なぜ米国業界はTVドラマ製作に巨費を投じ続けることが可能なのか!?

ハリウッド発のTVドラマの「質」が映画並み、いや、作品によっては注ぎ込まれている「制作費の額」と「内容の充実度」が映画を越える、と言われるのが当たり前になった時代...。

地上波のドラマの"一話平均"の制作費が約3億円、一般ケーブル局なら約2億円、シリーズの大ヒットを狙って勝負を賭ける初回パイロット版(第1話)はトップクリエーターが手がけるものなら5億~10億円の作品がざらにある。今から10年前に、新たな群像劇のスタイルで視聴者を惹き込んだ『LOST』は、2時間構成のパイロット版に約14億円(当時)を注いだと伝えられている(※この額は、有料のプレミアムケーブル局であるHBOなどの、潤沢な投資ができる作品の予算にも劣らないほどだ)。

スターの出演料も制作費のうちの大きな割合を占めるが、海外ドラマブームの火付け役となった『24 -TWENTY FOUR-』を牽引したキーファー・サザーランドは、人気のピーク時の契約ではなんと3シーズンで40億円という報酬を得ている。1エピソードあたり5000万円以上を稼ぎ出し、TV界で最も高い収入を手にするスターの一人となったキーファーは、その後の『TOUCH/タッチ』のような新たな挑戦作品(2012年)でも一話につき2000万円以上でサインしているというから驚きだ。

それだけではない。大人気のシットコムでも、今では懐かしい『フレンズ』のキャストが絶頂期には1エピソードで各自約1億円を超えてしまったというのは有名な話で、『チャーリー・シーンのハーバー☆ボーイズ』の主演チャーリーは、最高時には1エピソードで1億7000万円前後の出演料だったとメディアは伝えている(※ここまでギャラが膨れ上がるのは稀ではあるが)。

こんなケタ外れな額の制作費を注ぎ込み、なおかつ利益をあげることが一体なぜ可能なのだろうか?

ハリウッドの作品の売れる市場が世界規模だから? もちろん市場が世界まで拡大されていることは大きい。しかし意外と知られていない確固たる理由(システム)が、しっかりと存在するのだ。

米国のTVチャンネルは実に多い。いわゆる地上波のキー局は4大ネットワークが有名だが、これに(ベーシックとプレミアムがある)ケーブルネットワークやCSやBS、ローカルのネットワークなどを加えると、一つの地域で見られる局数だけでも数百あり、全国に存在するチャンネル数なら1000を超えるとも言われている。TVビジネスの仕組みや成り立ちを詳細まで語ると切りがないので、このコラムでは最も特徴的な市場システムについて、ザッと簡単に語ってみたいと思う。

これだけ多くのチャンネル(や局)が存在するということは、放送する番組コンテンツが当然の如く必要となる。しかし、すべての局が独自に番組を制作する力を持っているわけではない...という部分は日本と変わらない。

日本では「放送網」や「全国ネット」という言葉をよく耳にする。日本の地方のローカルTV局の多くは、地元で制作しているローカルニュースや情報番組以外の時間帯の編成を、東京キー局の"系列"ネットワークとして東京キー局が制作したコンテンツ(つまり、ドラマ/スポーツ/音楽やバラエティ/ドキュメントといった一般的《全国的》娯楽番組の大部分)で埋めて放送している。おそらくこれが基本ラインだろう。

最もわかり易い、日本との顕著な違いは?といえば、アメリカのTV業界は、この"系列"ネットがそれほど力を持たないのである。100%無いのかといえば、4大ネットワーク等の加盟局や提携局も存在するので語弊があるが、独立したローカル局やケーブル局が数多く存在し、"系列"に縛られない自由な番組購入や編成が可能になっている。

アメリカには、【シンジケーション(syndication)市場】という、独自の成り立ちの、TV番組の売買の市場がある。

ドラマを作っている制作会社(制作プロダクション)は、メジャーなネットワークに企画を持ち込み、予算確保と制作のゴーサインが出れば、その局で放送することができるが、スピルバーグやJ・J・エイブラムスが率いるような大手の会社の企画なら案件が通りやすくても、中小の制作会社やクリエーターたちにとっては、1メジャー放送局に絞り込んで交渉し、ゴーサインを得るのは容易な話ではない。シンジケーション市場では、制作会社が全国の各ネットワークに向けて作り上げた番組の「初放送権」を広く売ることができるのはもちろんのこと、すでに一度どこかのネットワークで放送し終えた番組の「再放送権」も、あらためて取引することができる。このシステムが画期的なのは、1制作会社が初めから複数のネットワークを相手に番組販売を試みることができること。もしくは、一つのネットワークで一度大ヒットした番組を、提携局や独立局、ローカル局に、何度でも繰り返し売り、放送することができるということだ。

具体例を挙げればもっとわかり易い。2011年に僕が出演した回の『ママと恋に落ちるまで』の再放送を、先日TVで録画して見ていた。よく見ると、この番組を再放送していたのは"FX"というケーブル局だった。FXといえば、『アメリカン・ホラー・ストーリー』や『FARGO/ファーゴ』といった人気のオリジナル作品を放送しているチャンネルだ。もともとCBSで放送されていた人気コンテンツの『ママと恋に落ちるまで』が、"系列"のような垣根もなく、他局で普通に再放送されているのである。これはまったく特例でもなんでもなく、『24』だろうが、『デクスター ~警察官は殺人鬼』だろうが、『CSI:科学捜査班』だろうが、『ビッグバン★セオリー~ギークなボクらの恋愛法則』だろうが、あらゆる番組が複数の局で繰り返し再放送されているのがアメリカのTV市場の特色なのだ。

この市場システムによって製作者やクリエーターが何を得るかといえば、それは"ビッグビジネスの機会!!"に他ならない。

パイロット版(第1話)に巨費を投じ、最初の放送権の販売時には全額を回収できずに赤字を覚悟で作るとしても、シーズン(22話~24話)の初放送後には、シンジケーション市場を通じて他局に売れる。国内の多数の局に、何度でも再放送権を売り、そこで利益を回収することができるのだ。ずっと売り続けていくために、クリエーターたちがそれだけの価値のある出来映えにこだわっていくという、良きサイクルも生まれる。

アメリカのドラマ制作に投資が集まり、最初から驚くような巨額な資金を注ぎ込むことができるのは、単に世界市場を相手にしているからではない、という事実がお解り頂けるだろう。

この【シンジケーション市場】というシステムは、昔、TV産業の成長によって、その煽りを食らった映画界が衰退しつつあった時期に、映画産業が中心となってドラマ番組を制作を担い、コンテンツの"売り手"であり続けることで、TV業界だけが寡占的に成長するのを防ぐために法的に生まれた市場システムなのだそうだ。この仕組みを生んだ法律はのちに不要となって無くなったが、合理的な市場システムだけは残ったのだという。

そしてこの体制の中、米国業界全体が発展・拡大する上で最も重要なポイントと言えるのは、《番組の著作権》を放送局ではなく製作会社の製作者/クリエーター/プロデューサーらが保持できることだ。彼らは、大きな投資のリスクを負って番組を創り上げ、市場に評価されさえすれば、米国内のTV局で初放送し、他の局で何度も再放送し、さらに放送権を海外市場に売りに出し、DVDやブルーレイを発売して、莫大な利益を得ることができる。

好例として、ヒット番組の『Glee/グリー』では番組の放送権料に留まらず、番組から曲がCD化されたりダウンロードで販売できたり、コンサートも開催されたほか、そのライヴの模様が映画化までされている。さらに数々のグッズ売り上げもあるわけだ。これらの全ビジネスから得た利益が番組のクリエーターや製作チーム(脚本家、俳優陣、スタッフを含む)に還元されるため、彼らはその利益を次のシーズン、次の新プロジェクトにさらに大胆に投資できるのである。

つい最近、その『Glee』は100エピソード目を迎えて話題になったが、ハリウッドの業界誌では、よくテレビ番組の100話目を称える広告が掲載される。その称賛も、単に100回を節目として祝っているわけではないらしい。どんなドラマもしくはリアリティー番組であっても、人気を維持し、打ち切りにならずに《100話超え》を迎えたということは、(1シーズンを22~24話の構成として)5シーズン目に突入したということだ。そしてそこがいわゆる「ヒット番組」の目標ラインなのだという。

100話以上のまとまったコンテンツが揃えば、シンジケーション市場に格段に売り易くなるそうだ。再放送の編成は、毎日(月~金の5日間)続けて放送するケースも多いし、30分のシットコムなら2話まとめて1時間枠として放送されることもある。ドラマなら数シーズン分をまとめて一気に見せるマラソン放送も可能になる。様々な編成が組めるという意味でも、まとまった話数があることは有利なのだ。

"長期化(複数シーズン化)できる"ドラマのフォームが発展し続ける「今」があるのは、そういう土台となる【市場】を、長年にわたり形成してきたからだと言えるだろう。長期フォームは、Netflixなどのオンラインでの再配信でも息の長いファンを得られる決め手となるし、ディスクとしても"全シーズンをBOXで再販する"といったビジネスも展開できたりと、放送面以外の収益のチャンスが増すことは想像に難くない。

ドラマ番組が「商品」として、国中のネットワークに浸透していくこのシステムは本当によく出来ていると感心させられる。もちろん単純に、番組に出演した俳優にとっても、自分が演じたエピソードが1局に限らず、いろいろなチャンネルで放送されるのはありがたいことでもある。

しかし、何よりこのシステムの意義が大きいのは、シンジケーション市場があり、ビッグビジネスの機会があるからこそ、クリエーターや製作陣はその市場で売れることを念頭に置いて、番組の構想に時間をかけ、最高のスタッフを揃え、未知の魅力を持つキャストを発掘し、脚本を練りに練る体制を組めることだ。そしてその体制が、長い年月にわたり、視聴者を驚かせ、感動させ、満足させ得る可能性を、世の中に提供してくれているということだろう。