普段何気なく映画やドラマを見ている時、馴染みのある顔が登場し、「また、この顔だ! この役者は一体何者?」と思うことがあるだろう。そんな俳優の一人が、今売れに売れている英国俳優スティーヴン・グレアムだ。
スティーヴン・グレアム 4つの魅力
スティーヴン・グレアムは1973年、英北西部リヴァプール近郊の生まれで現在50歳。幼少の頃から演技の才能を認められ、ロンドンのローズ・ブルフォード・カレッジで演技を学び、1990年から俳優としての活動をスタートした。妻である女優・プロデューサーのハンナ・ウォルターズ(英語の発音はハナに近い)とは、英ショービズ界のおしどり夫婦としても知られる。夫妻はカレッジ時代に出会い、2008年に結婚。娘グレイスと息子アルフィーがいる。
筆者がスティーヴン・グレアムを初めて知ったのは、2000年のガイ・リッチー監督による犯罪コメディ映画『スナッチ』だ。スティーヴンの役は、主人公ターキッシュ(ジェイソン・ステイサム)の相棒トミー。ターキッシュからいつもバカにされ、頼りないながらも頑張るトミー。イケメンとは言いがたいが、目力が強く個性的な面構えが印象に残った。以降、イギリス国内はもちろん、ハリウッドも含めて数々の映画やドラマに出演し、気がつくと「また彼が出ている」という状態に。そうした功績が認められ、2023年にはOBE(大英帝国勲章)も受勲している。スティーヴン・グレアムがこんなに引っ張りだこになる理由は何だろうか?
魅力①:芸達者で演技の幅が広くカリスマ性がある
彼の役柄はとてつもなく幅広い。キャリア初期は前述の『スナッチ』や出世作『THIS IS ENGLAND』など、クセのあるチンピラ風情が似合っていたが、2010年から5シーズンにわたって出演した米HBOの犯罪ドラマ『ボードウォーク・エンパイア 欲望の街』ではギャングのアル・カポネを演じた。近年は『ライン・オブ・デューティ』や『ホワイトハウス・ファームの惨劇~バンバー家殺人事件~』『Code 404(原題)』などで刑事役も多く演じており、彼がちらりと登場するだけで、その場の空気が変わるような存在感とカリスマ性に満ち溢れている。
魅力②:アクセント(訛り)の達人
『ギャング・オブ・ニューヨーク』や『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズ、『アイリッシュマン』『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』といったハリウッドの大作にも数多く出演するスティーヴンは、アクセント(訛り)の再現能力が非常に高いと言われる。英国、アイルランド、アメリカなど、各地の英語の訛りを完璧にこなし、イギリス人、アイルランド人、アメリカ人を演じることが可能なのだ。なお、彼自身はディスレクシア(難読症)を抱えているため、夫人が脚本を読み上げ、その役を引き受けるかどうかもアドバイスするという。
魅力③:英国ワーキングクラスの叩き上げ
近年は、『Time(原題)』『Help(原題)』など、労働者階級の社会的弱者を描いた英国の社会派ドラマに立て続けに出演している。彼自身も英北部のワーキングクラス出身で、母親はソーシャルワーカー、義父は修理工(のちに看護師)。父方の祖父はジャマイカ出身で、アフリカ系の血も流れている。名門大学で古典や演劇を学ぶ英国俳優が多い中で、彼の存在は異彩を放つ。実際、英国でワーキングクラス出身の俳優は10人に1人と言われる。GQ誌のインタビューで「アメリカに拠点を移すのは俺のタイプではない。俺の仕事、心と魂は英国にある。自分が野心的とは思わない。『ボードウォーク・エンパイア』に出演していた時、ファーストクラスのフライトに8回乗るよりも、エコノミークラスに50回乗ることにしたんだ。もっと頻繁に家に帰れるようにね」と答えているように、彼は地に足の着いたワーキングクラス・ヒーローなのだ。
魅力④:若手の育成にも力を注ぐ
スティーヴン・グレアムとハンナ・ウォルターズの夫妻は2020年に制作会社Matriarch Productionsを設立。彼が2021年に出演した映画『ボイリング・ポイント/沸騰』の続編となる英BBCのドラマ版には同社が関わり、夫妻が製作総指揮を手掛けている。同社はまた、英ショービズ界の多様性と包括性を目的に、若手のクリエイターや役者に雇用機会を与えるプロジェクトを行っている。その一つが、スタジオカナル傘下の制作会社Birdie Picturesと共同で立ち上げたコンペティション「Grass Routes」だ。これは、社会経済的に恵まれないバックグラウンドを持つワーキングクラス出身の脚本家がTV業界でキャリアをスタートすることを支援するもので、優勝者には賞金5000ポンド(約100万円)が贈られるほか、エージェントや業界での繋がりを得るためのサポートも得ることができる。
スティーヴン・グレアム出演作オススメ10選
それでは、スティーヴン・グレアムが出演した作品の中から、最近のドラマを中心にオススメの作品を紹介しよう。
『THIS IS ENGLAND』(2006年)
シェーン・メドウズ監督の青春映画で、スティーヴンの出世作。出所後に極右組織ナショナル・フロント(英国国民戦線)のメンバーになるコンボを演じる。英Channel 4で放送された続編ドラマ『This Is England '86』でも、ひそかに思いを寄せるロル(ヴィッキー・マクルア)をかばって無実の罪で刑務所に再び収監されるコンボを熱演。続いて『This Is England '88』『This Is England '90』にも出演している。
『ボードウォーク・エンパイア 欲望の街』(2010~2014年)
米HBO制作、マーティン・スコセッシ監督・製作。1920年代のアトランティックシティを舞台に、実在の政治家をモデルとしたイーノック・"ナッキー"・トンプソンの半生と組織犯罪の繁栄を描く。スティーヴンが演じるのは、禁酒法時代に成り上がった史上最も有名なシカゴのギャング、アル・カポネ。
『TABOO/タブー』(2017年)
『ピーキー ・ブラインダーズ』のスティーヴン・ナイトが脚本を執筆。父親チップ・ハーディとともに原案を手掛けた俳優トム・ハーディが主演する、BBCの歴史ドラマ。スティーヴンの役柄は、暗黒界で諜報活動をする謎の男アティカス。
『ライン・オブ・デューティ』(2019年)
『ボディガード -守るべきもの-』のジェド・マーキュリオ原案・脚本、英国警察内での不正を捜査する汚職特捜班を描いた人気の刑事ドラマ。スティーヴンはシーズン5に、犯罪組織に潜入して覆面捜査をするジョン・コーベット巡査部長役で登場。
『The Virtues(原題)』(2019年)
『THIS IS ENGLAND』シリーズのシェーン・メドウズが、『ダーク・マテリアルズ/黄金の羅針盤』のジャック・ソーンとともに脚本を執筆した、Channel 4の人間ドラマ。スティーヴン演じるジョセフは、元妻と息子がオーストラリアに移住した後、故郷アイルランドの町に戻り、虐待を受けていた過去と対峙する。
『Time(原題)』(2021年)
『司祭』のジミー・マクガヴァーン原案・脚本、刑務所を舞台にしたBBCのアンソロジーシリーズ。ショーン・ビーンとともにシーズン1に出演し。道義と家族の間で決断を迫られる看守のエリック・マクナリーを演じた。
『Help(原題)』(2021年)
ジャック・ソーン脚本、コロナ禍に見舞われたリヴァプールの老人ホームを舞台にしたChannel 4の社会派ドラマ。スティーヴンが演じるのは、若年性アルツハイマーを患うトニー。共演は、同じく労働者階級出身で『キリング・イヴ/Killing Eve』でブレイクしたジョディ・カマー。
『ボイリング・ポイント/沸騰』(2021年)
俳優出身で、スティーヴンと『Time』で共演したフィリップ・バランティーニが監督を務めた、ロンドンの高級レストランを舞台にした人間群像ドラマ。スティーヴンの役柄は、オーナーシェフのアンディ・ジョーンズ。もともとは2019年に制作された短編映画が元になっており、スティーヴンはオリジナルや2023年にBBCで放送された続編ドラマにも出演している。妻のハンナ・ウォルターズもパティシエのエミリー役で参加。
『ピーキー・ブラインダーズ』(2022年)
スティーヴン・ナイト原案・脚本、キリアン・マーフィ主演により、第一次世界大戦後のバーミンガムを舞台に犯罪ギャングを描いたドラマ。スティーヴンはシーズン6でリヴァプールの労働組合メンバー、ヘイデン・スタグスを演じた。
『Bodies/ボディーズ』(2023年)
グラフィックノベルを映像化したNetflixの犯罪ミステリードラマ。別々の時代の刑事がロンドンの同じ路上で発見された死体をめぐる謎に挑むうちに、ある陰謀が明らかになる。スティーヴンが演じるのは、事件の鍵を握る政治的指導者のエライアス・マニックス。彼の圧倒的な存在感と安定の演技力で良質のミステリーに磨きがかかっている。
個人的に「スティーヴン・グレアム作品にハズレなし」と思うほどに、彼の出演作は粒ぞろいだ。感動のヒューマンドラマや社会派ドラマも数多く、何度も彼の演技に泣かされた。この機会にスティーヴン・グレアム出演作をぜひ楽しんでいただきたい。
(名取由恵/Yoshie Natori)
Photo:スティーヴン・グレアム © AWAIS BUTT/FAMOUS/© James Warren/Famous/『ボードウォーク・エンパイア 欲望の街』© 2015 Home Box Office, Inc. All rights reserved. HBO® and all related programs are the property of Home Box Office, Inc./『ホワイトハウス・ファームの惨劇~バンバー家殺人事件~』© New Pictures and all3media international./Netflixオリジナルシリーズ『Bodies/ボディーズ』独占配信中/スティーヴン・グレアム&ハンナ・ウォルターズ © James Warren/Famous