愛する夫を心臓発作で亡くしたウィルソン夫人には、悲しみに暮れている余裕などなかった。彼の死後、別の妻と家庭の存在が発覚したのだ。実話をベースにした衝撃の物語『Mrs. Wilson(原題)』は、11月下旬から英BBC Oneで放送中。
♦真の「ウィルソン夫人」は誰?
1963年のロンドン。昼食を作ろうと帰宅したアリソン・ウィルソン(ルース・ウィルソン)は夫に呼びかけるが、家のどこからも返事がない。二階の寝室で彼女は、冷たくなった夫アレック・ウィルソン(イアン・グレン)を発見する。秘密情報部「MI6」所属のスパイだった夫の命を奪ったのは心臓発作だった。
ほどなくしてアリソンは、グラディス(エリザベス・ライダー)と名乗る女の訪問を受ける。自分こそアレックの本当の妻だと主張するグラディス。実はアレックは二つの家庭を持ち、二重生活を送っていたのだ。事態を受け入れられないアリソンは、自分こそアレックの妻だという証拠を求め、公文書の偽造に手を染め、二人の息子にも嘘を語り始める。
しかし、夫の隠す秘密はこれだけではなかった。埋葬のため墓地を訪れたアリソンに、ある男が「アレックの妻か」と問いかける。アリソンがうなずくと、男は彼女をドロシーという女性だと誤認。そう、アレックには第三の妻がいたのだ。
♦実話ベースの巧みな脚本
実話をベースにした本作は、ドラマ性を高める巧妙な作劇術が光る。三重婚のヒントはストーリー内で巧みに提示されている、と英Telegraph紙は指摘。スパイ業の傍ら、小説家という表の顔を持っていたアレック。「タイプライターの前に座って物語を作り上げるのさ」と自らの仕事を語る。彼の言葉が必ずしも真実ではないというヒントを、さり気なく暗示するシーンだ。こうした伏線を経て、第1話のクライマックスでは三人目の妻ドロシーの存在が明かされる。あまりの衝撃に視聴者は負けを認めざるを得ないかもしれない。
BBCの公式サイトによると、脚本のアンナ・サイモンは元ジャーナリスト。脚本家としては一風変わった職歴だ。ドキュメンタリー作品の執筆を経て、ドラマの世界に足を踏み入れた。報道とドキュメンタリーのバックグラウンドがあるからこそ、2015年の夏に本作『Mrs. Wilson』の脚本家募集を目にした際、自分こそが適任だと確信できた、と彼女は本作との縁を振り返る。実際の執筆に当たっては、30年以上にわたる実話を検証するため、膨大な資料の一つひとつの信ぴょう性を吟味するところから着手したという。報道畑出身の彼女が手がける、事実とフィクションが融合したプロットに注目したい。
♦孫娘が祖母役に挑戦
主人公アリソンのモデルとなったのは、実在の同名の人物だ。実は本作で主演を張るルースは、その実際の孫娘に当たる。血縁関係にあるだけでなく演技の技量にも秀でる彼女は、凛としたルックスの内面に隠された情念と苦悩を画面上に表現。うっとりさせるような演技だ、とTelegraphは絶賛している。時をさらに20年ほど遡る1940年代のフラッシュバックのシーンでは、髪を下ろした若き日のアリソンとして登場し、また別の魅力的な一面を見せてくれる。
ルースについて英Independentは、非常に注目に値すると役者だと講評。1940年代の若き花嫁姿も、1960年に入ってからの寡婦としての出で立ちも、どちらも観る者の目を惹きつける。狼狽を誘う事態にも気丈な顔色を保っており、それが視聴者の悲しみと戸惑いを誘う。父親にまつわる不愉快な真実を息子たちにさえ隠さなければならず、その苦悩は察するに余りある。
愛する人の真の顔をその死後に知る『Mrs. Wilson』は、英BBC Oneで放送中。(海外ドラマNAVI)
Photo:ルース・ウィルソン
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