『SMASH/スマッシュ』の世界、現代ミュージカル誕生の地ニューヨーク、ブロードウェイを探る

タイムズスクエア周辺に40館以上の劇場がひしめきあい、毎晩のように世界最高レベルのショーが繰り広げられているニューヨーク、ブロードウェイ。

この夢の街を舞台に、ショービズ界の裏側を描く『SMASH/スマッシュ』。バックステージものというジャンルは、近年はあまり作られてこなかったが、ミュージカル映画では伝統的なジャンルだ。はじまりは、1920年代、トーキー映画が誕生した時代。歌とダンスというのは、やはり王道エンターテインメントだった。一流のショーが楽しめる劇場は、大都市にしかなく、決して手軽な娯楽とは言えなかった時代だ。それが映画で楽しめるというのが魅力だった。

しかし、物語のある映画で「いきなり踊り、歌い始める」というのは、不自然なのは今も昔も変わらない。やはり物語に歌って踊る必然性というものが必要だ。そこで考えたのが、登場人物たちをミュージカルスター、ダンサー、歌手にすること。その私生活や舞台裏を描くようになったのが、バックステージものの始まり。代表的な作品が、ミュージカル映画『ブロードウェイ・メロディ』(1929年)だろう。この作品は、第2回アカデミー賞で作品賞を受賞した、ミュージカル映画の原点と言える作品だ。

この作品のヒットにより以後、多くのミュージカル映画が製作されたが、歌って踊れるスターなど簡単に存在するわけもなく、粗悪な作品を連発。ミュージカル映画は徐々に低迷していく。その下降曲線を救ったのが、やはりバックステージもののミュージカル映画『四十二番街』(1933年)だ。ニューヨークで1本の舞台が上演されるまでを描いたこの作品は、のちにブロードウェイでミュージカル『フォーティーセカンド・ストリート』(1980年初演)として舞台化されているバックステージ・ジャンルの金字塔だ。

近年、『ドリームガールズ』など、スター誕生の裏側を描いた広い意味でもバックステージものは作られているが、『四十二番街』のような舞台製作そのものの憧れと現実を描いた純粋なバックステージものは、ほとんど作られてこなかった。『プロデューサーズ』というコメディ・ミュージカル作品もあるが、こちらはプロデューサーのドタバタ苦労話がメインのバックステージものだ。

そんなミュージカル映画の傑作、バックステージものの金字塔である『四十二番街』の系譜を受け継いだのが、ドラマ『SMASH』なのだ。舞台製作の過程、そこにうごめく人間関係、憧れと現実、夢と裏切り、そしてミュージカルという世界の魅力を徹底的に追及している。ブロードウェイ・ミュージカルに興味ない人でも、いつの間にか、そこに行ってみたくなる、本物を見てみたくなる...そんな気にさせてくれるのが、このドラマのすごいところだ。
では、ブロードウェイとはどのようなところなのだろうか。『SMASH』の舞台となる、このミュージカルの聖地をドラマのセリフをヒントに探ってみよう。

 

■世界最高のミュージカルが楽しめるショービズの聖地
Nothing is bigger than Broadway.(ブロードウェイよりビッグなものはない)――アイリーン

ミュージカルを志す者ならば、誰もが夢見るブロードウェイ。それ以上に大きな夢はない。『SMASH』で、マリリン・モンローの舞台を仕掛けるプロデューサー、アイリーンはそう語る。よく耳にする"ブロードウェイ・ミュージカル"とは、400席以上の大劇場で公演を行う舞台のことを指す。映画言うところの"ハリウッド大作"のようなもので、製作費もビッグならば、興行的にもビッグなヒットを期待される。最低でも1年以上は準備にかかる大プロジェクトだ。

一方、オフ・ブロードウェイは、100席~400席未満の中規模劇場で行われる公演で、商業とは一味違う、前衛的な内容のステージに出会える。『RENT/レント』のようにオフ・ブロードウェイでヒットを飛ばし、ブロードウェイに進出した作品もある。

Investing in a musical can be risky, but when a show hits, there"s literally no limit to the return.(ミュージカルへの投資はリスキーなのは確か。でも、ヒットすれば、言葉どおり、その見返りは無制限よ)――アイリーン

ミュージカルは、ギャンブルと同じ。多くの才能が集結し、その作品は世に送り出す価値があると信じ、心血を注いで作っていく。アイリーンやカレンのような無名の女優たちは、人生をかけてその舞台に挑む。資金を集めるプロデューサーにとっては、大ばくちだ。破産する可能性だってある。しかし当たると、何十年と世界中で上演される、ビッグビジネルでもあるのだ。

現在、最長ロングラン記録を保持しているのが『オペラ座の怪人』。すでに1万公演を超えている、まさしくミュージカル界の"怪物作品"だ。さらに『キャッツ』(7485公演)が続き、まだまだ公演記録を伸ばしている『レ・ミゼラブル』『シカゴ』『ライオン・キング』は6000公演をすでに超えている。テレビドラマの視聴率と同じく、客足が減れば、即公演終了となる厳しい世界だ。何ステージ上演できたかが、そのミュージカルの成功の基準となる。

■ブロードウェイの今と歴史
Revivals and movies. Why doesn"t anyone do new musicals anymore?(リバイバルか映画ばかり。どうして誰も新しいミュージカルと作ろうとしないの?)――ジュリア

『マイ・フェア・レディ』のミュージカル企画が持ち上がったという新聞記事を見た、ジュリアの嘆きのひと言。『マイ・フェア・レディ』は50年代、ブロードウェイ・ミュージカルの黄金期にヒットした名作舞台だ。2000年以降、『ウィキッド』などオリジナル・ミュージカルよりも過去の作品のリバイバルか、『Billy Eliot』(映画『リトル・ダンサー』)など、映画のミュージカル化が目立ち始める。

ちなみに、『SMASH』の作詞・作曲家コンビのマーク・シェイマン&スコット・ウィットマンはミュージカル『ヘアスプレー』、ミュージカル『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』、サム・メンデス演出版のミュージカル『チャーリーとチョコレート工場』を手がけている。『SMASH』の製作陣は、ミュージカルドラマといえども、カバー曲をつなぎ合わせるのではなく、あくまでもミュージカルらしい"オリジナル・ナンバー"にこだわっているのだ。

映画のミュージカル化が本格的に進んだのは、90年代、ブロードウェイにディズニーが進出してからだ。それまでは、まったくなかったわけではないが、限りなく少なく、どちらかというとミュージカルの映画化という流れが主だった。しかし、『美女と野獣』『ライオン・キング』のヒットで、映画のミュージカル化という流れに拍車がかかった。

そしてこの流れに加え、『SMASH』が、新たにドラマからブロードウェイへという新しい一歩を期待されている。ドラマで描かれているマリリン・モンローの舞台を実際にブロードウェイで上演するのではないかとウワサされているのだ。もしかしたら、『SMASH』がミュージカル界に新しい流れを作るかもしれない。

■夢の舞台までの道のり
The ensemble, not so much?(アンサンブルでは、満足できない?)
――トム
I just want a part. I trained.(役がほしいの。経験だって積んでる)
――アイヴィー

アンサンブルとして10年、ブロードウェイでキャリアを積んできたアイヴィー。アンサンブルとは、役名のない端役のキャストでコーラスやダンスを担当する。ブロードウェイの舞台に上がることができても、さらに役をとるのは難しい。アイヴィーやカレンのような無名の俳優たちは、チャンスを求めて、オーディションを受ける日々だ。

The road to Broadway is exceedingly long.(ブロードウェイへの道はとにかく長い)――デレク
ワークショップが始まる日、演出家のデレクがキャストたちにこう言い放つ。オーディションで選ばれたマリリン役とアンサンブルたちだが、ブロードウェイの舞台はまだまだ先ということだ。では、どのような過程をへていくのだろうか。

(1)企画を立てる。
作詞・作曲コンビのジュリア&トムが、マリリンの舞台を思いつき、さっそくデモテープ制作。デモテープは、資金を集めてくれるプロデューサーを説得する材料となる。

(2)プロデューサーと演出家を決める。
資金と人材を集めるのがプロデューサーの仕事。プロデューサーがいなければ、企画は動かない。企画の実現は、プロデューサーの腕にかかっていると言っても過言ではない。プロデューサーを捕まえたら、次は演出家探し。作品にふさわしい演出家を選ぶ。

(3)主要キャストのオーディション
プロデューサー、演出家、作詞・作曲家がそろったら、いよいよキャスト探しがスタートする。気になった候補者は、コールバック(=次の審査のこと)に呼ばれ、オーディションを重ねていく。スターを起用すると、それだけ多くの動員数が見込まれるため、最初はスターからあたる傾向に。企画自体に魅力があり(映画のミュージカル化など)、クリエイターの名前だけで客が呼べる、資金力のあるプロデューサーの場合は、スターに頼らず、実力のある無名の新人へのチャンスが増える
(4)ワークショップ
ある程度のキャストを集め、演出家のイメージを具体化していく稽古。舞台の雰囲気や仕上がりを投資家たちがイメージしやすいようにサンプル・シーンを作っていく。最終日に投資家たちに発表。それにより、地方の劇場での公演資金を調達する。ワークショップで主役だからといって、ずっと主役の座をキープできるとは限らない。ここまでは、本公演のための準備期間、プリプロダクションになる。プロダクションの資金が調達できないと、実際の稽古にも入れない。

(5)プロダクションに入る。稽古スタート
ブロードウェイ舞台の稽古期間は平均8~10週間と言われている。クリエイティブ・チーム(演出家、プロデューサー、作詞・作曲家など)により、舞台セット、衣装、宣伝プランなどが決められていく。

(6)ニューヨーク以外の都市でプレビュー公演、トライアウト(ブロードウェイに乗り出す前の試験公演)
劇場に入り、テクニカルリハーサル(テクリハ)は、演出家が照明、音響、キャストとすべての段取りを決めていく。本番と同じ、セットと照明で稽古をして、最終仕上げに入る。

プレビュー公演では、内容はまだ完全に完成しているとは言えない状態で、観客の反応を見ながら、不評だったシーンなど変更を加えていく。場合によっては俳優が変わることも...。脚本家にとってはリライト、リライトで大変な時だ。そのバタバタ具合は、『SMASH』でも描かれている。プレビュー期間が約2週間、それから試験公演のトライアウトがおよそ1か月となる。トライアウトによく選ばれる都市は、ボストン、フィラデルフィア、ニューヘイブン、アトランティック・シティ、ボルチモアなど。

『SMASH』第1シーズンは、プレビュー公演(トライアウト)までを描いている。この先、ブロードウェイに進出できるのかは、シーズン2までのお楽しみ。トライアウトの評判がよければ、ブロードウェイへの道が開けるが、悪ければ、さらに修正したり、俳優を交代させるなど、ショーに改良を加えていく。特にこの先は、キャストたちにとってプレッシャーがかかる時期になる。アイヴィーやカレンのように、"スター"ではないキャストはいつでも交代させられるかもしれない不安と抱えるからだ。反対にトライアウトで主役を逃しても、まだまだ返り咲くチャンスはあるということ。ブロードウェイの幕が開くまで、主役の行方はわからない。無名の新人でも一夜にしてスターになれる夢の舞台だが、その夢は一晩で終わってしまうことも...。華やかだが、同時に残酷な世界でもあるのだ。

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『SMASH/スマッシュ』
2013年4月5日(金)Vol.1&DVD-BOXリリース Vol.1~8レンタルスタート
ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント

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