『ハンニバル』ハンニバル・レクター役:井上和彦×ウィル・グレアム役:浪川大輔 "こだわり"対談

『羊たちの沈黙』等に登場した稀代の殺人鬼、ハンニバル・レクターと、FBIのプロファイラー、ウィル・グレアムとの出会い、そしてその壮絶な心理戦を描いていくサイコ・サスペンス『ハンニバル』で、主人公ハンニバルの声を担当する井上和彦さんと、ウィルの声を演じる浪川大輔さん。それぞれに強烈なキャラクターを持った主人公を演じている二人に、独特の世界観を持ったドラマの魅力について直撃! 二人にとってレクター博士に負けないこだわりとは――。

――まずはお二人から見たドラマの魅力について教えてください。

浪川:レクターさんの食事のシーンが非常に魅力的です。優雅で上品で。飄々としている、という表現が合っているかどうかは分かりませんが、とにかく魅力的な人物ですね。『羊たちの沈黙』とかハンニバルシリーズを知っている方であれば、その世界観がこのドラマに受け継がれているのが分かると思います。そういう意味では気品があると言っていいのか...見れば見るほど、本当の変態です!(笑)

井上:残忍なのにそれを美しく描いているんですよね。悪いことをしているのに、あんまりそういうふうに見えてこない。それってどうなんだろうってちょっと思いますけど、すごく興味を掻き立てられる人物であるのは間違いないし、そこを上手く描いていますね。ちょっとした言葉一つ一つにも伏線があって、これが何を意味しているのか、些細な言葉が意味を持っている。ウィルさんは主人公なんだけれども、どんどん追い詰められていって、少しずつ変化していく。レクターに上手いことそっちの方に持って行かれているんです。その辺が静かに淡々と進んでいくんだけれど、水面下ですごいものがうごめいている感じがします。

――魅力も見どころもたくさんある作品ですが、その中でもここは押さえておけというポイントは?

浪川:ウィルの能力自体が初めて見る方はわかりづらいかもしれないです。それを補足するとすれば、犯行現場に残っている環境や証拠からその世界に入りこんでしまう、犯人の気持ちが理解できてしまうのが彼の能力なんです。だから残虐なシーンや犯行のシーンがどうしても出てきますが、ビジュアルで上手く表現していると思います。そしてそんな彼の能力を上回っているレクターは、むしろ彼の能力をうまく利用しているんです。能力者のウィルと、レクターという普通、って言っても異常ではあるんですが(笑)、いわゆる特殊能力を持たない人間との戦いがすごいです。

井上:頭は良いんだろうね。

浪川:すごいでしょうね。この二人の静かなる戦いみたいなのは確かに押さえておいてほしいです。それにしてもレクターは、決して良いことをやっているわけではないのに、見ている人がそこを勘違いしてしまう。それがレクターの魅力ですね。圧倒的な神の領域というか。そういう意味では彼もまたある意味能力者かもしれない。

井上:ぶっちゃけて言うと、悪いことをそれだけ美しく描いているということです(笑)。映像もすごく綺麗ですしね。本当は残忍で目を覆いたくなるような映像が美しく見える。スタッフはどういう目線でこれを作っているんだろうって思いますね。ウィルが現場に行って目をつぶると、それが自分の中に見えてくる。イメージの美しさですね。反面、彼は思い返す度に疲れて、傷を負っていく。優れた能力と引き換えに疲弊していくんです。

あとは無駄なところが一個もなくて、これからどうなっていくんだろうストーリー展開にすごく引き込まれていきます。

浪川:(ジャック・)クロフォードさん(ローレンス・フィッシュバーン)もなんとも言えない切なさですね。彼にも是非注目してほしいです。

井上:かわいそうになりますよね。

浪川:奥さんも含めて、教え子も含めて、なんか哀愁が漂い始めていますよ。ウィルとレクターという二人に対して彼はあまりにも凡人で切ない(苦笑)。でも実際に一般人代表としては彼も相当強い方だと思うんですけど(笑)。

――お二人が吹き替えでイメージを崩さないように、特に注意している点はどこでしょうか?

浪川:ウィルはとにかく対人的なものが得意ではなくて、自分でもちゃんと目を見て話せないみたいな事を言っているんですけど、だから直接的に話しかけている感じがしないように、どこか独り言めいた雰囲気を織り交ぜてお芝居をしています。あと彼は能力を使っている時に、コロコロ人が変わったようになる。何か乗り移ったようだったり、無気力になったり、無機質になったり。その辺の変化にも主張がある。全体的には抑えたお芝居なんですけど、その中で変化をつけているというのは、日本語の種類の多さをいかにして皆さんにお伝えできるか、という事にもつながるのかな、と。やりがいはもちろんあります。でもやっていてウィルと同様非常に疲れます(笑)

井上:レクターは見ていただいたらわかるとおり、表情があまり変わらないんです。非常にクールです。その中にもいろんな感情があって、それをどう表現するかというところに注意していますね。レクターを演じている俳優さんが口元でふと笑ったりとか、目の奥に何を考えているんだろう思わせるような演技をしているんですが、それをあからさまに表現してしまうと、わざとらしくなってしまう。レクターなりの自然さ、どういう気持ちで存在しているのかな?というところを表現できればと思っていますが、難しいですね。

――確かに全体的にトーンは抑え気味にした作品ですね。

浪川:ぱっと見、昔の作品に感じますよね。でもマイケル・ジャクソンが出てきたりとか、携帯が出てきたりとかして、あ、現代なんだなと気付く。映像で表現されているトーンはとてもクラシカルな印象を受けます。

井上:だけど抑えて一本調子になってしまったら意味がないので、そこでの難しさがありますよね。

――この作品に限らず、洋画の吹き替えならでは難しさとはどんなところでしょう?

浪川:どの作品にも言えることですが、難しいですね。本来、英語でしゃべっている外国の役者さんが日本語でしゃべる違和感というのは確実にあります。それを、一つの嘘じゃないですが、真実味を持って話せるかが大事だし、難しい。でも難しいと思うと果てしなくいろんなことが難しいと感じるので、なるべく同調しようと言うか、乗り移って頂きたいというか。なるべく一緒の呼吸をしようという思いでやっています。

井上:特に洋画の吹き替えだからではなく、人が演じていることなんですよね。だから声をあてるというより、僕もお芝居をしていけばいいと思っています。洋画の吹き替えであれば、演じている役者がどういうつもりで役作りをしたのかな?とすごく考えますね。結果だけを見るのではなくて、その役者さんがどういうふうに役作りをして、この芝居をしたんだろうなと考えていくと、いろんなシーンで、ああこうやってこう演じたんだろうなと見えてくる。それがわかった時はなるほどと腑に落ちる。向こうの役者さんもその役になりきろうとして、やってらっしゃるわけだから、それをいかに理解して、その役者さんになったつもりでこの役を演じると考えてやっていますね。

浪川:大体映画やドラマって100%出来上がっているものじゃないですか。それに対して声を足す作業というのは、元々がハードルが高い。日本人が好きなプラスアルファじゃないですが、100%を超えたところで何ができるのか? それが吹き替えの勝負どころかな。情報量を含めて。

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――吹き替えならではの面白さもありますもんね。オリジナルにはない、味わえないものとか。吹き替えを挟むことでなんとなく自分もその世界にすんなり入り込める。それは吹き替えならではのメリットもしれませんね。

井上:僕は英語はわからないので、字幕で見て追っかけます。役者の表情とかこういうことをやっているんだろうなとはわかります。でも細かい部分でどういう表現をしているのかな?というのは日本語に吹き替えた時の方がはるかにわかりやすいです。アクションものとかは、映像を見ればパッとわかります。でも心理的なものを描いているものは、吹き替えの方が情報量がたくさん入ってきます。それに伴って役者さんのお芝居が日本語になってくるんです。

一番気をつけるのは違和感なく、取り入れることですよね。ああ、日本語だったんだって、見終わった後に感じてもらえるといいなって。

――ハンニバルの話に戻ると、彼は稀代の悪人ですが、惹かれちゃいけないと思いつつ、でもここはちょっと理解できると思うような部分ばありますか?

井上:どうなんでしょうね?

浪川:僕はレクターさんに惹かれちゃっていますよ。もちろん彼が悪人だということはわかっています。でも殺人以外の部分は尊敬できるんじゃないかな。人への気の使い方とか。その辺は非常に素晴らしい。あと心と器が大きいですよ。そこはウィルがどんどん信じていってしまう部分だし、頼ってしまうところですよね。お兄さん的存在というか、この人にはすべてを話しても受け入れてくれるんじゃないかと思わせる、その大きさがあることが、殺人鬼であることを忘れさせてしまうと思うんです。一視聴者としては、彼の本性も分かっているので、あの野郎!と思うところはあるのですが(苦笑)。

――主人公が悪役で殺人鬼で、毎回起こる殺人事件のその背後にこの人がいるという事を視聴者が最初から分かって見ている、というのは珍しい作品だと思います。

浪川:これは騙されている感がありますよね。あまりにも普通で、あまりにも間違ってないようにレクターが振る舞っているので(笑)。だからもしかして彼が合っているのかな?という錯覚をしてしまう。

井上:レクター自身は間違えてないと思っているからね。だから演じていて自分との葛藤はないですね。こういう人がいるんだな。そういう人を描こうとしているんだなって、すんなり入っていける。客観的に考えるととんでもないんだけど。演じている最中は、それをとんでもないと思ってしまったらできなくなるので。

――彼は美食家であり美術にも音楽にも造形が深くてすごくこだわりがある人ですよね。そんな風にお二人にとって、これはレクター博士には負けない! と思うほどにこだわっているものはありますか?

井上:自分に?こだわりある?

浪川:ないですね。レクター博士はほとんどできちゃうんで、アレですが。あ、でも吹き替えに関しては正直レクター博士より僕たちの方ができますよね。負けたくないですよね(笑)。

井上:こだわってやっていますよね。

浪川:そこだけは。

井上:それ以外は全然。

浪川:あんまり比べたくないです(笑)。

井上:人間的にも弱いしなあ。

浪川:流されやすいですから。

井上:それがこだわりじゃないの?

浪川:え?身を任せるってこと?(笑)。

――レクター博士にはありえないですよね。誰かに身を任せるというのは。

浪川:レクター博士って他人のことを信じるんですかね?

井上:よりどころは自分なんですかね?難しいですね。

浪川:ああやっては生きられないですよ。

井上:無理だよね。すぐ人を信じちゃいますよね。ダマされるタイプだから(笑)

浪川:(笑)。いっぱいいろんな人に騙されてきたから。信じ抜くというこだわりを持って。


■キャスト
ハンニバル・レクター(マッツ・ミケルセン/声:井上和彦)
ウィル・グレアム(ヒュー・ダンシー/声:浪川大輔 )
ジャック・クロフォード(ローレンス・フィッシュバーン/声:玄田哲章)
アラーナ・ブルーム(カロリン・ダヴァーナス/声:佐古真弓)
ビヴァリー・カッツ(ヘティエンヌ・パーク/声:長尾明希)

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