日本でも2009年に裁判員制度が導入されて以来、アメリカの法廷ドラマにがぜん興味がわいてきた人も多いはず。アメリカでは裁判がより身近なもののため、法廷ドラマは昔から人気があるジャンル。日本でも最近までオンエアしていた『ボストン・リーガル』は、前身の『ザ・プラクティス』が8年、本作が5年も続いたヒット作。古いところでは1957年から9年間続き、以降も断続的に93年まで続いた『ペリー・メイスン』も。他にも『プラクティス』と共に一時代を築いた『アリーmyラブ』、さらに『SHARK~カリスマ敏腕検察官』や『犯罪捜査班ネイビー・ファイル』、最近では『弁護士イーライのふしぎな日常』などなど、ここで挙げきれないほどたくさんのドラマで弁護士たちが華麗なる法廷弁護を披露してくれる。これを見ると日本の法廷でもこんな劇的なことが起こるのかしら? と思ってしまうが、実は陪審員制度と裁判員制度は似て非なるもの。ではどんな違いがあるのか? まずはごくごく大雑把に裁判員制度の特徴を挙げると......。
1.裁判は原則裁判員6名と裁判官3人の合議制。
2.裁判員参加は地方裁判所で行われる刑事裁判(一審)のみ。さらに事件は殺人罪等の一定の重大な犯罪のみ。世間を騒がせた一連の薬物事件などは対象外。
3.裁判員は審理に参加し、有罪・無罪の判断および、有罪の際の量刑の判断を行う。そのため証人や被告人に質問することも可能。
4.有罪判決には過半数の賛成が必要。その場合も裁判員、裁判官それぞれ最低1名の賛成なしでは評決は成立しない。
5.裁判に関しては公判前整理手続きによって裁判の争点や提示される証拠が予め整理される。ただしその過程は非公開のため、裁判では与えられた情報のみで判断することになる。
では、アメリカの陪審員制度はどうか。まず1に関して言えば、陪審員の人数は州によって多少の違いはあるものの基本は12人。だがそれより大きな違いはこの合議に裁判官は参加しないことだ。有罪・無罪は全ての弁論を聞いた後、別室で陪審員だけで評決を下す。そして彼らが決めるのはそこまでというところが3とは違う。量刑に陪審員は関与しない。また証人や被告に質問することもできない。陪審員はひたすら彼らの証言、弁護士・検事の弁論を聞き、提示された証拠を精査していくのが義務なのだ。では裁判での裁判官の役割はと言えば、彼らはいわば進行役。法廷ドラマを見ると、裁判長が検察・弁護士の異議を認めたり、却下するシーンが度々出てくる。それが行き過ぎると、陪審員にその意見は無視するよう指示することもある。提出された証拠に対しても同様に法に基づき都度必要な判断を下し、法廷をコントロールしていくのだ。とはいえ裁判官も人の子。それぞれの信条が微妙に反映されることもあり、ここに人が人を裁くことの難しさがある。ドラマ的にはそれがひとつの障害となってドラマの山場を作ることも。
また、陪審員のみで有罪・無罪の判決を決めるということは、法の知識が少ない一般人によってその運命が左右されるということ。だからこそ陪審員の心を掴むことが、弁護士にも検事にも重要になってくる。『ボストン・リーガル』のアランなどは、毎回、恐るべき長口上で陪審員をいつの間にか納得させてしまう。『SHARK』では主人公シャークが悪人たちを次々無罪にしてきたその手腕を検察で発揮する。『アリーmyラブ』にはトリッキーな弁論を展開する弁護士たちがぞろぞろと登場してきた。アメリカでは推定無罪の原則から限りなく有罪であっても、弁護士の弁論次第で無罪を勝ち取ることが可能、そしてその弁護士の手法は検察でも有効だとドラマは教えてくれる。
もちろん、これが行き過ぎれば陪審員の心を掴んだ者勝ちで、不当な判決が出ることもある。あまりに法を逸脱した判決の場合、裁判官は判決を覆すこともできるが、よほどのことがない限り、陪審員の判決が支持される。ドラマの場合はあくまでもエンターテインメントなので大げさに描かれているが、現実の裁判でも弁護士・検事はより分かりやすい弁論が展開できる、パフォーマー的な要素を求められつつあるのだ。
2に関しても歴然とした違いが。裁判員制度では刑事裁判の一審のみ、その裁判にも限りがあるが、アメリカではそもそも起訴をするか否かを判断する大陪審があり、そこで起訴が決まると小陪審と言われる刑事訴訟、民事訴訟の裁判が開かれ、陪審員はそのどちらにも適用される。ドラマの中でも巨大企業に対する民事訴訟のエピソードが度々登場する。『ザ・プラクティス』でボビーたちの事務所が脚光を浴びるきっかけになったのも、こういった訴訟だった。刑事訴訟では有罪・無罪の判決だけだが、民事訴訟では賠償金の設定なども任される。被告の罪が悪質だった場合、損害賠償だけでなく、懲罰的賠償金として莫大な賠償金を被告に支払うよう決定することも。『ダメージ』で環境問題に絡んだ事件で企業のオーナーに下された判決がまさにそれだ。大企業相手の訴訟の場合、裁判に費やせる時間や資金で被告と原告の間に大きな差があることもあり、ドラマにとって大企業相手の訴訟というのは格好のエピソードなのだ。
裁判のプロセスの違いが実感できるのが4と5だ。そもそも日本では公判前整理手続きによって、証拠や証人が整理された状態で裁判がスタートする。効率的ではあるが、逆に考えれば有罪にすることが可能かどうかを事前に判断しているとも考えられる制度だ。だから裁判員が有罪・無罪の判断を下すと言っても、有罪に向かって敷かれたレールからはみ出すことは難しい。一方、陪審員制度では裁判の流れは実に流動的だ。ほんの些細なきっかけで、判決の行方は有罪から無罪へ、無罪から有罪へと転んでいく。流れによって被告側が申し立てを変えることすらある。とにかく徹底議論をするのが陪審員裁判の在り方であり、評決にも基本全員一致が求められる。そのため、評決に達するまでに何日も要することもあり、挙句評決不能で裁判のやり直しになることも。なかなか評決に至らず次第に陪審員たちが疲弊していく姿というのも、法廷ドラマではよく見られるシーンだ。
日本の裁判員制度はまだスタートしたばかりで、問題点も多い。かといって陪審員制度にも全く問題がないわけではない。どちらが優れた制度なのかを判断するのは難しいが、少なくともこういった違いを知ってからドラマを見ると、また違った面白さを感じることができるだろう。
ちなみに裁判員と陪審員にはその日当にも大きな違いが......。日本では1日あたり1万円以内、更に宿泊が必要な場合、1夜辺り7800円から8900円の宿泊費が認められているが、精神的負担や経済的な損失を考えれば少なすぎるという批判も多い。だがアメリカの陪審員の日当は更に低くいのだ! 州によって違いはあるがせいぜい1日$40程度。陪審員の召喚状をもらって裁判所にいやいや出頭するシーンもこれまたドラマには度々出てくるが、この日当を考えればそれも納得。制度に違いはあれど、こればっかりは大いに共感してしまう。
■『弁護士イーライのふしぎな日常』(原題:ELI STONE)AXNにて日本独占初放送!
・放送予定:【字幕版】4月11日(日)スタート 毎週日曜日 21:00~21:55他
【吹替版】4月12日(月)スタート 毎週月曜日 22:00~23:00他
© ABC Studios
■『ボストン・リーガル』
©2007-2008 Twentieth Century Fox Film Corporation.