英国俳優File #2:真実を追い求めるカメレオン俳優、ベン・ウィショー

アカデミー賞主演男優賞を唯一3度受賞したダニエル・デイ=ルイス(『マイ・レフトフット』『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』『リンカーン』)をはじめ、英国出身の名優は多いが、若手世代でその演技力を称賛される一人がベン・ウィショーだ。映画、テレビ、舞台で活躍して国際エミー賞や英国アカデミー賞、ローレンス・オリヴィエ賞といった賞を獲得。大河ファンタジー『ゲーム・オブ・スローンズ』のジョン・スノウ役で知られるキット・ハリントンが俳優を志したきっかけは、2004年の舞台『ハムレット』でベンの演技を見たことだった。当時のベンは英国を代表する演出家、トレヴァー・ナンによる舞台で難役として知られるハムレットを23歳の若さで演じきり、高い評価を集めていたのだ。

そんなベンが舞台以外のファンに一躍知られるようになったのは、ベストセラー小説を映画化した2006年の映画『パフューム ある人殺しの物語』。『ハムレット』の演技を観たトム・ティクヴァ監督に抜擢され、ある香りに取り憑かれ、少女たちを殺してその身体から抽出した香りで究極の香水を作ろうとする主人公を怪演してみせた。その際には共演者でアカデミー賞主演男優賞に2度輝いたダスティン・ホフマン(『クレイマー、クレイマー』『レインマン』)にも演技を称賛された。また、2012年からは大ヒットシリーズ『007』でジェームズ・ボンドを支えるQ役に起用されている。

線の細いベンは一見、普通の若者だが、その風貌のままで演技力によって浮浪者から国王、世界的アーティスト、実在の作家、熱意あふれるジャーナリストまで、実に様々な役を演じ分ける。子どもの頃は非常にシャイで、目立たないよう周囲に溶け込むのが常だったという経験が、カメレオン俳優の誕生につながったのかもしれない。

カメレオン俳優、つまり自己を消して様々な役になりきるというのは、ベンが意識的に行っていることだ。ウィリアム・シェイクスピアが自らの作り上げた数多のキャラクターから自分の影を消し去っていたことを引き合いに出し、「俳優としての自分もそれを目指している」と語る。彼にとって演技の魅力とは「他者が作り出したストーリーの中でキャラクターを演じることで、自身が守られていること」なのだ。英国俳優には珍しくないが、ベンも私生活については極力語らず、俳優としての自分とは切り離したい意向を示している。

そのように公私両方で自己を消す一方、彼がこれまでに演じてきたキャラクターの多くは面白いことに、秘められた、もしくは失われた一種の真実を追い求める。『パフューム』ではかつて魅せられた香りを、『THE HOUR 裏切りのニュース』では冷戦下でのジャーナリズムのあるべき姿を、『ロンドン・スパイ』では不審な死を遂げた恋人の正体を、『英国スキャンダル~セックスと陰謀のソープ事件』では庶民に生まれついた自身の権利を、ひたむきに追い、手に入れようとする。自らの存在を認めてほしいという願望の現れとも言えるそうした姿勢が、彼にとってのハマリ役につながっているのだ。

特に『英国スキャンダル』でのノーマンとして、ベンは何度も自らの存在をアピールする。同性愛が禁じられていた時代だったため密かに交際していた政治家ジェレミー・ソープと別れた後、ちょっとしたことから就職もままならない状況に陥ったノーマンは、ソープが自分との関係に蓋をして生きていこうとするのとは逆に、二人の関係を周囲に訴え、誰かから黙るよう脅されると、その声をいっそう強める。ノーマンへの謀殺容疑で裁判にかけられたソープが、無罪になったとはいえスキャンダルで政治家人生を終えた一方、声なき者という立場を脱して自分の存在が認められたノーマンはある意味で勝者なのだ。

ベン自身、ノーマンのように存在感を放ち続けている。幼い頃から自然と身に着けたその天性の演技力で、今後もドラマ、映画、舞台で幅広く活躍していくことだろう。

■ベン・ウィショーのプロフィール
1980年10月14日 英ベッドフォードシャー州クリフトン生まれ

■役柄イメージ
内向的で偏執的な役、神経質で口達者な役

■主な出演作
舞台:
『ジュリアス・シーザー』(2018)
『クルーシブル』(2016)
『Peter & Alice(原題)』(2013)
『かもめ』(2006)
『ハムレット』(2004)

ドラマ:
『英国スキャンダル~セックスと陰謀のソープ事件』(2018)
『ロンドン・スパイ』(2015)
『ホロウ・クラウン/嘆きの王冠』(2012)
『THE HOUR 裏切りのニュース』(2011~2012)
『Criminal Justice(原題)』(2008~2009)

映画:
『メリー・ポピンズ リターンズ』(2018)
『パディントン2』(2017)
『王様のためのホログラム』(2016)
『リリーのすべて』(2015)
『ロブスター』(2015)
『白鯨との闘い』(2015)
『007 スペクター』(2015)
『パディントン』(2014)
『ゼロの未来』(2013)
『クラウド アトラス』(2012)
『007 スカイフォール』(2012)
『テンペスト』(2010)
『ブライト・スター ~いちばん美しい恋の詩~』(2009)
『アイム・ノット・ゼア』(2007)
『パフューム ある人殺しの物語』(2006)
『ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男』(2005)
『レイヤー・ケーキ』(2004)

■私生活
・父はIT、母は化粧品関係の仕事を持つ。ジェームズという二卵双生児の兄弟がいる

・2009年の映画『ブライト・スター ~いちばん美しい恋の詩~』で出会った作曲家マーク・ブラッドショウと2012年に結婚

■トリビア
・多くの名優を輩出してきた王立演劇学校(RADA)の卒業生

・趣味は音楽、ダンス、旅行、読書、絵

・テクノロジーが苦手で、PCを持っていない

・好きな俳優はジェームズ・スチュアート、好きな映画はスチュワート主演の『めまい』

・仲の良い俳優仲間は、『情愛と友情』の共演者マシュー・グード

・『007』シリーズで6代目ジェームズ・ボンドを演じるダニエル・クレイグとは、同シリーズ以外に、『レイヤー・ケーキ』『Jの悲劇』『ザ・トレンチ 塹壕』でも共演している

・俳優でなければなりたかったのは、画家か彫刻家

Photo:ベン・ウィショー
(C)PAULINE FRENCHFAMOUS