『ブレイキング・バッド』のスピンオフは、コミカルながらディープな人間ドラマ!『ベター・コール・ソウル』

世界中を熱狂させた伝説のドラマ『ブレイキング・バッド』のスピンオフ作品として誕生した『ベター・コール・ソウル』。お調子者だが有能な悪徳弁護士として登場し、ハードモードな『ブレイキング・バッド』の中でも独特の存在感を放っていたソウル・グッドマンを主人公に、彼が『ブレイキング・バッド』に登場する以前の出来事が描かれていく。

世界で高く評価されている作品のスピンオフにはそれだけ大きな期待が寄せられるが、『ベター・コール・ソウル』はその期待値をはるかに上回る作品だ。『ブレイキング・バッド』のファンであれば、『ベター・コール・ソウル』のあちこちに散りばめられている目配せに思わずニヤりとし、主人公のソウルを筆頭に、マイクやガスといったおなじみのキャラクターの思いがけない過去の物語を興味深く追っていくことができるだろう。『ベター・コール・ソウル』の主人公は、ソウル・グッドマンになる前、まだ本名を名乗っている駆け出しの弁護士のジミー・マッギルだ。この6年の間にジミーがなぜソウルと名乗るようになり、悪徳弁護士となったのか、それは本作の最大のミステリーになる。とはいえ、『ブレイキング・バッド』を見ていない人にとっては、そうしたミステリーも意味をなさないだろう。スピンオフ作品にとって、人気シリーズの本家は強力なバックアップであると同時にハードルでもある。しかしそのハードルも『ベター・コール・ソウル』は巧みな構成によって鮮やかにクリアし、たとえ本家を見ていなくてもすんなりとドラマを楽しめる構成になっている。

 

ジミーがソウルとなる未来を知らずとも、何の問題もなくドラマの世界に入り込める。そのための工夫が、『ブレイキング・バッド』より6年前という設定と、さらにその先の未来を描いた冒頭のエピソードだ。ドラマの舞台を"過去"に設定することで、そこで描かれるのは本家には出てこないまっさらな物語にすることができる。その上で、本家よりもさらに未来のジミー(=ソウル)の姿を冒頭で提示することによって、"ジミーがどう変化していくのか"という本作のテーマを、『ブレイキング・バッド』を見ていない人でも楽しめるように構成しているのだ。

 

『ベター・コール・ソウル』はそのテイストも本家とは大きく異なり、よりコミカル、それでいてディープな人間ドラマになっている。主人公のジミーは、元々はケチなチンピラ詐欺師だったが、優秀な弁護士である兄チャックに窮地を救われて以来改心し、チャックの弁護士事務所の郵便係として働きながら(アメリカ領サモア大学の通信制で)弁護士資格を取ったという異色の経歴を持つ人物だ。そんな変わり種の弁護士であるジミーが、病のために家から出られなくなったチャックを支え、いつか大きなチャンスを手にすることを夢見ながら、国選弁護などの安い報酬の仕事に奔走している姿は成長物語としての魅力が詰まっている。だが、『ブレイキング・バッド』のスタッフとキャストが手掛ける作品だけあって、その過程は青春ドラマのような爽やかなものになるはずもなく、トラブルとピンチを持ち前の口の上手さで乗り越えていくジミーの姿が実に痛快だ。

 

異色の経歴を持つジミーを主人公にすることで、弁護士ドラマとしてもこれまでない魅力を持っているのも『ベター・コール・ソウル』の面白さだ。華やかに法廷で活躍するだけではない、弁護士稼業のリアルを見せつつ、その巧みな話術と頭の回転の速さ、そしてチンピラ時代の犯罪知識で時に弁護士の倫理の枠を飛び越えてしまうジミーの型破りさは新鮮だ。犯罪スレスレの行動はともかく、陪審員を納得させ、困った依頼人を説得し、敵方の弁護士や検事を相手にするためにも、弁護士にとって話術は大きな武器となる。たとえキャリアとしては三流でも、そういった意味では最強の武器を持っていると言えるジミーの弁論は、それだけで一大エンターテイメントになっているのだ。

 

優秀な兄に対するコンプレックスを抱え、誘惑に負けがちな脆さを持つジミーは欠陥だらけの人間だ。だが同時に、失敗を繰り返しながら何度でも這い上がる図太さ、小狡い割に弱者を放っておけない人の良さ、おしゃべりで鬱陶しいけれども、どこか憎めない愛嬌があり、なんだかんだで愛さずにはいられない。このジミーの個性が、周囲のキャラクターにも大きな影響を与えている。『ベター・コール・ソウル』の魅力は、その構成力だけでなく、人間を描ききるというしっかりとしたドラマ性にあると言えるだろう。

 

ジミーは優秀な兄チャックにコンプレックスを抱いているが、チャックもまた、お調子者でダメな弟であるはずのジミーに複雑な想いを抱いている。ジミーの元同僚でチャックの事務所で働く弁護士キムも、トラブルメーカーであるジミーを放っておけず、何度もキャリアの危機に陥りながらもジミーと離れられないでいる。本作では裁判所の駐車係として働いているマイクにしても、いつの間にかジミーとは弁護されたり、危ない仕事を引き受けるような仲になっていく。欠陥だらけだからこそ、ジミーは周囲に愛され、時に刺激し、彼らの人間性を引き出していく。ジミーを中心に巻き起こる幾多のトラブルをシニカルな笑いに包んで描きながら、キャラクターの深い人間性をも描き出し、それでいて暗い重さを感じさせない。それが『ベター・コール・ソウル』の凄みでもあるのだ。

Photo:『ベター・コール・ソウル』
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