「デンゼル・ワシントンの息子」以上の存在へ。30歳で俳優に転向した『TENET テネット』ジョン・デヴィッド・ワシントン

多くの映画ファンにとって、クリストファー・ノーラン監督の新作『TENET テネット』は、今年最も公開が待ち遠しかった作品の一つだろう。新型コロナウイルス(COVID-19)の影響により、他の作品同様に公開延期を余儀なくされ、何度も公開予定日が変更になった挙句、このほどようやくアメリカで封切られ、日本でも9月18日(金)より公開となる。この『TENET』に主演するジョン・デヴィッド・ワシントンのキャリアを紹介しよう。

■有名俳優を父に持ち、子役として出発も...

ジョン・デヴィッドの「デヴィッド」はミドルネームと思われがちだが、そうではなく、「ジョン・デヴィッド」がファーストネームだ。彼自身は、「ジョン」とだけ呼ばれるのは好きじゃないという。そんなジョン・デヴィッドの父は、おそらく現在黒人で最大のスターであるデンゼル・ワシントンだ。そのためジョン・デヴィッドはごく自然に映画界に足を踏み入れた。映画デビューは7歳の時、デンゼルが主演した1992年公開の『マルコムX』にて子役でデビュー。数年後、やはり父が主演した『青いドレスの女』にも出演している。

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俳優としてアカデミー賞に8度ノミネートされ、2度受賞した名優デンゼル。ジョン・デヴィッドは彼の4人の子どもの第一子にあたる

ジョン・デヴィッドは幼心にも自分の父が友人たちの父とは違うことには気づいており、そのことをはっきりと自覚したのは10歳か11歳の頃、家族にセキュリティがつくようになった時。その時、「父がセレブリティであることをはっきりと認識した」という。

父デンゼルは、演じているキャラクターを家庭に持ち込んだ。家で突然トランペットを吹き始めたり、髪を赤く染めたり、アラビア語を話すようになったりした。ニューヨークの街なかを親子で一緒に歩いていた時、デンゼルが突然シェイクスピアの「リチャード3世」のセリフをそらんじ始めたこともあったという。そして周りは常にジョン・デヴィッドをジョン・デヴィッドとしてではなく、デンゼルの息子としてしか見ていなかった。

実は映画『グローリー』での父のセリフを全部暗記するほど演技が好きだったジョン・デヴィッドだが、こうした出来事は物心のつき始めた彼にとって俳優という職業から距離を置く方向に作用した。そして高校時代、成長して自身の運動能力に目覚めると、アメリカン・フットボールに打ち込むようになる。黒人が多く通う私立のモアハウス大学でいくつかの記録を樹立し、親の七光りではなく自分自身の力で認められることに満足を感じたことから、フットボールの道に進むことを決心する。

■スポーツ選手としての人生は30歳前で終了

しかし、プロ・フットボール・リーグのNFL(National Football League)のドラフトでは指名されず、ドラフト外選手として2006年にセントルイス・ラムズに入団。その後、ヨーロッパでもプレーし、2009年に新フットボール・リーグのUFL(United Football League)のカリフォルニア・レッドウッズ(のちのサクラメント・マウンテンライオンズ)に指名され入団する。2012年まで同クラブでプレーするが、この年、新規リーグのUFLは業績不調で破綻。ジョン・デヴィッド自身もアキレス腱を切って選手生命を絶たれてしまう。29歳で無職となり再度親との同居を余儀なくされた彼は、沸々とやり場のない思いにとらわれていた。

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将来への指針がまったく見えず、教師になることを漠然と考えていた時、家族の友人であるエージェントから一本の電話がかかってくる。米HBOがプロ・フットボール界を舞台にしたコメディを考えており、興味はあるかというものだった。ジョン・デヴィッドはデンゼルには内緒で母のポーレッタ相手に演技を磨き、無事『Ballers/ボウラーズ』の役を射止める。歌手が本業ながら女優経験もあるポーレッタの演技指導はまったく容赦のないもので、ジョン・デヴィッドは「殺されるかと思った」とのちに回想している。なお、デンゼルに打ち明けたのは、数カ月に及んだオーディションに受かった後。「予想もしていなかったみたいだけど、お祝いの言葉を言って、サポートしてくれた」とジョン・デヴィッドは回想する。

2015年から5シーズン続いた『Ballers』は、元人気プロレスラーのハリウッドスター、ロックことドウェイン・ジョンソンが、引退したNFL選手に扮するコメディドラマだ。ドウェイン演じるスペンサーは現在ではNFLスター選手の資産管理をしており、ジョン・デヴィッド演じるリッキーはそのクライアントの一人。リーグを代表する選手だが問題児のリッキーはナイトクラブで揉め事を起こしてしまい、チームをクビになってしまう...というのがそもそもの発端だ。ジョン・デヴィッドが実際のフットボール選手であったことが大きく役作りに役立ったのは言うまでもない。

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ドウェインとともにシリーズ全話に出演した『Ballers』で認められたジョン・デヴィッドは、かつて自分のデビュー作『マルコムX』の監督だったスパイク・リーによる2018年公開の映画『ブラック・クランズマン』の主役に抜擢される。1970年代のコロラドで、白人至上主義秘密結社のKKK(クー・クラックス・クラン)に潜入捜査を試みた黒人刑事と白人ユダヤ人刑事のコンビを描くという、とんでもない実話を映像化した同作は、カンヌ映画祭でグランプリを獲得し、ジョン・デヴィッドもゴールデン・グローブ賞の主演男優賞をはじめ多くの賞にノミネートされた。そして今や押しも押されぬスターとなった彼は、製作費2億ドル(約211億円)の大作映画『TENET』の主役に起用された。もう彼をデンゼルの息子として見る者はいなかった。

■「回り道」が俳優としての糧に

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『TENET』でジョン・デヴィッドが扮するのは、未来から来た世界滅亡を企む億万長者を阻止しようとするシークレット・エージェントだ。元プロスポーツ選手で体力と運動神経には自信があるが、6カ月にわたり7カ国で行われた撮影は「タフだった」そう。高いところが苦手なのにビルの屋上からバンジージャンプしなければならなかった時は、「怖かった」と正直に告白している。撮影前に行った2カ月間のトレーニングによって「自分の身体についてこれまで知らなかったことを学べた」と語る彼は、さらに時間が逆行するストーリーに合わせて、ファイトシーンで逆回しに戦わされたり、セリフ回しで後ろから逆に読まされたりするなど、体力的にも演技的にも多くのものを要求された。しかし演出したノーランの「ジョン・デヴィッドの動きが人を魅了するんだ」という発言が、そのカリスマ性を的確に現している。

また、彼はスポーツマンならではの長所も備えている。「ハードワーカーで思慮深く、周囲のことを気遣える彼はこれまでに組んだ中でも特に素晴らしいコラボレーターの一人だ」とノーランに称賛される利他性は、チームスポーツの中で培われたものだ。「僕はチームワークの大切さを理解している。チームよりも重要な人なんていないんだ」

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そしてでき上がった『TENET』は唯一無二の作品になった。全米では2週連続ナンバー1に輝き、全世界での興行収入もすでに2億ドルを突破している。ジョン・デヴィッドによれば、父デンゼルは同作を見た後、「これまでの人生で最も強く僕を抱きしめて、"I love you"と言ってくれたよ。ちょっと陳腐に聞こえるだろうけどね」とのこと。俳優として本格的に活動し始めて約5年で急成長を遂げたジョン・デヴィッドから今後も目が離せない。

(文/生盛健)

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(2022年3月時点での情報です)

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