『ナルコス』は、世界中190カ国に拠点を置くNetflixが独自に製作したハードコア犯罪ドラマ。今年のゴールデン・グローブ賞にもノミネートされ、いま世界中でもっともホットなドラマのひとつです。タイトルにもなっている"ナルコス"(= Narcos)というのは「麻薬密売人」という意味。皆さんはパブロ・エスコバルという人物をご存知でしょうか? 本作は、コロンビア出身のエスコバルを主人公にした犯罪ドラマです。少年の頃からその頭脳明晰さを犯罪の世界で活かして、やがてコカイン取引に着目しはじめたエスコバルは、麻薬密売で大成功を収めた後、麻薬密売リーダーたちを組織化し、俗にいう"カルテル"をたちあげ、猛威を振るい始めます。
1993年にコロンビア警察に射殺されるまでアメリカを中心に世界中で膨大なコカインを売りさばき、巨万の富を築いたエスコバルは、凶悪な反面、自分が生まれ育った貧しい地域に惜しげもなく金銭をつぎ込むという面で地元ではヒーロー扱いされるという麻薬王でした。その人物像への人々の興味は飽くことがなく、『ナルコス』というシリーズが誕生したわけです。
今回参加させていただいたTCA(TV批評家協会)のプレスツアーでは、エスコバルを演じるブラジル出身の男優ワグネル・モウラに直接話しを聞くことができました。ワグネルは、写真で見る分には特別ハンサムというタイプではないのですが、実際に会うと妙に男の色気漂う人で、危け~ん!(笑) 話しによると本物のエスコバルもそういったタイプの男で、プラス凶悪で、非常に始末の悪い麻薬キングだったといいます。
『ナルコス』出演が決まり、小太りだったエスコバルの体型に似せるため20キロ近く体重を増やしたというワグネル。彼は、それでも太っているという感じはなかったので「20キロも増量したように見えないですね」と言うと、「ナルコスの前は随分細かったんだ」と苦笑。ワグネルがこの大役を射止めた当時、実際のエスコバルと比べててかけ離れていたことは、体型だけではなかったそうです。「僕はブラジル人だから母国語はポルトガル語で、エスコバルの母国語であるスペイン語は全く喋れなかった」んだそうです! 筆者もこれには驚き!
クリエイターのジョゼ・パヂーリャは、ワグネルはスペイン語が出来ないと知っていたにも関わらず、「エスコバル役には絶対ワグネルを!」と、ワグネルをグイ押し。そんなジョゼに大変な恩を感じているワグネルは、「絶対失望させまいと思った」と語り、エスコバルの育った町にある普通の学校に5ヶ月間編入して、コロンビアの文化とスペイン語にどっぷり浸かった生活を自分に課したのだそうです。
「でも最終的には先入観に惑わされず、自分なりのエスコバルを演じることに専念したよ。この番組に関わる前はエスコバルの表面上の事しか知らなかったけど、演じ出して彼の人間としての側面にも触れた」と語るワグネル。この番組を作る前にNetflixの関係者たちも交えていちばん気を使ったのはコロンビアの人たちへの敬意を忘れないこと、そしてパブロ・エスコバルの犠牲になった人たちや遺族に失礼にならぬような番組作りをすることだったそうです。こういった気配りが十分ではなかった例に、去年全米公開(日本公開1月末)された犯罪映画『ブラック・スキャンダル』という作品がありました。ジョニー・デップ演じる逃亡中の元マフィアで凶悪犯ジェイムズ・ヴァルジャーが、劇中で英雄視されすぎていると批判されたのです。
エスコバルのように凶悪ドラッグ王だったけど出身地では英雄視されていたといった人間を、美化しないように番組を作るというのは当然の配慮とはいえ決して簡単なことではありません。本作が各方面から賛辞を集めている理由のひとつに、こういった難題をうまく消化し、ロマンという贅肉をそぎ落として非常に完成度の高い犯罪ドラマに仕上げている、ということがあると思います。
最後にインタビューの席でワグネルは、「こういった犯罪世界のストーリーに人々が興味を抱く理由は、一般市民にとっては到底縁のない、未知の世界の話しだからじゃないのかな」と結んでくれました。笑みを浮かべるワグネルを見ながら、「ナルコス」成功の大きな理由は、ワグネル放つ男の色気に負うところが多いのでは...と最終分析した筆者なのでした(笑)
(取材・文: 明美・トスト / Akemi Tosto)
Photo:『ナルコス』TCAプレスツアー
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