日本時間の2月10日(月)8:30よりWOWOWプライムにて生中継される、第92回アカデミー賞授賞式。同レッドカーペット・レポーターを長年務めたほか、ハリウッドでいくつもの映画・ドラマに出演してきた尾崎英二郎さんのコラムを前後編の2回に分けてお届けします!(※注意:このコラムの文中のキャラクターの名称や、監督名・俳優名などは、原語または米語の発音に近いカタカナ表記で書かせて頂き、敬称も略しています)
それでは本年一番の見どころ、《作品賞》の行方を見極めていきたいと思います。
12月にナショナル・ボード・オブ・レビューの作品賞で賞レースの口火を切った『アイリッシュマン』は、デ・ニーロ、パチーノ、ペシらの円熟味あふれる演技が堪能できる珠玉の作品。クリティックス・チョイス賞、ゴールデン・グローブ賞(ミュージカルorコメディ部門)で作品賞を獲得した『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』も、レオナルド・ディカプリオ演じるかつてスターだった俳優の悲哀あふれる大御所の佇まいが見事で、ブラッドとのW主演的な配役が話題となった群像劇でした。しかし俳優組合賞の大本命となってもおかしくなかったこの2本が同賞の最高賞である最優秀キャスト・アンサンブル賞を逃したということは、作品トータルの採点・勢いとして一歩及ばないことを示しています。
『アイリッシュマン』(ストリーミング配信映画)は尺の長さもあって、全国の劇場で広く観られる環境ではなかったことも理由かもしれません。『ワンス~』はアカデミーが好む作風としては"コメディ寄り"であるのでやや不利。ブルース・リー(1960年代当時の比類なき武道家、映画スター、哲学者)の描写にはファンや本人を知る映画人からの反発も多く、またクエンティン・タランティーノ監督による女性キャラクターの扱いにも賛否の分かれる面があったことなどから、全方向からの支持を受けにくかったとも言えるでしょう。
では、作品賞の栄冠にはどれが輝くのか? 今年は2本に絞られます。
1本は、韓国映画でありながら北米市場で異例のヒットを続け、外国勢として史上初めて前述の俳優組合賞の最高賞を獲得した、二つの境遇の異なる家族が絡み合う『パラサイト 半地下の家族』。そしてもう1本は、名匠サム・メンデスが祖父から聞いた第一次大戦の体験談に着眼した、二人の伝令係の姿を描く『1917 命をかけた伝令』。
『パラサイト』はカンヌ映画祭パルム・ドール(最高賞)に輝いただけでなく、2019年度の米国の批評家賞の多数を制するという、ある意味"現象"と呼べるほどの支持を得ています。対する『1917』は、オスカー獲得に最も近いと言われる全米製作者組合賞の作品賞、そして監督組合賞も獲得しており、どちらも今最も"momentum"があります。クリティックス・チョイス賞の監督賞は、両作のポン・ジュノとサム・メンデスが同数票獲得となり、そろって受賞しました。
非常に面白い接戦!! 両作品に共通するのは、「驚異的に周到な準備による賜物である」という点。
『パラサイト』を予備知識なしで観ると、登場する家屋(富裕家族の豪邸と、半地下の臭うような住居)とその周囲の貧困街の一角はロケ地に実在すると思うはず。ところが、これらは監督の意図を隅々まで具現化したセット。これには唸りました。汚しの巧さや小道具の配置によって生まれる生活感、画としての美的なセンスの良さには感嘆するしかありません。
『パラサイト』は映画作りの手法のすべてが最も洗練された形で詰められたような、いわば映画の教科書のような作品です。まず脚本ありき。序盤から、観客が展開を予想できない面白さで誘い込み、コメディかと思えば、人間を描いた社会派ドラマでもあり、事件性のあるスリラーかホラーのようでもある、1ジャンルに収まらない物語。その脚本にバッチリと合った、名優ソン・ガンホらによる演技の一体感や小気味良さも癖になります。そして"作品の第二の主役"とも言える見事な家屋セット、ロケ地で、階段や坂やカメラアングルを駆使し、「高低、上下、尊大さと小ささ」で階級格差を、言葉による説明でなく視覚で感じさせた撮影は秀逸。その画を心地良いリズムと推進力でまとめ上げた編集の妙とキレ味にも非の打ち所がありません。映画作りに対するプライドと自負心が強いハリウッドの業界人が強く支持するのも納得の出来映えです。
『1917』は、メンデス監督曰く「準備が通常の映画の5倍」という一本。"One single shot(ワンカット)"で撮られた作品として認知されており、正確には"One continuous shot(連続して見えるワンカット)"で語られるべき物語を、上映時間「1時間59分」の始まりから終わりまで、戦地でリアルタイムで今まさに起きているように撮って仕上げた映画です。
驚くべきはその作り方。通常はロケ地、あるいはセットが建設された後、そこに俳優らが呼ばれてリハーサルが行われ、撮影本番に臨むのですが、『1917』は真逆を選択しました。
伝令役を演じる二人の俳優(『はじまりへの旅』のジョージ・マッケイと『ゲーム・オブ・スローンズ』のディーン=チャールズ・チャップマン)が絶えず前進していくことが物語の軸です。俳優の会話や動きにかかる"芝居の時間(分数)"が、セットやロケ地で進む距離に対し、短くても長すぎても映像に収まらなくなります。
そのため、まず演技のリハーサルを入念に繰り返して移動距離を測り、その距離に合わせてセットを設計。そこで起こる演技から逆算し、セットも、カメラワークも、撮影時の照明も、プランを検証した上で組み立てていったのです。
『1917』チームが成し遂げた偉業は、"One continuous shot"が本当にすべて続いているようにしか見えないこと。長回しの手法を使った映画はたくさんありますが、大抵の場合、カメラワークにどうしても無理が生じ、流れていく映像の所々の蛇足的なギミックを観る側は感じ取ってしまいます。しかしこの映画にはそうした「作為的な仕掛け」を感じることがありません。カメラが俳優の動きや目線、そして観客の意識の先へと自然に、絶妙なタイミングでシンクロしていくため、しばらくするとそれが「ずっと連なるワンショット」であることを忘れてしまいます。
一つのロングショットを成功させるだけでも至難の業なのに、『1917』では最大で9分間もカメラを回し続けたショットをいくつもつなぎ合わせました。そのつなぎ目が判らないようにするための努力は計り知れません。天候を一定に保つために「天気待ち」を強いられ、限られた時間と闘いながら、要所要所で身が縮み上がるようなサプライズや仕掛けをここぞ!というタイミングで起こし(その規模には唖然!!)、さらにその上で1フレーム1フレームを息を呑むほどに美しく撮ろうという試みは、おそらく史上類のないことでしょう。命が奪われるかもしれない戦いの最前線の物語でありながら、目が釘付けになる芸術品とも呼べる戦争映画を僕は見たことがありません。『007 スカイフォール』や『ブレードランナー2049』のあの映像を作り上げた撮影監督ロジャー・ディーキンズだからこそできた、2つ目のオスカーが確実視される出色の仕事です。
長回しのためにリハーサルを入念に繰り返すと、やがて俳優がそのシーンに慣れ、演技の口調やテンポや仕草が(悪い意味で)振り付けられたように陥ってしまうことがありますが、『1917』ではフレッシュな若手俳優二人が全力で演じていることもあり、最初から最後まで生々しい緊迫感が維持されています。戦場で一緒に進んでいるかのような臨場感が止まりません。恐怖、痛み、危機、不条理さ、迫力といったものすべてが流れの中で起きているように降りかかってくるのです。この演出には脱帽です。
『パラサイト』がポン・ジュノが培ってきた既存の映画的な技と知とセンスを極めた結晶だとすれば、『1917』は名匠メンデスとディーキンズらの未知への冒険と挑戦の道のりの完遂です。
アカデミーの存在目的は、映画の歴史と、映画が生まれる環境を豊かに維持しつつ、未来に向けて映画人と芸術と科学が前進することにあります。もし今年アカデミー会員たちが、「(英語字幕で観る)外国語映画にも目を向け、人種の多様性も拡大させる」ということを意識して投票するならば、昨年『ROMA/ローマ』が起こせなかった変革を『パラサイト』が成し遂げる可能性は十分にあります。もし会員たちが、『1917』が試みた「物語を伝えるための野心的な発想と、さらに高いレベルの映像作りへのアプローチ」を評価するならば、同作が栄冠を手にするでしょう。
僕はこの2作品の受賞結果を次のように予想します。
●国際長編映画賞(旧外国語映画賞):『パラサイト』(これは鉄板!)
●編集賞:『パラサイト』
●オリジナル脚本賞:『パラサイト』ポン・ジュノ、ハン・チンウォン
●美術賞:作り込まれた土地の圧倒的な規模とセット数を考慮すると『1917』
(※但し『パラサイト』が受賞してもおかしくはないです)
●撮影賞:『1917』ロジャー・ディーキンズ(これも鉄板!)
●監督賞:『1917』サム・メンデス
●作品賞:『1917』
もし『パラサイト』が上記のように複数部門で受賞すれば、外国勢としては最大級の評価。作品賞を獲得すれば歴史的快挙です。『1917』の完成度はそれだけですでに映画界における功績ですが、アカデミー会員たちはこの凄まじい献身と革新的な手法を無視することはできないでしょう。なので僕は作品賞に輝くのはこの作品だと予想します。
さぁ、アカデミー賞授賞式の本番は日本時間の2月10日! 今年は現地レッドカーペットからの中継をリポーターとして河北麻友子さん、そしてスペシャルゲストの中島健人さん(Sexy Zone)が担当します。お二人があの最高峰の会場の興奮をいっぱいに届けてくれると思います。どうか皆さん、応援してください!!
昨年に引き続き授賞式の司会者がいない今年も数多くのプレゼンターたちが登場するレッドカーペットは例年以上に豪華になるはず。生中継の臨場感を是非お楽しみください。
第92回アカデミー賞授賞式は、WOWOWプライムにて2月10日(月)8:30より生中継(二カ国語版)。同日21:00から字幕版が放送となる。
公式サイトはこちら
Photo:
アカデミー賞のパネル
(C)NYZ17/FAMOUS
『パラサイト 半地下の家族』
© 2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED.
『1917 命をかけた伝令』
© 2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
アカデミー賞授賞式メンバー