『パトリック・メルローズ』の悲劇版? 孤独な中年男、故郷で再起へ...『The Virtues』

人生の谷底にいる男が、再起をかけて故郷のアイルランドへ。5月中旬から英Channel 4で放送中の『The Virtues(原題)』は、現状を変えたいと足掻く主人公の苦しみが胸に迫るドラマだ。その設定は、幼い頃に受けた虐待の記憶から逃れようと酒とドラッグに溺れ豪遊する貴族青年を描いたドラマ『パトリック・メルローズ』とも近い。しかし、追い詰められた生活から来る悲壮なトーンが支配する、まったく違った味わいに仕上がっている。

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どん底の男、故郷で人生の再建へ

可愛い盛りの子と妻を離婚によって失い、孤独の身となったジョセフ(スティーブン・グレアム)。酒とドラッグに溺れる日々に終止符を打ち、長年引きずってきた過去の悪夢と向き合いたいと決心すると、幼少期を過ごしたアイルランド行きの船に乗り込む。

懐かしい土地に戻り、ほどなくして姉のアナ(ヘレン・ベーハン)と数十年越しの再会。アナは結婚しており、夫のミカエル(フランク・ラヴァーティ)とともに小さな建設会社を経営中。そこで働くことになったジョセフは、良くない噂の立つクレイギー(マーク・オハローラン)につきまとわれることで、幼少期の悪夢がよみがえる。

さらに、ミカエルの勝ち気な妹・ダイナ(ニアフ・アルガー)に恋をしたことで、アイルランドでの生活は複雑に。常に怒りに燃えるダイナとの関係構築は不可能にも思われたが、彼女には忘れ去りたい過去があることが判明。意外な形でジョセフは自身との共通項を見出す。

胸をえぐる夕食シーン

画面との間にまったく距離感を感じさせないドラマだ、と英Guardian紙は述べ、ストーリーテリングの自然さに驚きを見せる。本作『The Virtues』の冒頭では、愛する息子と元妻がオーストラリアへ移住するにあたり、お別れのディナーにジョセフが招かれる。元妻とその新しい夫が暮らす豪華な邸宅のなかで、みすぼらしい身なりのジョセフは息子に最大限の愛情を示そうと苦心。ジョセフ役のスティーブンは迫真の演技で、切なさに感情が崩壊寸前の父親を表現している。その技量はほとんど奇術の域で、あまりの痛ましさに涙なしには観られない、と表する。

悲劇の夕食シーンには、英The Time紙も注目。筋書きのあるドラマだということをまったく感じさせず、あたかもドキュメンタリーのような自然なシーンだ。そのなかに、信じられないほど痛ましい感情が込められている、と同紙。息子との今生の別れに、ジョセフの胸には悲しみがこみ上げる。まるで本物の別離の瞬間を影から覗き見ているようにすら感じる生々しいシーンに、胸を切り裂かれるような痛みが視聴者にも伝播する。

昨年の話題作を彷彿

トラウマを抱えアルコールに頼って生きるジョセフは、何とも痛ましい限り。質が高く真実味のある作品であり、その描写は直視に耐えないほど直球、とTimes紙は述べている。酔って床に倒れ込み吐瀉物にまみれるシーンなどは、惨めな生活をストレートに象徴。まるで安アパートに舞台を移した『パトリック・メルローズ』のようだ、と同メディアは例える。

一方、『パトリック・メルローズ』と同等のシーンがあるが、まったく異なるトーンで描かれている、とGuardian紙は指摘。同作では、ベネディクト・カンバーバッチ演じる主人公が、トラウマに悩みながらも破天荒な生活を謳歌している。本作『The Virtues』のジョセフは酒に頼る生活から抜け出したいと切望するが、過去のトラウマが彼の精神を内側からむしばんでゆく。シーンと言動の端々に、ジョセフの苦悩が宿ったシリーズだ。

追い詰められた男の物語『The Virtues』は、英Channel 4で放送中。(海外ドラマNAVI)

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スティーブン・グレアム©James Warren/Famous