なぜ力を持続できるのか?米国TVのシットコム/ドラマ製作の仕組み

4月の頭に撮影した『HOW I MET YOUR MOTHER(以下:ママと恋に落ちるまで)』が、
この5月に無事放送となった。この人気番組に関わってみて、改めて、

「はは~ん、なるほどねぇ...」

と気づかされたことを、今回は読者の皆さんにお伝えしたい。
それは、シットコムやドラマの製作システムについてだ。

シットコムは、30分番組枠であることが基本。コマーシャルの放映時間を差し引くと、実際の内容の部分は"20分強"しかない。

※以下より少しネタバレが含まれす。

「Landmarks(ランドマーク)」と題された第6シーズンの23話は、
NYにあるアーケディアンという名のビルを街に存続させるか、取り壊すかを取り決める
保存委員会の会議のシーンを含んでいた。
街の住人たち(エキストラ数十人)も参加する、シットコムとしては大きなシーン撮影だ。
このビルの存続の可否を決めるカギを握っているのが、建築家である主人公のテッド・モズビー(ジョシュ・ラドナー)だ。
僕はこの場面で、テッドを暗殺する刺客の忍者を演じた(もちろんこれは想像シーンの一部)。

この会議シーンの放送時間は、おそらく全体の半分に満たない。10分弱くらい。
この、決して長くない場面の撮影に、撮影本隊はまるまる2日間の時間をかけている。
僕の撮影の出番がたまたま最後になったので、この2日間の撮影プロセスをほぼ全部見学することが出来た。

シットコムは、数日かけた入念なリハーサル後に、観客をスタジオに入れて1話を一気に1日で撮影してしまうタイプと、
観客は入れずに、ドラマシリーズのように数日間かけて撮影するタイプに分かれるようだ。
『ママと恋に落ちるまで』は後者。撮影には大体1話に3日間を費やす。

なので、ビル存続の運命を決する会議シーンに2日間もかけるのは、かなり力が入っているということが判る。
で、実際の放送を観てみると、メインキャストたちが演じた、

「あ、あのショットが、あの印象的な表情が、あの面白かったテイクが、無いっ!!」

ということに気づく。

この作品は、放送をスタートした翌年のプライムタイム・エミー賞のマルチカメラ・シリーズ部門で撮影監督賞を受賞したことのある優秀番組だ。"マルチカメラ"とは、複数のカメラを使って撮影する手法。
現場では、3台のカメラが常に回され、3台のテレビモニターが監督の目の前にあった。
僕もずっとその3台のモニターで、キャスト陣の演技を見つめていた。

まるまる2日間、3台で、何度もテイクを重ねて撮っているのだから、撮れている素材は膨大だ。全部の録画テープをつなげれば、何十時間にもなるだろう。その豊かな素材の中から、選りすぐりのショットを約10分の放送シーンに使っているわけだ。
当然、ボツになる部分も膨大。結果、編集によるカット割りはリズムも小気味よく、より魅力的なショットだけが残る。
なんて贅沢な作りなんだ...。これなら面白くならない訳がないと、納得。

僕の"忍者"によるテッド暗殺のショットも、全身ショットとバストアップを同時に撮るために2台のカメラで押さえてくれた。
幸い、この場面はカット無し(ホッ)。テッドが忍者の一撃でやられるのは"笑撃的"シーンなので、日本での放送を是非楽しみにして頂きたい。

さて、製作の経済面についても語ろう。
実はこの点が非常に重要なのだ。

僕の役のオーディションは、FOXスタジオで行われた。
撮影が行われたのもFOXスタジオ。
あれ?CBSネットワークで放送だから、CBSスタジオじゃないの?
と不思議に思われる方もいるかもしれない。

ここがアメリカのシステムの面白いところだ。
この番組は、20世紀FOXテレビジョンが"製作"し(※制作会社のプロデューサーたちが"制作"し)、
CBSはそれを米国内の視聴者に"配給"しているに過ぎない。
日本ではFOXライフのチャンネルが日本の視聴者に"配給"している。

では、この番組の持ち主は誰か?
つまり権利元はどこにある?

それは制作会社のプロデューサーたち、つまり"作り手たち"が保有している。
当たり前に聞こえるが、これは【極めて重要な仕組み】だ。

米国の制作プロデューサーたちは、下記の各ステップで利益を生むことが出来る。

1、いい番組を作って、4大ネットワーク(CBS、NBC、ABC、FOX)や、ケーブルテレビ局(HBO、AMC、TNT等)に放送権を売ることが出来る。

2、テレビ放送直後から、CM付きのインターネット配信をテレビ局が始める。
このCMによる利益の一部も「番組の2次使用」として作り手に還元される。

3、その後、また「番組の2次使用」として、他の独立系テレビ局や、海外メディアに放送権を再販売することが出来る。

4、さらなる「番組の2次使用」として、DVDやブルーレイの国内販売、世界販売から利益を得ることが可能。

米国には、"1"の段階から、まず番組をどのネットワークや局に売るかを決定する市場(シンジケーション市場)がある。
各局が競って買うわけだから、当然大きな額の放送権が生まれる。"1"のステップがすでに制作者にとってのビッグビジネスなのだ。

そして"2~4"の段階で、『2次使用料』という、これまた莫大な金額が、
プロデューサー/監督/脚本家/スタッフ/俳優たちに分配される。

わかり易いので、日本の仕組みと比較してみよう。

日本では、テレビ用に作られた番組の持ち主は誰になるのか?
つまり権利元はどこになるのか?

テレビ局が自ら制作した番組は、もちろん局が所有する。
そして制作会社のプロデューサーたちが作った番組も、局側が買い取った時点で、
大抵のケースでテレビ局の所有となる。
多くの制作会社は、大手テレビ局の下請け的な役割を果たしているので、
安く番組を買いたたかれることはあっても、競争市場が無いので大きな放送権料を手にすることはほぼない。

そして、作り手側には、制作費もしくはギャラが最初の段階で払われても、
その後の「番組の2次使用」から生まれる利益は、作り手たちには分配されない。
(※僕の知る限りでは、NHKは2次使用料の分配をある程度行っている。だが僕の日本での活動時代に、民放キー局の番組に出演して2次使用料の還元を受けたことは残念ながら1度もなかった)

僕が【極めて重要な仕組み】だと述べた理由はここにある。

番組を作った制作プロデューサーたちが、その見返りとして、ギリギリの制作費しか与えられなかった場合、
次の作品や、将来の企画のためのリサーチに予算を注ぐことなど不可能だ。

『ママと恋に落ちるまで』が、会議のシーンのために2日間も割き、作品の面白さを追求できるのは、放送権売買の市場や2次使用のシステムで生まれる利益が確保されているから、だから撮影に時間を注げるのだと言える。
世界中で今売れている、多くのアメリカのドラマシリーズも同じ仕組みで制作されている。
この市場システムが本当に感心するほど機能しているのだ。

これは、常に高いクオリティーを世に送り出せるだけの予算と開発費が作り手たちの手に回るシステムを、プロデューサーたちや組合が整えてきた成果なのだ。
この成果を勝ち取るために、米国の映画テレビ業界は法的措置も辞さずに70年代から映像コンテンツの「権利」のために闘い続けてきた。

「アメリカは世界市場だから儲けが大きく、日本は国内市場だけだから儲けが小さい。だから制作費も限られる」

と、僕らは単純に思い込まされてしまいがちだが、実は番組の配給(放送)と販売による利益分配のシステムが、日米の作り手たちにとって天と地ほどの開きがあることを一般視聴者は知らない。

20世紀FOXのスタジオで撮影に勤しむスタッフたち面々の、楽しそうな顔を見ていると、
この【極めて重要な仕組み】が、真に大切なのだということを、
痛感させられる。

そう言う意味でも、撮影現場に向かうことがとてもいい勉強になっている。
その良いシステムを伝えていく役割を、僕は担っているのだと思う。

■『ママと恋におちるまで』シーズン3
FOXライフにて 毎週火曜21:00-22:00 O.A

(c) 2007-2008 Twentieth Century Fox Film Corporation