最終話まで待ちきれない!!!
英国BBCと米国AMC、人気テレビドラマシリーズを連発している両ネットワークが共同で制作・放送しているスパイ・スリラー『The Night Manager(原題)』の面白さに惹き込まれている真っ直中だ。
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原作は、自らが英国の機密諜報機関 M16出身である作家のジョン・ル・カレの小説。
ジョン・ル・カレの名を聞けば、「スパイ小説」の映像化作品がお好きな方はすぐに思い出すのが、英国の名だたる俳優たちがこぞって出演した2011年の『裏切りのサーカス』。この作品でゲイリー・オールドマンはアカデミー賞主演男優賞の初ノミネートを受け、また2005年の同原作者の『ナイロビの蜂』もレイチェル・ワイズに助演女優賞の栄誉をもたらしている。
今回の『The Night Manager』も、米国での放送直後から早くもエミー賞へのノミネートがささやかれている。
主演に、名演技で火花を散らす二人。
反政府市民革命で荒れるエジプトの高級ホテルで、夜間の業務を取り仕切るマネージャーとして働く主人公ジョナサン・パイン役を演じるのは、トム・ヒドルストン。実はイラク戦争中に英国兵士として従軍した経験を持ち、エジプトの英国大使館にも強力なパイプがあるという、隠された顔を持っている。
そしてもう一人は、世界の情勢を揺るがすほど莫大な量の戦争兵器の密輸で利益を得ながらも、その正体が絶対に世間には知られることの無い大富豪リチャード・ローパー役を演じる、ヒュー・ローリー。
トム・ヒドルストンを一躍世界的な人気俳優に押し上げたのは、映画『アベンジャーズ』の邪神ロキ役だが、彼はシェイクスピア劇の舞台で鍛え上げられた実力者で、2011年のスピルバーグ監督作『戦火の馬』でも凛とした佇まいの将校を演じていて印象深い。
一方、ヒュー・ローリーについては、ドラマファンの皆さんにはもう説明も必要無いはず。
『Dr. HOUSE』で、型破りな天才医師ハウス役を演じ続けたあの人である。
頭脳明晰で洞察力に長けた彼のイメージは、何を心の底で考えているのか計り知れない黒幕を演じきる、今回の役柄にもピタリと合う。
ローリーとヒドルストン両名は、本作にエグゼクティヴ・プロデューサーとしても名を連ねているので、その力の入れ様もわかるのだ。
主人公ジョナサンは、ある夜、スイートルームの宿泊客である美女から、ある書類のコピーを頼まれる。しかし、その書類の内容に目をやると...、そこにはマシンガン・ライフル・戦闘機・戦車・ミサイル・神経ガスといったあらゆる破壊兵器の数々が大量にリストとして列記されていた。そのことにすぐさま気づいたジョナサンだったが、その宿泊客の女性から
「もし自分の身に何かが起きたら、この書類をあなたの大使館の友人に託して欲しい」
と依頼を受ける。ここから、ナイトマネージャーを務める彼の運命は、思いがけない方向へと転じていくことになる。
「スパイ・スリラー」と言っても、派手な爆破シーンやカーアクションなどがほとんど無い。ただ張りつめた緊迫感に満ちた登場人物たちのやり取りで物語を紡いでいく、女性監督スザンヌ・ビアーの手腕が素晴らしい。1話60分で、全6話で構成のドラマだが、"60分"という通常のドラマ・シリーズの放送枠より長い時間があっという間に過ぎていくのだ。静かな語り口なのに、一旦見始めたら止まらない。
演出は冴えに冴えている。見事な撮影の画作りはもちろん、主人公たちの心理描写が巧い。
トム・ヒドルストンの、誠実だが、繊細な脆さも見せる「眼」が非常にいいのだが、一方のすべてを見透かすようなヒュー・ローリーの冷酷な視線にもシビれる。
この二人の「眼」に、大胆にもグッと迫って寄るショットが、要所要所で活きている。
ヒドルストンとローリーのファン、あるいは英国出身の俳優たちの技量のファンだという方々にはたまらない作りである。
もうひとつ、画/絵として魅力的なのは、超大作並といっていい豪華ロケーションの数々である。
英国ロンドン、エジプト、モロッコ、トルコ、スペインのマジョルカ島など、その美しい光景の連続にため息が出るほどだ。建築物の外観、ホテルの部屋や、富豪の邸宅、自然の緑、夜の海など挙げれば切りがない。
洋画や海外ドラマの楽しみに、その情景の壮観さを求める人にも、100%おススメの作品だと断言できる。
さて、本作で気品溢れるホテルのナイトマネージャーを演じたトム・ヒドルストンは、今や『007』シリーズの新ジェームズ・ボンド役の筆頭候補として業界や世界中のファンの注目を集めている。このニュースを聞いた時、最初は正直、「トム・ヒドルストンの優し気な眼や表情が、007に合うものだろうか...?」と、うっすらと疑問を感じたのだが、いやいやこのドラマを観た後は、
「なるほど、第一候補として噂されることはある!!!」
と納得してしまった。
非常に大きな支持を獲得した人気俳優ダニエル・クレイグの直後に、英国の文化的アイコンでもあるジェームズ・ボンドを演じるという重圧は相当なものになると思うのだが、硬派で強靭過ぎるほどに映る印象のクレイグに対して、物腰が柔らかく紳士的なヒドルストンは、元々は美女たちのハートを撃ち抜くことに長けていて、しかも洒落っ気のあるボンドにはむしろ向いているとさえ思える。クレイグの強烈なイメージを塗り替え、新しい色を映し出す『007』のスタートを切るには、適役なのかもしれない。
実際、この秀作『The Night Manager』を観ていると、『007』の続編なのではないかと思わせられるくらい類似点が多い。
輝く宝石や洗練された品々などの映像イメージが、武器や爆撃機へとその姿を変え、またその姿が美しい光景に戻っていく、華麗なオープニング・タイトル。視線を奪う美女たちとの巡り会い。危機を乗り越える綱渡りの連続。主人公を陰で支える元M16諜報員アンジェラ(原作の男性キャラクターを脚色して変更)を好演するオリヴィア・コールマンとの関係性はどことなく"007とM(ジュディ・デンチ)"のそれに重なる。そして世界や国を救う大きな目的のために、残忍な悪事とも映る任務も次々と遂行していく主人公の孤独な姿...。
事実上、このドラマは次期『007』へのオーディションでは!?とささやかれているほどだ(笑)。
トム・ヒドルストンは本作の役作りのために、撮影に向けて、ロンドンで営業中のホテルで働いたことまでインタビューで語っている。
「イエス、マダム」
と、美女をエスコートする立ち居振る舞いは、完璧なまでに似合っている。
そんな品格ある彼が、M16の元諜報部員に能力を見込まれ、時に激しく、あらゆる手を尽くしてヒュー・ローリー演じる黒幕を追い詰めていく、この設定と息詰まる描写が麻薬のように後を引く。
英国俳優、スパイ小説、政治スリラー...といった鑑賞ポイントに惹かれるドラマファンの皆さんなら、間違いなくハマってしまう「見事な企て」と呼びたい作品。
英国BBCではすでに全話放送済み、米国AMCでは、5話を終え、残すところ最終話のみ。
もう、待ちきれない!!
最後にトム・ヒドルストン演じるジョナサンが、ヒュー・ローリー演じる密輸王ローパーをどう追い詰めるのか、あるいは返り討ちにあってしまうのか、
すでに批評家たちの絶賛を獲得している、それを裏切らない、圧倒的なエンディングを見せてくれるに違いない。
何度も書いてしまうが、
もう、待ちきれないのである。
(取材・文:尾崎英二郎 / Eijiro Ozaki)
Photo:
トム・ヒドルストン (C) Kazuki Hirata/www.HollywoodNewsWire.net
ヒュー・ローリー (C)Megumi Torii/www.HollywoodNewsWire.net
トム・ヒドルストン (C)Izumi Hasegawa / HollywoodNewsWire.co