世界的に大ヒットした犯罪ドラマ『ブレイキング・バッド』は、高校教師ウォルター・ホワイトが「家族のため」に犯罪に手を染めていく物語だ。しかし、彼が本当に「家族のため」ではなく自分自身のために動き始めた瞬間がある。米Screenrantはその「決定的な場面」を取り上げている。
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ウォルトの二重性と変化
ブライアン・クランストン演じるウォルター・ホワイト(通称ウォルト)は、表向きは家族を養うためにメスを製造し始めるが、やがて裏社会で「ハイゼンベルク」という別人格を生きるようになる。物語が進むにつれて、この2つの人格の境界は曖昧になり、ウォルトは全く別人のように変貌していく。
『ブレイキング・バッド』の魅力は、この変化を決して単純な「善悪の転換点」だけで語らせない点にある。放送終了から10年以上経った今も語り継がれる人気作であり続けるのは、ストーリーに張り巡らされた数え切れない伏線や心理描写の深さがあるからだ。
「家族のため」ではなくなった瞬間
ウォルトが「家族のため」という大義を捨てたことをはっきり示すのは、シーズン2の第10話「ビジネスの引き際」にある。
この回では、彼の肺がんが治療によって良好な経過をたどっていると知らされる。しかしウォルトは素直に喜ぶことができず、むしろ苛立ちを隠せない。予後が良好で、犯罪からも足を洗えるはずなのに、彼の表情には不満がにじむ。
そして決定的なシーンが訪れる。駐車場で、ドラッグ製造の材料を買おうとする男たちを見つけたウォルトは、自分こそがこの街の「シマ」の支配者だと威嚇する。
このとき、ウォルトはすでに家族に残すだけの金は十分に稼いでおり、癌も回復傾向にあった。にもかかわらず、危険なドラッグ製造の世界をやめようとはしなかった。そこには「家族のため」という理由は、もうなかったのだ。
「誇り」と「支配欲」への渇望
シリーズ冒頭では、ウォルトは能力を埋もれさせた高校教師だった。ドラッグ製造という禁断のビジネスでこそ、彼は自分の知識や才能を最大限に発揮し、認められる実感を得る。それこそが彼にとって強烈な報酬だった。
「ビジネスの引き際」でのあのシーンがなければ、視聴者はウォルトが最初の動機から大きく逸脱していることに気づきにくかっただろう。それまでのウォルトは、あくまで「必要な金を稼いだら足を洗う」と見せかけていた。だが実際には、金銭的な目標を超え、自分のドラッグの品質への誇り、そしてアルバカーキの裏社会で築いた権力に執着するようになっていた。
このエピソード以前のウォルトは、罪悪感や恐怖に怯える神経質な男だった。しかし以降は、自信に満ち、冷酷にハイゼンベルクを演じるようになる。『ブレイキング・バッド』は、この移り変わりを一瞬の大転換ではなく、時間をかけて美しく、冷淡に描き切ったのだ。
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