2016年現在、私たちの周りにはセックスをテーマとしたものが溢れている。かつて性描写が問題視され発禁処分となったD・H・ロレンスの小説も今では普通に本屋に置かれているし、女性誌がセックスの特集を組むこともある。青年実業家と女子大生の歪んだ愛を赤裸々に描いた映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』が、日本でも大きな話題となり、世界中で大ヒットを記録したことは記憶に新しい。しかし、あなたがもし「セックスを解き明かすために、目前で性行為を観測する研究が行われている」と聞いたら、驚きを隠せないだろう。そんな研究に情熱を注いだ実在の男女の物語にインスピレーションを受けたのが本作『マスターズ・オブ・セックス』。しかも、現代でさえ議論を呼びそうなこの研究の舞台は1960年代というのだからいっそう驚きだ。
『マスターズ・オブ・セックス』とは挑戦的なタイトルだが、これは「性の達人」という意味だけでなく、研究者の一人、ウィリアム・マスターズの名前にもかけている。マスターズはミズーリ州セントルイスのワシントン大学病院に勤務する著名な産科医だが、セックスを解明したいという情熱を抱いており、まずは一人で調査を開始。ある娼婦の協力を取りつけて、ストップウォッチとメモ帳を手にクローゼットの中に隠れ、彼女と客の行為を観察する日々を送っていた。しかし、彼女がイッたふりをする理由が理解できず、「女性の助手を雇うべき」と助言される。そこで病院の新たなスタッフ、元ナイトクラブの歌手であり二度の離婚歴があるバージニア・ジョンソンを秘書とする。こうして、マスターズとジョンソンによる研究がスタートする。
セックスを扱った映像作品は、前述した『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』のほか、『ナインハーフ』（1985年）、『アイズ ワイド シャット』（1999年）などいくつもあるが、本作の特徴の一つは、主人公らによるセックスが主題ではなく、彼らの研究にフォーカスしていること。白人と黒人の病棟が分けられ、女医がまだ珍しいという時代に、被験者に自慰をさせたり、ペアを組んで性交渉させて、その際の生理的反応を記録するという研究内容だ。もちろん周囲にはなかなか理解されず、特に副学長からは大反対に遭う。カンヌ国際映画祭でパルム・ドール（最高賞）に輝いた『セックスと嘘とビデオテープ』（1989年）にもセックスについて個人的にリサーチしている男性が登場するが、彼の場合は女性たちへのインタビューにとどまっていた。それでも公開された当時は大きな話題を呼んだのだから、さらに30年以上前に行われたセンセーショナルな研究がいかに物議を醸したかは想像するに難くない。
とはいえ、マスターズとジョンソンの姿勢は真剣そのもの。特に、10年以上前からこの研究が頭にあり、実行するために自らの地位を築いたマスターズの情熱は凄まじい。「セックスの研究は生命を探求することだ。立派な科学なんだ！」と懸命に訴えたり、大学に研究を禁じられても諦めない姿を見ていると、最初は周囲が言うように覗き趣味の変態にしか思えなかったのが、次第に応援したくなってしまうから不思議だ。そこは、作品が持つ巧みな人間描写やユーモアのセンスもさることながら、マスターズを演じる英国俳優マイケル・シーンの魅力も大きい。『アンダーワールド』シリーズのルシアン役や『クィーン』のトニー・ブレア首相役で彼のことを覚えている人も多いだろうが、本作では頑固で変わったところもありながら、患者を分け隔てなく気遣う名医を好演している。その一例が、彼が第1話でジョンソンに、女性にとってオーガズムとはどんなものなのかを聞くシーン。普通に考えればセクハラ以外の何物でもない質問だが、「素晴らしいもの」という返答を聞いた彼は、邪気のない笑顔を見せる。好奇心に満ちた、幼い少年のような素直な微笑みに、彼が純粋にこの問題に取り組んでいることが窺えるのだ。
本作はまた、研究を扱っているものの決して堅苦しい内容ではなく、医療ドラマや人間ドラマの要素も兼ね備えている。マスターズとジョンソンの絶妙な相棒関係をはじめ、マスターズと妻リジーの愛情、リジーとジョンソンの友情、ジョンソンと子どもたちの親子関係なども情感豊かに描かれる。
セックスとは人と人をつなぐ重要なコミュニケーションの一つだ。『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』や『アイズ ワイド シャット』といった他の作品も、セックスそのものが本題ではなく実際にはそれを通しての人間関係を描いている。愛し合ったり憎み合ったり、すれ違ったり浮気心を起こしたり...。そんな人と人との関わり合いに真摯に、知的に、そして挑戦的に向き合った"性の達人"こと『マスターズ・オブ・セックス』の魅力をぜひ味わってみてほしい。
■『マスターズ・オブ・セックス』放送情報
女性チャンネル♪LaLa TV 10月5日（火）23：00よりテレビ初放送！
＜再放送＞毎週木曜25：00～ ほか
番組公式サイトはこちら
Photo：『マスターズ・オブ・セックス』
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