第68回エミー賞をもっと楽しむために:全米を席巻!22部門ノミネートの『アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件』って?

いよいよ目前となった今年のエミー賞において22部門でノミネートされているクライムドラマ『アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件』がいよいよスターチャンネルにて、9月19日(祝・月)23:00より放映! 全米を騒然とさせた本作の魅力を、ドラマの舞台となったロサンゼルス在住の筆者がご紹介します。

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(※本記事は、同シリーズのネタばれを含みますのでご注意ください)

O・J・シンプソンって誰?

O・J・シンプソンは、1970年代にプロフットボール(NFL)選手として一世を風靡した究極のスポーツセレブ。アメリカでO・Jというのはオレンジジュースの頭文字であることから「ジュース」というニックネームで呼ばれ、プロを引退した後もスポーツ解説者や映画俳優として大活躍。皆さんもフットボール選手としてのO・Jは知らなくても、映画『裸の銃<ガン>を持つ男』シリーズに出演していたちょっとオトボケな黒人俳優・・・と言われれば、「あ~! あの人!!」っと思う方もいるかもしれませんね。とにかく昔のO・Jは、日本でたとえたらサッカー界のカズ、野球界なら原辰徳、といった超VIPレベルで、全米では誰もが知っている国民的英雄の一人だったのです。
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もう一人の恐ろしいO・J~悪夢の幕開け

1994年6月13日、O・Jの元妻ニコールさんの自宅すぐ外で、ニコールさんと男友達ロナルド・ゴールドマンさんの惨殺死体が発見されます。ニコールさんは斬首に近い状態で発見され、TVニュースでは血痕がべったりと残った庭の敷石の様子などが映し出され、そのむごたらしさに全米が戦慄しました。

しかし全米のショックはまだ続きます。事件の重要参考人としてニコールさんの元夫であるO・J・シンプソンが出頭を求められたのです。お茶の間のヒーローが殺人犯!? でも実は、O・Jには血の気が上ると異常に乱暴な振る舞いをするというダークな一面があり、元妻ニコールさんともDVが元で離婚したと言われていました。

全米が騒然となる中で、状況はますますとんでもない事態に発展していきます。なんとO・Jが警察の出頭命令を無視して失踪し、まもなく友人に運転させた自家用車で逃亡中という、映画の筋書きのような報道が流れます。挙句の果てに、O・Jが自分の頭に拳銃を突きつけて自殺をほのめかしつつ、友人に低速運転させて逃げ続ける様が全米のTVで放映され、警察がそんなO・Jを携帯電話でなだめつつ後ろからパトカーでぞろぞろと低速カーチェイスを繰り広げる様子がお茶の間に流れました。

堕ちたヒーローの逃走劇にアメリカは蜂の巣をつついたような騒ぎになります。昔からO・Jの活躍をエンジョイしてきたアメリカ市民にとって、常軌を逸した彼の行動は電撃的ショックだったに違いありません。

ちなみに筆者は逃亡劇たけなわの時、何も知らずにO・Jが逃走中だったフリーウェイにかかる陸橋のそばを通ったのですが、大勢のO・Jファンが逃走車が下を通過するのを待って、「OJ頑張れ!」の垂れ幕やプラカードなどを掲げて、交通渋滞を引き起こしていたのを覚えています。

事件における影のあやつり師、マスコミ

このあとO・Jは降参・収監・公判となるわけですが、その時点ですでにマスコミの報道合戦は異常な騒ぎでした。そしてそれに輪をかけるように、O・Jの裁判が逐一TVで放映されることになったのです! その後、半年以上の間はどこのチャンネルを見てもO・J・シンプソン事件の番組が流れていてやがてお茶の間では、裁判の行方を四六時中追っかけていないと気が休まらないという「O・J裁判中毒」などという社会病まで発生したほどです。

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裁判が始まったばかりの頃、やり手の女検事マーシャ・クラーク(『アメリカン・ホラー・ストーリー』のサラ・ポールソンが熱演!)を筆頭にした検察側は、現場とO・Jの車から押収された証拠品やニコールさんとロナルドさんの血痕などを見て、検察側の全面勝訴になるとタカをくくっていました。でもやがて、「ドリームチーム」と呼ばれる敏腕弁護士たちを揃えた被告弁護団の巧妙な作戦が、ロス市警による現場検証での手落ち、証拠品管理のずさんさを暴露し始め、挙句の果てには殺害現場担当巡査が途方もない人種差別者であることを暴き出し、証拠隠滅・隠蔽の可能性を示唆していきます。予想だにし得なかった展開に、マスコミは飢えたサメが獲物に食らいつく勢いで報道をエスカレートさせました。

マスコミがかざす報道の自由が、結局は弁護士団にとっても最強の武器となり、検察側の積み上げた証拠が一つ、また一つと崩されていく様は、このドラマの最高の見どころでもあります。

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弁護団の壮絶作戦:殺人事件から人種差別事件へ

ロス市警の事件担当者が人種差別者であることが裁判での論争の中心となり、やがて裁判が凶悪殺人犯を裁く本題からそれて、"人種差別のロス市警"への裁きという流れに変化し始めます。そんな状況で火に油を注ぐような役割を果たしていたマスコミは、被告側のドンデン返しをまるでメロドラマのダイジェスト版のようなノリで報道し、市民もまるで中毒患者のようにその報道をむさぼりました。

視点を失った裁判を元の軌道に戻せない検察側の立場は、日を追って見るも無惨にボロボロになっていきます。結局、半年以上にわたるマスコミ報道合戦と人種差別問題に染め上げられた裁判の結果、被告のO・J・シンプソンには驚愕の無罪判決が下ります。米国司法の有罪定義である「合理的疑いの余地がない」ほど有罪であると目されていたO・Jは、"偶然"にも過半数が黒人を占める民間陪審員たちによって無罪放免を言い渡されたのです。

豪華製作チームと俳優たち

人気ドラマ『アメリカン・ホラー・ストーリー』の敏腕プロデューサーことライアン・マーフィー製作、O・Jを演じるのはアカデミー賞俳優キューバ・グッディング・Jr、そして被告弁護団の立ち上げ人だったロバート・シャピロ弁護士をジョン・トラヴォルタが演ずるなど、豪華ラインナップもこの番組の呼びものでした。

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実在の人物たちを演じるのは素人が思うほど簡単ではない中で、このドラマの俳優たちは誰もが最高の演技で体当たりしており、見ているこちらは引きずり込まれずにはいられません。素晴らしい演技をする俳優はイケメンでなかろうが無名であろうが(失礼!)、見ている人を魅了するわけですが、特に「ドリームチーム」こと被告弁護団の主格ジョニー・コクランを演じたコートニー・B・ヴァンスが見せるパフォーマンスは筆舌に尽くしがたいほど。彼の写真と本物のジョニー・コクランの写真を比べるとそんなに似ているというほどでもないのですが、彼の演技を見ているとコートニーを見ているのかジョニーを見ているのか分からなくなるほど一体化して見えるんです。まさにあれこそ芸術の域! もしコートニーが今年のエミー賞を獲らなかったらそれこそ人種差別問題だと物議を醸すのでは・・・!?

助演男優賞でノミネートされているスターリング・K・ブラウンも黒人俳優なので、二人とも受賞したらすごい快挙です。クラーク検事を演じて主演女優賞候補となっているサラ・ポールソンのパフォーマンスにもつくづく感心しました。彼女も役にハマるに従ってクラーク検事に変貌していくんですが、ドラマファンにとってはたまらない醍醐味です。『アメリカン・ホラー・ストーリー』シリーズのサラも好きですが、クラーク検事を演じた彼女の女優としての力量に、ぜひ主演女優賞を授与したいところです。

『アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件』のドラマとしての見どころは、裁判の流れはO・J殺人容疑に向くべきところが、いつのまにか殺人事件裁判から人種差別の審議へと怒涛のごとく変貌していく時の描写です。当時、お茶の間から"観戦"していた我々には分かるはずもなかったクラーク検事の公私両面における痛ましいほどの苦悩、倫理ではなくクライアントを勝たせることが目的である被告弁護団の非情さと、人種を利用した弁護戦略に対する内輪内での葛藤など、とにかくここまで心理戦をテンション高く、なおかつ華麗に描いたクライムドラマは昨今のTVドラマ界には類を見ません

事実を扱ったストーリーがゆえによりインパクトが強く、それをフルに体現してくれた秀逸な俳優たち。この事件において司法システムの崩壊とも言える判決を招いたのは、"影のメインキャラクター"であるマスコミだったのだと思わせるプロデューサー、マーフィーの手腕。本作はドラマファンにとって最高に贅沢なドラマであり、大いにエミー賞に値する作品と言えるでしょう

(取材・文: 明美・トスト / Akemi Tosto)

■放送情報
・『アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件』
 9月19日(月・祝)よりスターチャンネルにて放送スタート(第1話無料放送)
 [字]毎週月曜 23:00〜
 [二]毎週水曜 23:30〜
 公式ページはこちら

・「O・J・シンプソン出演映画特集」
『タワーリング・インフェルノ』...9月26日(月)16:00〜
『カプリコン・1』...9月27日(火)16:30〜
『裸の銃<ガン>を持つ男』...9月28日(水)16:45〜
 公式ページはこちら

Photo:
『アメリカン・クライム・ストーリー/O・J・シンプソン事件』 (C) 2016 Fox and its related entities. All rights reserved.
O・J・シンプソン(『裸の銃<ガン>を持つ男』) (C)Everett Collection/amanaimages