよ!!」
という話になる。

しかもここで、いい加減な議論で適当に妥協し、不利な契約にサインしてしまうと、映画館やテレビを押しのけてインターネットが主要メディアとなっていくであろう今後何年、何十年もの間、厳しい条件下で働かされてしまうという危惧がアーティスト側にはあるのだ。
だからこそ1年かけても2年かけても、目先の損得に惑わされず、組合側は議論と交渉を重ねて来た。
全てはアーティストたちの"未来"のためなのである。

4月19日、ついに朗報が届いた。

SAG(米映画俳優組合)理事会と、AMPTP(映画テレビ製作者連盟)が新しい労働契約に関して暫定的な合意に至ったという。

インターネットでの二次使用料は数パーセントの増額で契約内容がまとまったらしい。
まだまだ予断は許さないものの、今年SAGがストライキに入る可能性はかなり低くなった。
世界中の不況はまだまだ続くものの、この暫定合意により、米映画TV界が"製作フル回転"状態に1日も早く戻ってくれることを願っている。1年も2年も撮影の仕事やオーディションが非常に少ない状態が続くのは僕ら俳優にとっては文字通り「死活問題」だ。

しかし忘れてはいけないのは、
"アーティストらが労働者としてストライキを起こせる"
という権利と自由と環境がこの国の産業には整っている、ということだ。
「ストライキ」という言葉を聞くと、日本ではついネガティヴな印象を抱いてしまうに違いない。
こういう争議が起こることは、日本人にとって(特に娯楽産業において)身近な出来事ではないからだ。
たとえば、脚本家が全員で執筆を止め、あるいは俳優陣が出演を取りやめ、人気ドラマやトーク番組やお笑い番組が何カ月も放送されなかったということは日本の芸能界では聞いたことがない。
今後もまず決して起こり得ないだろう...。
なぜなら映画や放送業界に、監督/脚本家/俳優らを守るべき"強い組合"の存在がないからだ。
守ってくれる組合がないとどうなるか?
報酬は製作側の言い値となり、労働時間や環境の条件はアーティストにとって常に不利となる。
(ちなみに日本国内の俳優には、ごく一部の例外を除いて[レシジュアル]という報酬システムはない。映画やドラマが何度放送されようが、DVD化されようが肖像は無償で使われ続ける。)

同じ娯楽産業でもスポーツ界では、2004年に1日だけ日本プロ野球の選手会が史上初のストライキを起こした例がある。
結果として、球団経営側が利益確保のために抱いていた1リーグ制への移行の思惑は阻止され、選手やファンの声を聞き危機感を感じたプロ野球機構はファンサービスを向上させた。
気持ちの良い環境で選手が真剣勝負してこそ、気持ちの良いプレイを観客は観に集まる。

良いプレイを見せるために、
質の高い作品を提供するために、
優れた環境で仕事に打ち込み、
観客や視聴者を楽しませるために、
「ストライキ」という一時的な痛みは、ときには娯楽産業にも必要なのである。
話し合いのテーブルにつくことができる、この当たり前であるべきことが大切で貴重なのだ。

自分の権利を守る土壌を維持するため、
今日もアメリカ国中の俳優たちは闘っている。