2016年秋に全米で放送される前から大きな話題を集めた上、そのシーズンの新作ドラマとして最高の視聴率をマークし、シーズン2&3が同時更新され、放送1年目からのエミー賞やゴールデン・グローブ賞を受賞するなど、新作ドラマとして異例の快挙をいくつも達成しているヒューマンドラマ『THIS IS US/ディス・イズ・アス 36歳、これから』。DVDが好評リリース中の本作について、映画批評家の町山智浩さんに語ってもらった。20年以上アメリカに暮らす業界通の町山さんによれば、本作がブレイクした裏にはいろいろな要素があるそうで...?
(本記事はシーズン1のネタばれを含みますのでご注意ください)
――長年アメリカで暮らし、同国の文化や実態にお詳しい町山さんですが、『THIS IS US』にはどんな感想を持たれましたか?
今、アメリカでは、1年間で500シリーズくらいのドラマが作られています。ですから、ものすごく細分化されて辺縁化しているんですよ。例えば、いわゆるスーパーヒーローものだともうマニアしか観ない。『ゲーム・オブ・スローンズ』のようにカルトみたいになっているものもありますよね。一家全員がお茶の間に集まって、お父さんとお母さんと子どもたちがみんなで一つの番組を観る習慣がなくなってきているんです。ほとんどのドラマがテレビ以外のもの、パソコンやスマホで観られていて、テレビ自体を持っていない世帯も多い。そんな中で、地上波のドラマってかなり難しくなってきていますね。ですが、『THIS IS US』は地上波の存在価値をもう一度復活させた、みたいなところがあると思います。
――本作は、毎エピソードのようにサプライズの要素が含まれていることも話題を呼んでいます。町山さんが特に驚かれた展開はどれでしたか?
一番驚いたのは、ケヴィンが俳優になった動機ですね。学生時代はスポーツばかりやってて、芝居とかに興味なさそうだったので、なんで俳優になったのか不思議だったんですけど、(ソフィーのためだったと知って)すごく驚きました。
――本作は第1話のラスト、ジャックとランダルたちの関係性が明らかになるところが特に印象的ですが、町山さんだとご覧になっている最中になんとなく予想がついたりしたのでは?
いや、分かんないですよ(笑) 他のドラマでは、過激な展開を売りにしているものが多いんです。地上波でも、『スキャンダル 託された秘密』のショウランナー、ションダ・ライムズの制作会社、Shondalandのロゴはジェットコースターで、彼女はあっと驚く展開を次々やって引っ張ります。『スキャンダル』では死んだはずの母親が実は国際テロリストとしてずっと地下牢に入ってたとか、そんな設定なかったくせに、後から考えたでしょ!みたいな展開が多いんですよね(笑) アメリカのドラマって基本的に全体の構造が決まっていなくて、作っていくうちに人気のある方に傾けたり、出演者の都合に合わせてキャラクターを殺しちゃったりってことを平気でするんですね。日本みたいに最初から最終形まで見越して作り始めるということがほとんどないんです。有名な話でいうと、『ビバリーヒルズ高校白書』なんて途中で主人公が代わっちゃいますから。『LOST』では、これはJ・J・エイブラムスから直接聞いた話なんですけど、事態の真相を全く決めず、とりあえずビックリする設定だけ先に作って、あとはライターに投げちゃうという。『ツイン・ピークス』もそうですよね。
でも、『THIS IS US』はそういうことをしていないですよね。最初からある程度の話を作っておいて、その切り方でビックリさせていく。一つひとつを時間軸通りに見せていったらそれほどビックリするものではないんですけど、時間軸でなく日にちで切ってるんです。つまり、「誕生日」なら36年間の誕生日がフラッシュバックされるという形で、他にも「スーパーボウルの日」「バレンタインデー」「感謝祭」「クリスマス」などと日で切って30年以上の年月を振り返ってるんです。これだと、最初からその36年間を決めとかないといけないですよね。そうしないと撮影もできなかっただろうし。だから、すごく大変なことをやっているなと思いました。
おそらくですけど、2016年の映画『メッセージ』にヒントを得たんじゃないかと思うんです。『メッセージ』は要するに、主人公の思い出の中ではすべてがフラッシュバックして過去・現在・未来がシャッフルされる。特に『メッセージ』と通じると思ったのは第5話で、ケヴィンが「これが僕たちだ」とドラマのタイトルの意味について話すシーン。ランダルの子どもたちに自分が描いた絵を見せるシーンです。ランダルの子どもたちは、おじいちゃんがもうすぐ死んじゃうと聞いて、死のことが分からないから怖がるんですが、ケヴィンは、怖がることはない、僕たちは互いにつながっていて、過去・現在・未来みたいなものもなくて、心でつながっている以上、誰かが死ぬってことはないんだよ、生物学的に死ぬことはあっても、お互いの気持ちの中では死なないんだよ、と話します。それは『メッセージ』と同じことを言っているんです。両作の製作時期が同じくらいなので、(影響を受けたのかどうか)真偽のほどはよく分からないんですけど、『メッセージ』の原作はだいぶ前(1998年)に出ているので、その可能性はありますよね。あと、最近観たピクサーのアニメーション映画『リメンバー・ミー』も、誰かがその人のことを覚えている限り、人は死なないんだというテーマで、それもよく似ていると思いました。
ただ、本作は撮影とか大変だったと思いますよ。"ビッグ・スリー"が子役の頃からずっと撮ってって、全部撮影した後に編集でシャッフルしていく形なんで、普通の撮り方ではないですよね。アメリカのドラマは基本、順撮りですから。
――ということは、企画・製作総指揮・脚本を務めるダン・フォーゲルマンが最初にかなり緻密に計画を立てて作って...。
そうだと思います。この作品はシーズン1で一年分を大体描いているんですが、シーズン2ではすでに描いたものをもう一度ほじくり返す形でさらに掘り下げているんです。それも面白いなって。シーズン1でおおよそのイベントはやってしまったので、2回も3回もクリスマスを描くわけにいかないですよね(笑) そこで別のアプローチをしていて、それも面白いと思いました。
――町山さんと柳下毅一郎さんの"ファビュラス・バーカー・ボーイズ"としての談話が個人的に大好きなのですが、そうした目が厳しくてクセの強い作品がお好きなイメージのある町山さんが、『THIS IS US』について語られるというのは正直ちょっと意外でした。特にお気に入りのポイントはどこですか?
僕個人、36歳で子どもを作ったんで、(ジャックと)同じなんですよ。彼らも話していましたが、それ以上遅れると子どもを作りそこなっちゃうって問題があるわけですよね。あと、36年ぶりに父親と会ったってのも(ランダルと)同じなんです。会ったら、ガンの末期で死ぬ直前だったというのも同じなので。なので、個人的には非常に共感するところがありました。
――この作品が全米で始まった時、観た人たちが町山さんのように登場人物たちと同じような経験や思いをしていることもあって多くの共感を呼んで、それも人気に火をつけた一因らしいですが...。
いや、僕は、この作品がアメリカで話題になったのは、3人の男がイケメンでしょっちゅう裸になるからだと思いますよ。
――え~!?(笑) ちなみに、3人というと...。
ジャックとケヴィンとランダルです。全員ムキムキで、意味なく裸になるんですよ。
――あ、そうですね。意外にランダルも脱ぎますよね。
3人ともいい体なんですよ。アメリカのテレビや雑誌では、3人のうち誰がセクシーか?なんて企画もやってました。
――じゃあ、予告編の再生回数が記録的な数字を叩き出したといったことは...。
それもありますけど、アメリカではもうとにかく世代を超えて観られる番組がほとんどない状態になっていて、みんな年齢によって分断されていたんですよ。でもこの作品は、10代から60代まで幅広く観られて、みんなで一緒にテレビを観る習慣がよみがえったんですよ。子どももお年寄りも楽しめるという、昔は当たり前だったけれど今は誰もやらなくなったことを敢えてやっているんですよね。誰にでもウケるものを作ろうとしてなまってきちゃったからドラマってつまらなくなっちゃったんですけど、なら過激な尖った形でやろうと思ったらものすごく細分化されて500本にもなってしまったと。そこでもう一回元に戻そうということで、本作はうまく成功していると思いますよ。
――町山さんは作品や出演者・スタッフに関してよく面白い視点やエピソードを披露されていますよね。本作でもすでに裸がポイントだったといった情報を教えていただきましたが、ほかに耳寄り情報がありますか?
時々、有名人が本人役で出てくることですね。映画監督のロン・ハワードとか、コメディアンのセス・マイヤーズとか。あの辺は面白いです。
――シーズン2ではまさかのあの映画スターも登場しますしね。
そうですね。ケヴィンが俳優なので本物がちょこちょこ登場しますよね。あと会話の中に、実在の映画スターに関するギャグが入ったりするのも面白いです。
――そういった会話によって、その時代がいつなのかというのが伝わりますよね。
フットボールの話とかも実際のデータを使っていて、ピッツバーグ・スティーラーズが優勝した年がどうした、といったネタを入れてますよね。時事性を生かしてます。
――そんな本作には印象深い台詞が毎回のように飛び出しますが、町山さんにとって忘れられない台詞は?
ケヴィンの舞台での共演相手のオリヴィアにウィリアムが語る台詞ですね。オリヴィアは家庭環境があまり良くなかったようで、恋愛や人生に対して非常にシニカルなんですけど、そんな彼女にウィリアムが「時間は限りないと思ってるんだろうが違う。イキがるのはやめなさい。人生をつかみとるんだ。若くて、素早いうちに。君も気づかぬうちに年を取る。すると動きが遅くなり、つかむものもなくなる」と諭すんです。彼自身は結局それを逃して後悔したので、すごく実感がこもってるんですよね。
――感謝祭のシーンですよね。
ええ。でもそこでオリヴィアがどうなるか、っていう意外性も面白いですよ。
――ですよね。じゃあこれからオリヴィアは重要なキャラになるのかなと思っていたら、結構あっさりと消えてしまって...。
ケヴィンがオリヴィアのことを全然好きじゃなかったからなんですけどね。そういったところも面白いです。あと、アメリカでヒットした最も大きな理由は、お父さん(ジャック)がどうなっちゃったのかを明かさずに引っ張り続けるという、『LOST』や『ツイン・ピークス』のような引っ張りの要素を入れていることですよね。お父さんどうしたの、っていう。
――そうですね。本国アメリカではシーズン2でついにその部分が明かされたようですが...。
そうなんですよ。
――では最後に、本作をこれから初めて見る方、あるいはDVDであらためて見直す方に向けて、見どころを教えていただけますか?
普通の人たちの普通の人生の話、っていうと、超過激なドラマばかりになっている今だと刺激が少ないように映るんですけど、この作品には毎回毎回サプライズがあって、ミステリーにもなっていて、だから普通の人の人生もサプライズだし、平凡な人生なんてないし、予測はつかないということで、『ツイン・ピークス』や『ハウス・オブ・カード 野望の階段』と同じようなハラハラドキドキもあります。しかもほとんど毎回泣かせますね。それは『THIS IS US』にしかないです。
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町山智浩
『THIS IS US/ディス・イズ・アス 36歳、これから』
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