2016年に全米公開され、第89回アカデミー賞で最多6部門を受賞した『ラ・ラ・ランド』に続き、人類初の月面着陸に成功したアポロ11号船長ニール・アームストロングの人生を描く、2月8日(金)より全国公開となる最新作『ファースト・マン』。人類が初めて月面着陸してから50年という記念すべき年に公開される本作で再タッグを組んだ、デイミアン・チャゼル監督とライアン・ゴズリングが共に来日。大人気ドラマ『ザ・クラウン』のエリザベス2世役でエミー賞主演女優賞(ドラマ部門)を獲得したクレア・フォイをパートナーに迎え、リアリティ溢れる"夫婦像"を表現したライアンが、舞台裏のエピソードを交えながら、本作に込めた思いを語った。
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――あなたを通して、ニール・アームストロング船長の人生をとてもリアルに追体験することができました。実在の人物だけに役づくりは大変だったのではないでしょうか?
ニールさんは、感情を表に出さないタイプで、特に自分自身のことを語らないことで有名だったので、実像を客観的に捉えるためには、彼の身近にいた方々に話を聞くことが最善策だと考えました。撮影前、運良くニールさんと実際に関わられていた家族や友人、共にミッションに挑んでいた同僚の方々に直接お会いするチャンスをいただいたのですが、皆さんとても協力的で、どんな質問にも真摯に答えていただいたので、それが一番の手助けになりましたね。
――クレアが演じた奥様のジャネットさんにもお会いできたそうですね。
残念ながら、奥様は映画の公開前に亡くなられたのですが(2018年6月21日、84歳で死去)、生前にお会いできたことはすごく大きかったですね。二人の息子さん、それからニールさんの生家があるオハイオ州まで訪ねていって、実妹のジューンさんにもお会いすることができ、昔の思い出話をたっぷり聞くことができたので、役作りにとても役立ちました。
――本作は、ニール・アームストロング船長の心情を丁寧に描くと同時に、壮絶な訓練や宇宙飛行シーンもリアルに描かれていました。現場は肉体的にもかなり過酷だったのでは?
肉体的に厳しいシーンというのは、それほどなかったですね。ニールさんは、もともと熟練した航空宇宙エンジニアで、1960年代に行われた多数の飛行テストに参加していた根っからの技術屋さん。原作を書かれたジェイムズ・R・ハンセンさんも、技術者としての側面にとても興味があったことからニールさんと意気投合した経緯もあるので、まず、エンジニアとしての専門知識を自分の中に叩き込むことから始めました。当時の未熟な技術の中で、どのようにミッションを成し遂げたのか、そういうところも忠実に再現するためには、ニールさんをできる限り理解すること、その上でないと演じることができないと判断したからです。強いて挙げれば、そこが一番大変でしたね。
――『きみに読む物語』では家具作りを学び、『ラ・ラ・ランド』では3ヶ月でピアノをマスターし、本作では航空宇宙技術の知識を叩き込んだ。役を演じるたびにどんどんマルチになっていきますね(笑)
確かにそうですね(笑)。ただ、今回の体験を通して、自分にもし宇宙へ行けるチャンスがあったとしても、とんでもなくひどい宇宙飛行士になると確信しました。知識、体力、精神力、全てにおいて追いつけない世界なので、改めてニールさんの偉大さを実感しましたね。
――本作で、あなたが掲げた"キッチンと月"というスローガン。「壮大な宇宙と何気ない普段の生活は、かけ離れているようで実は人生の中でつながっている」という考え方に共感しました。あなた自身もそういう感覚の生き方をされているのでしょうか? 例えば"キッチンとハリウッド"みたいな。
世の中、全ての人にそれぞれの"現実"があると思います。私の場合、自分の私生活とのつながりよりも、演じる役柄の中にある"2面性"に対して、とても惹かれるところはありますね。例えば、『The Believer(原題)』(2001年)ではユダヤ人でありながらネオナチであったり、『ハーフネルソン』(2006年)では教師という堅い職業に就きながら実は麻薬中毒者だったり、『ラースと、その彼女』(2007年)では一見、ノーマルで優しそうな青年ですが等身大のラブドールに恋をしていたり...そう言った2つの現実を抱えながら、その狭間でなんとか自分の中で両立し保っていこうと奮闘している人たちにすごく興味があるんです。
――『セッション』『ラ・ラ・ランド』のあとだけに、今回、チャゼル監督がこの題材を選んだことに多くの映画ファンが驚いていると思います。あなたから見た表現者としてチャゼル監督の"核"にあるものはなんだと思いますか?
3本の映画を通して明確に言えることは、何かの高みを目指す、あるいは目標を達成する過程の中で、「人はどれだけの代償を払わなければならないのか」という視点ですね。それは、当事者だけでなく、家族であったり、友人であったり、周りの人間にも犠牲を強いる。そこまでしてまでも夢を追うべきなのか...そういうところに彼は興味を持っていると思うんです。さらに興味深いのは、デイミアン自身がそういう人なので、彼が追っているテーマとまさにリンクしているところ。「これは絶対に無理だ」という題材をあえて選び、周りを巻き込み、リスクを背負い、映画というものを築き上げているところがありますよね。
――今回で2度目のタッグとなりますが、チャゼル監督とはどんな関係性を築けましたか?
『ラ・ラ・ランド』を一緒に作ったことで、深い絆と言いますか、信頼関係がしっかりできていたので、すごく楽しくて、やりやすかったですね。お互いに阿吽(あうん)の呼吸で、多くを語らずとも意思疎通ができるということもあり、役者と監督というより、コラボレーターとして「一緒に作品を作っていくんだ」という志(こころざし)を持てたことが良かったと思います。
――親しい関係になれたからこそ、逆にイラッとするところは?(笑)
どんなに重圧がかかっても、周りがドタバタしていても、デイミアンは常にクールで、取り乱した様子を絶対に見せない。その姿を見ているとちょっとイラッとしましたね(笑)。だから、デイミアンと仕事をするときは、冷静沈着な部分で負けたくない!という意識があるので、彼が毅然とした態度でいたら、私も高ぶる感情を抑えて対抗しています。
――『ザ・クラウン』の英国女王・エリザベス2世役で日本でも高く評価されているクレアとの共演はいかがでしたか?
皆さんご存知のように女王様ですから(笑)。私も共演する前から大ファンでした。その場で何かを感じると、即興演技もどんどん採り入れてくる。打てば響く、本当に素晴らしい表現者だと思います。
――本当の夫婦にしか見えなかったですね。少し辛口ですが、ニールさんを力強く支える妻をリアルに演じていました。
今回はとても特殊な撮影方法を取りました。テストパイロット時代、エドワーズ空軍基地に任務していた時のアームストロング家を丸ごと再現し、本撮影が始まる2〜3週間前から、カメラリハーサルという名のもとに、子ども役の子役とクレアさんと実際に"暮らす"というシミュレーションを行ったんです。ずっとカメラを回しっぱなしにして、素の自分を感じながら過ごしている姿を映像に収めていったのですが、本編にもいくつかそのショットが使われています。そういった期間があったので、撮影初日からお互いのキャラクターを発見し合いながら、二人のリアルな夫婦関係を築くことができたと思います。
――前人未到の快挙を成し遂げた英雄の"真"の姿を追体験することができて、本当に感動しました。最後に、あなたがこれまでのキャリアの中で感じた最高の"到達点"を教えて下さい。
そもそも私は、子ども向けチャンネルで子役としてスタートし、そのイメージがずっとつきまとっていたのですが、初主演作『The Believer』で初めてシリアスな演技に挑戦し、本格的に俳優を目指すことを心に決めました。そういった意味では、到達点、というよりもターニングポイントになった作品ですね。本当はジーン・ワイルダーなど往年のコメディ俳優がとても好きなんですが、自分はそういう俳優にはなれない、そういう作品には向いていない、ということを早くから理解していたので、たぶん、このようなキャリアになったと思います。
――そうなんですね!あなたが主演するコメディ映画、ぜひ観てみたいです!
ジーン・ワイルダーのようにはできないと思うけど...OK、もしチャンスが回ってきたら挑戦してみます!(笑)
一方、本作でニールの献身的な妻と子どもたちの母ジャネットに扮したのは、英国女王エリザベス2世の治世を描く『ザ・クラウン』で、若き日のエリザベル女王を演じたクレア。本作の演技でゴールデングローブ賞助演女優賞にノミネートされた彼女はオフィシャルインタビューで相手役ライアンについて次のように語っている。
「ニールは他人に愛想をふりまく人じゃなかった。気まずい沈黙が流れても気にしないの。でも彼を演じるライアンは優しくて思いやりがある人よ。ニールは任務だけに集中していたから、不可能と言われる偉業を達成できたんだろうけど...。ニールに対して怒るシーンは難しかったわ。ライアンがいい人すぎるからよ」
また、自身が演じたジャネットとライアン扮するニール、それぞれのキャラクタ―については、「ニールという人を正しく理解するには彼をとりまく人々に関する理解も必要よ。この夫妻は大きな不幸に見舞われ、立ち直れないほどのつらさを味わった。でもニールはその悲劇を乗り越えることで心を決めたんだと思うの。物語はジャネットの深い悲しみも追うけれど、その悲劇がニールに与えた変化を主に描いているわ」と分析する。
続けて「ジャネットとニールの性格は正反対よ。ジャネットは社交的な女性でいつも大勢に囲まれていたの。人をもてなすのが好きだったというより誰にでも心を開くタイプだった。友人に誠実で決して裏切ったりしないの。わざとらしい友情の押し付けなどはしないけど、誰かが自分を必要としていると感じたら1000キロ先からでも駆けつけるような女性よ。ニールも内向的な人ではなかったけれど、いつも頭の中が仕事のことでいっぱいだから社交的にふるまう余裕がなかった。ジャネットはそんな彼の代わりに面倒なことを全部引き受けていたのよ」と、遥か遠くを見上げる夫の足元を見守り支え続けた妻の心情を理解していたと話し、彼女の揺れる心と覚悟を演じきったクレア。
実在したニールとジャネットという人物を二人が劇中でどのように映し出すのか、ライアンとクレアの渾身の演技に期待が高まる。圧倒的な緊迫感と共に描かれる映画『ファースト・マン』は、東宝東和配給にて2019年2月8日(金)全国ロードショー。
(取材・文:坂田正樹)
(撮影:奥野和彦)
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映画『ファースト・マン』
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