『FRINGE/フリンジ』 あのJ・J・エイブラムスに尾崎英二郎がインタビュー!

 

3月のとある晴天の日、身の引き締まるような思いで、ロサンゼルス市内の某ホテルに赴いた。取材陣に交じって、インタビュアーとして初めて臨む。ビバリーヒルズの一角に位置するそのホテルは、その洗練されたインテリアが醸す気高い空気に包まれている。一歩ロビーに入ると、そのムードだけで気持ちが呑まれそうだった。

心は高鳴る。
指定された部屋に案内され、待つこと数十分...。

担当者の方に促され、指定された部屋に入ってきたその人物とは、J・J・エイブラムス。そう、映像プロデューサーとして、TVシリーズ『エイリアス』『LOST』、映画『クローバーフィールド』、そして監督として『ミッションインポッシブル:3』『スタートレック』を世に送り出してきたその人だ。緊張しつつ待っていた僕らに、彼は登場するなり笑顔で挨拶し、握手を交わしてくれた。テーマは 、J・J・エイブラムスが製作総指揮の人気ドラマ『FRINGE/フリンジ』 について。

"フリンジ"とは、"境界""非主流のフィールド"のこと。
物語の内容は―聡明なFBI女性捜査官と、奇妙な過去を持つ天才科学者、そして優秀だが犯罪の闇の香りを漂わせる息子の3人が、フリンジ・サイエンス(境界科学)と鋭い洞察力を駆使して現代科学では解明できない領域に踏み込み、我々の住む世界に隠されている巨大な陰謀に迫る...というもの。テレビドラマの第1話に、異例の製作費10億円を投じたといわれるこのシリーズは、まぎれもなくエイブラムスの珠玉の1作である。

J・J・エイブラムスは、台本のページを "ミステリーボックス" と例えることがある。何が入っていて、何が出てくるのか、わからないボックス。謎の箱。かつて『エイリアス』でジェニファー・ガーナーが演じたシドニー・ブリストウ役は2つの顔を持つ謎の女であった。

『LOST』は、島そのものが謎の箱だった。そう、 J・J・エイブラムスを読み解くキーワードは"謎"。『FRINGE/フリンジ』は、爆発力のあるオープニングから、事件解決のエンディングまで、 謎また謎の連続である。エイブラムスの新たなミステリーボックスであるこのドラマは一体、どのように生み出されているのだろう?
そして、ヒットメーカーの彼から、いかなる話が引き出せたのか!?


インタビュアー:様々な構想というのは、一体どこから生まれるんですか? 

エイブラムス:『FRINGE/フリンジ』では、いろんな実際の科学的な実験や、出来事について読んだりするね。それから、ふとビジョンを思いつくこともある。たとえば、製作の打ち合わせで、「もし、男が飛行機のトイレの中で、突然何かに変身したら?」なんて言い出したり。最高にクールだよ。普通の職業人ならあり得ないようなことを僕らは作り出して、それが突如としてテレビで放送され、何千万人っていう人々が観るんだから。もの凄く不思議で異様なことを、実現できるなんて、クレイジーだよね。

こんなこともあったよ。ある日息子がゲームサイトでゲームをプレイしていたんだ。ところが、彼の名前を呼んだら応えない。
「ヘンリー、ヘンリー!!」って言ってもダメなんだよ、目の前にいるのに。何度も呼んで、ようやく応えたとき、「... 何?」って、まるで自分を失ってるみたいだったんだ。その時のことをジェフに話してエピソードに生かしたよ。コンピューターの画面が、文字通り手を伸ばして、人の脳を支配する話をね。日常の何ということのない経験や実際の出来事から思いつくんだ。

インタビュアー:『FRINGE/フリンジ』は、シーズン1より、むしろシーズン2でさらに多くのことが語られ、盛り上がりを見せますね。これは意図的だったのですか?

エイブラムス:『FRINGE/フリンジ』の物語というのは、ここへ来て、僕らが本来求めていたリズムになってきたと思う。
キャラクターの関係性や新事実などが生まれ、物語がだんだんと盛り上がってきたと感じられるのは、それを築き上げてきたからなんだ。一番の盛り上がりから物語をスタートさせようとしても、必ずしもそうは作れない。
どんな物語にも、始まりと終わりがあるよね、"第2幕" というのは何かのターニングポイントであったり、何かが発覚するような出来事が起きたりする。

それが今、僕らの立っているところさ。"第1幕"の結論というのは、"第2幕"の始まりでもある。1幕目の役割というのは、2つの物語を結びつけ、動かしていくこと。1幕のエンディングは、ここからさらに深く説得力や面白さを増していく物語を展開させるためのトリガー(引き金)になるんだよ。最初の2つのシーズンでは、積み上げが必要だったんだ。


―このドラマの面白さは、1話完結の語り口でありながら、実は全エピソードの背景に、人類を揺るがす歴史と陰謀のストーリーが横たわっていることだ。一件落着したはずなのに、まだ先が観たい。僕らは知らず知らず、エイブラムスの術中にハマっていく。―


エイブラムス:
このショウ(番組)は、1話それぞれで成り立っているエピソードが実は全てつながっている。この

形は、だんだんと良さを増してるね。ショウを牽引するジェフ・ピンクナーやJ.H.ワイマン(エグゼクティブ・プロデューサー/ライター)が素晴らしい仕事をしているんだ。このショウを観たことがない人でも、毎回完結する話として観れるし、シリーズ全体に隠された壮大な物語のヒントを毎回知ることもできる。そこが絶妙のバランスなんだ。そういうストーリー・テリングを実現させることが成功の鍵だね。

インタビュアーストーリーは、どのくらい先まで考えられているものなのですか? 

エイブラムス:沢山考えて準備しているね。しかし、ショウを作っているときに

は方法論がある。それはね、物語

が進む毎に僕らは何かを学ぶ、ということさ。ショウにとって何が必要で、何が適し、何が適さないかがその行程で判ってくる。そういう意味では、どこに辿り着くかというのは、完全には予測はできないんだ。
考えもつかなかったアイデアが、突如として湧くこともあるからね。
キャラクターがどう機能していくかということもその1つさ。
たとえば『LOST』のマイケル・エマーソンは当初は数話のみの出演予定だったんだ。ところが彼が凄く良かったから、その後は他の人物に劣らない重要なキャラクターになっていったよ。
『FRINGE/フリンジ』では、山ほどの大きなアイデアを持っているし、理想としている方向も見えている。
しかし、これだけは言えるよ。今から1年後、僕らは今よりもっといろいろなことに気づき、学んでいるはず。だから、何か語りかけてくるものに柔軟にいなきゃいけない。

インタビュアー:展開とともに、進化していくんですね。

エイブラムス.:その通り。

―エイブラムスが語ってくれた番組の中のいくつかのコンセプト。取材陣を驚かせた衝撃的な事実...マッシブ・ダイナミック社のモデルは、某優良日本企業!?―

尾崎:日本では、今まさに視聴者がシーズン1に遭遇し、シーズン2を待ち望んでいるところです。
新しいことや驚きの数々に触れていくわけですが、たとえば "マッシブ・ダイナミック社" や "オブザーバー(監視人)"
のモデルやインスピレーションの源になったものはあったんですか?オブザーバーはとても新しいコンセプトですよね。

エイブラムス:面白いよね(笑)。
"オブザーバー(監視人)"は、僕のお気に入りのストーリーなんだ。
日常で、道の向こう側に立っている、どこにでもいるような男が、ふと気がつくと、いろいろな場に姿を現している。何が起きているかを観察して、記録しているんだ。僕らが日々何かを見守っているようにね。その存在は何を意味し、一体その男は誰なのか?とても興味深いと思うんだよね。"マッシブ・ダイナミック社"は、巨大企業の数々を見てきた中で生まれたアイデアだよ。数年前に日本にいたときにソニーを訪問したんだ。非常に大きなスケールで、長い間君臨し、テクノロジーも製品も、すでに人々の生活の一部となり、人生において重要な位置を占めている。多くの従業員が一生そこに関わっていく、もはや単なる企業ではないっていう気がしたんだ。

そのテクノロジーは永遠に続いていかなければならない、研究室のドアの向こう側でね。何が実は研究されているのか、知る
ことなのない社員だっているよね。驚異的だよ、そのドアの向こうをできれば覗き見したい気持ちに駆られたよ、もちろん許されなかったけどね。とにかく、企業の持つアイデアは壮大だったよ。

たとえば、GE(ゼネラル・エレクトリック社)の企業コマーシャルを見てもそう。 GEが作るのは、電球、飛行機のエンジン、コミュニケーションシステム、交通、サテライト... 全ての物に関わるんだ。

ソニーにしても、GEにしても、何に携わっているか、全部を辿ることは不可能なくらいだよ。それはもう"企業"ではなく、"存在"さ、そこに在るべきものなんだ。手がけていないものは無いほどのね。マッシブ・ダイナミック社のアイデアというのは、そういう大企業の姿に興味が湧いて生まれたんだよ。

―ロサンゼルスの街に住み、働いていても、ハリウッドの最高峰のドラマ製作者に、膝をつき合わせて話が聞ける機会などめったにあるものではない。インタビューの最後に、演じる側の人間としてどうしても聞いてみたい質問をぶつけてみた。 俳優たちの、どんなクオリティに彼は注目するのだろう?―

尾崎:このドラマでは、多くのキャラクターに惹き込まれます。
俳優の起用を決めるとき、彼らの中にどんな要素を見て、何が大切だと感じていますか?

エイブラムス.: うん...、いい質問だね。意外かもしれないけど、僕はストーリーを書いているとき、ほとんどといっていいけど、どの俳優に演じさせたいかっていうのは具体的には考えていないんだ。映画『スタートレック』なんかでさえも、そうだったね。
何かに俳優を配役するときは、俳優が、プロジェクトにフィットする何かを吹き込んでくれるか、ルックス、態度、人生経験、過去にどんな役柄を背負ってきたかも見るよ。『FRINGE/フリンジ』では、最初は誰が演じるのかわからなかったけど、ピーター・ビショップという役にジョシュア・ジャクソンが適していたのは、ピーターは狡猾で頭脳的な感じで、ジョシュアは皮
肉っぽいところが自然だった。だから比較的容易に配役できたんだ。オリビア・ダナム役は、もともともう少し違ったイメージのキャラクターだったんだけど、アナ・トーヴに決めたとき、彼女には何ていうか、重み、重力があるって感じたんだ。その発見を、ファーストシーズンの展開の中に生かしていったよ。

思い描いていたものと、実際に手の中にあるもののバランスをとっていく。俳優たちが役を演じる際に持ち込んでくれるものを大切にしていく、強制はできないからね。上手く運べるか、そうでないか。もしダメならショウは機能しない。

彼らがどんな人物で、何を持っているかを見ている。だから、期待していたものがたとえ何であっても、実際に目の前にあるものを重視する。俳優にどんなキャラクターかを伝えること、と同時に、彼らの何が見映えがして、何が上手く機能するかしないかが俳優から伝わってくることが噛み合えば、素晴らしい。さらに、思いもよらなかった俳優の持ち味が物語に影響を及ぼすこともある。彼らの話すトーンやリズム、能力...、たとえば『LOST』に出演したテリー・オクィンは『エイリアス』でFBIのエージェン
トを演じているけど、僕らは彼が信じられない才能の持ち主だと知ったんだ。ストーリーを伝えるために必要な、とんでもない説明ゼリフや長いスピーチを、まるでシェークスピアの台本を唱い上げるように演じてしまう。そんなことは限られた俳優にしかできないことさ。だから僕らは彼にそういう場面を与えるようにしていったんだ。彼はこんなところが面白い、彼女が得意な部分はこれだ、っていうものを見極めて、それを利用していく。それは、とっても価値のあるものだからね。だから、物語の方向性を築く上では、オリジナルの構想のアイデアと同じくらいに、俳優たち自身の果たす役割が非常に大きいといえるよ。

ハリウッド屈指のヒットメーカーにインタビューする際に、いい加減な準備では臨めない。彼らは番組製作に計り知れない努力を注ぎ込んでいる。ならばこちらも全力で挑むのが出来得るマナーだと思い、僕は事前に『FRINGE/フリンジ』の第1&第2シーズンの35エピソードを全て観て備えた。

数日間かけて鑑賞したこのドラマの秀逸なプロットの数々には、まったく飽きることがなかった。サスペンス、スリル、そしてSF的要素さえも絶妙に絡めた物語を繰り出す彼らの力には唸らせられる。

超多忙の彼との遭遇は瞬く間に過ぎたが、この日のインタビュアーは幸運にも少人数で、僕も未熟ながら特派員として質問をぶつけることができた。

エイブラムスが繰り出す話題のスピードは、驚くほど速い。まるで次から次へとアイデアが溢れ出すように。彼はインタビュー時間を少し延長して積極的に僕らに秘密の一部を分けてくれた。何にでも関心を抱き、取り組む、止むことのない熱と探究心が、J・J・エイブラムスが"謎"を提供し続ける秘訣なのだろう。わずかな時間だが、その謎に立ち入れた会話の1分1秒が至福の時だった。

本国アメリカでは4月から第3シーズンがオンエアーとなる『FRINGE/フリンジ』。毎回、まるで嘘のようなことが目の前で起こり、それらをつい信じてしまいそうなリアリティーが全編に散りばめられている。その知性と緻密さとエンターテイメント性では、エイブラムスの作品の中でも群を抜いたドラマだ。パズルのピースをひとつ手に入れては、全貌に一歩近づく、その快感に病みつきになる。シーズン1の最期には、思わず息を呑む光景が待っている。彼が繰り出す渾身の"謎"の境界に身を投げ入れてみてほしい。