英国俳優File #1:『モーリス』から『英国スキャンダル』まで。人間臭い役ならおまかせのヒュー・グラント

ヒュー・グラントと聞くと、『フォー・ウェディング』『ノッティングヒルの恋人』といった1990年代のロマンティックコメディ作品の主人公としての姿が思い浮かぶ人は多いだろう。あの頃の彼は、ハンサムで優しいけれどちょっと気弱で、素敵な女性から好かれても肝心なところでなかなか踏み出せないというキャラクターを演じさせると天下一品だった。しかし、2000年初めに『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズや『アバウト・ア・ボーイ』で女性を利用する、いい加減なダメ男に扮したのが大きな転機となり、近年は『パディントン2』のような悪役にも挑戦している。

そんな彼が2018年に出演したのが、実話を元にしたミニシリーズ『英国スキャンダル~セックスと陰謀のソープ事件』。同作では、38歳にして自由党の党首となり、同性愛の関係にあった元恋人ノーマン・スコットの殺害計画を立てたとされるジェレミー・ソープに扮している。2014年に死去したソープは、生前の彼を知る人から「虫も殺せないほど優しい人間」と言われたかと思えば、別の人には「モンスター」と表現されるように評価が二分する人物だが、ヒューは独自のユーモアを用いてソープの人間性を描き出す。

社会的地位のあるソープがなぜ犯罪に走ったのかを理解するには、当時のイギリスを知らなければならない。英国で同性愛が合法化されるのは今からおよそ半世紀前の1967年。つまり、ソープがノーマンと密かに交際していた1960年代前半、二人の関係は違法であり、それが明るみに出ればソープの政治キャリアが終わるのは明白だった。英国の同性愛者への扱いがいかに厳しかったかは、文豪のオスカー・ワイルド、天才数学者のアラン・チューリングといった人々であっても、それを理由に社会的に抹殺されたことからも分かるだろう。

そのように追い込まれる中で徐々にモンスターとしての顔を表していくソープだが、ある男性と恋に落ちるもそれを隠そうとする姿は、ヒューがヴェネツィア映画祭の男優賞を受賞した1987年の映画『モーリス』で演じたクライブを彷彿とさせる。20世紀初頭、ケンブリッジ大学でクライブはモーリスと出会い、互いに惹かれ合うものの、政界進出という野心を持つクライブは彼との関係を隠して妻を迎える。その後モーリスは別の男性と出会ってクライブとは完全に別れることになるが、一歩違えばモーリスとクライブはノーマンとソープのように対立し合うようになっていたかもしれない。

1960年生まれのヒューは、ソープがノーマンの件で裁判にかけられた時に18歳。「まるで(風刺ドラマの)『モンティ・パイソン』のようで、とても現実とは思えなかった」と語る彼は多感な時期にこの出来事を目撃したわけだ。のちにオックスフォード大学へ進学と、ソープのいた社会を肌で知るヒューは、自らも性的スキャンダルに見舞われたことがある。人気絶頂だった1995年、ロサンゼルスの路上に停めた車の中で売春婦と一緒のところを見つかり逮捕されたのだ。それまでの清廉潔白な役柄のイメージもあってこの逮捕劇は当時かなり大きく取り上げられたが、本人は潔く過ちを犯したことを認めた。そんなヒューはソープについて、「自分の性的志向を明らかにできず、自由に愛することができないのは悲劇だ」と理解を示す。

勇気をうまく出せなかったり、女性と真剣に付き合う気がなかったり、愛する妻をついつい甘やかしてしまったり、自分の築き上げたものを失うのが怖かったりと、ヒューが演じる役は人間味にあふれた等身大のキャラクターであることが多い。それは彼自身の人間臭さが自然に染み出していることもあるのだろう。だからこそ、たとえ悪役でも嫌いになり切れない、どこか共感したり応援したくなってしまう魅力を持っているのだ。

■ヒュー・グラントのプロフィール
1960年9月9日 英ロンドン生まれ

■役柄イメージ
シャイで優しい英国紳士、口が悪く自分勝手なダメ男

■主な出演作
舞台:
『ウィンダミア卿夫人の扇』
『ハムレット』
『コリオレイナス』

ドラマ:
『英国スキャンダル~セックスと陰謀のソープ事件』(2018)
『W1A(原題)』(2017)
『Performance(原題)』(1991~1993)

映画:
『パディントン2』(2017)
『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』(2016)
『コードネーム U.N.C.L.E.』(2015)
『Re:LIFE~リライフ~』(2014)
『クラウド アトラス』(2012)
『噂のモーガン夫妻』(2009)
『ラブソングができるまで』(2007)
『ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月』(2004)
『ラブ・アクチュアリー』(2003)
『トゥー・ウィークス・ノーティス』(2002)
『アバウト・ア・ボーイ』(2002)
『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001)
『おいしい生活』(2000)
『ノッティングヒルの恋人』(1999)
『ボディ・バンク』(1996)
『恋の闇 愛の光』(1995)
『いつか晴れた日に』(1995)
『ウェールズの山』(1995)
『9か月』(1995)
『フォー・ウェディング』(1994)
『日の名残り』(1993)
『幻の城/バイロンとシェリー』(1988)
『モーリス』(1987)
『オックスフォード・ラヴ』(1982)

■私生活
・父親はアーティストで母親は教師

・女優のエリザベス・ハーレイと1987年~2000年に交際していた

・2004年~2007年はTVプロデューサーのジェミマ・カーンと交際

・2011年、元恋人のティンガン・ホンが女児を出産して51歳にして初めて父親に。その後、一時復縁したティンガンとの間に2013年にも息子が誕生している

・TVプロデューサーのアナ・エベルスタインと2018年に結婚し、独身生活にお別れ。彼女との間には2012年、2015年、2018年に生まれた3人の子どもがいる

■トリビア
・俳優になる前、ロンドンのサッカークラブ、フルアムでグラウンドキーパー(ピッチ管理者)のアシスタントとして勤務。その後もサポーターとして応援している

・ゴルフ好きで、他にはクリケット、フットボール、テニスなどをたしなむ。見るのが好きなのは女子テニス

・元恋人のエリザベス・ハーレイとは別れた後もいい友人で、お互いがのちに別の相手ともうけた子どもたちのゴッドファーザー/マザーを務めている

・トーマス・ブロディ=サングスター(『メイズ・ランナー』『ゲーム・オブ・スローンズ』)は親戚。二人とも『ラブ・アクチュアリー』(2003)に出演しているが、共演シーンはなかった

・『ハリー・ポッターと秘密の部屋』(2002年)でギルデロイ・ロックハートを演じるはずだったがスケジュールの都合で降りることに(役は結局、ケネス・ブラナーのものに)

・フランス語を流暢に操る

・子ども時代に習っていたピアノの先生は、ミュージカル界の大物アンドリュー・ロイド・ウェーバーの母親

・好きな映画は『最後の突撃』『ズール戦争』『パーティ』

・『ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月』でのコリン・ファースとのケンカのシーンは、カッコ良く見せたくなかったのでスタントコーディネーターの指導抜きで撮影した

Photo:ヒュー・グラント
(C)FAM008/FAMOUS