ドラマに息を吹き込むシネマトグラフィーって何?これを知ればさらに楽しめる!

映画やドラマを見て「展開がすごい!」「演技がうまい!」「音楽が合っている!」と思いながら作品を楽しむ人は多いだろう。だが「撮影・映像に惹かれる」という見方で鑑賞する人はどれくらいいるだろうか。

今回は、アカデミー賞やエミー賞の部門にもあるシネマトグラフィー(撮影)について、今までとは違う視点で海外ドラマを満喫できるよう、いくつかのヒット作品を例にとってお話ししていきたい。

最速で絶え間なく動くカメラ!『マーベラス・ミセス・メイゼル』

1950年代後半のニューヨークが舞台の本作は、高級住宅街のアッパーウエストサイドに住むセレブ主婦のミッジが主人公。何不自由ない暮らしをしてきた彼女が、あることをきっかけにコメディエンヌとして人生を歩む姿をユーモアたっぷりに描いた作品だ。

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同作でまず目を引くのは、ミッジ(レイチェル・ブロズナハン)のお洒落で色鮮やかな衣装だろう。たとえ彼女と似た色を着ている人がいてもミッジが際立って見えるのは、他の人は彼女より目立たないような工夫がされているからだという。エキストラも含めた背景をグレーや茶色の暗めの色で設定したり、時にはミッジの衣装を実際よりビビッドに見せるためカラー照明を使用して撮影しているそうだ。

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また、クリエイターのエイミー・シャーマン=パラディーノから、「舞台となる時代が古いからといって、セピア風にするのはダメだし、かといってモダンすぎるのもNG」と指示があったそう。その要望通り、本作の映像は、鮮やかで古めかしくはないのにどこかノスタルジックな世界感を醸し出している。

そんな絶妙な色調だけでなく、常にカメラが動きまくっているのも本作の特徴。分かりやすいのは、シーズン2第1話「シモーヌ」の冒頭。電話交換室で働くミッジが、同僚のヘルプをするため車輪付きの椅子で軽やかに席を移動していくシーンだ。

テンポも良く、ミッジの頭の回転の速さを表現しているような場面だが、この撮影のクルーは大変だったはず。できるだけ速いスピードで前へ後へと動くカメラは、働く女性たちの顔や腕の隙間を抜けていっており、よくよく考えると"どうやって撮影したのだろう"と不思議になる。

実際は、狭いセットの中で、スピードを計算し、ミュージカルの振り付けとも言えるような細かく正確な動きのリハーサルを重ねて、カメラを宙に飛ばして椅子に乗ったミッジを追いかけていたそうだ。その手腕が評価され、2019年のエミー賞撮影賞を手にしている。

部屋の空気まで伝える自然光と俳優どアップの連続!『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』

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環境汚染などにより少子化が極端に進んだ世界ギリアドで、健康な子どもを産める数少ない女性は子孫繁栄の道具とされてしまう衝撃作『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』。そのストーリーやキャストの熱演はもちろん、シーズン2から撮影を担当する新鋭、ゾーイ・ホワイトの女性目線の撮影も話題となっている。

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暗めの赤や青を基調に作られているが、フラッシュバックのシーンになると鮮やかな色にあふれた私たちが生きる世界に早変わりする本作。スクリーン全体の色調と明るさで、ギリアドと現代社会を分けているようだ。

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別の見どころとして挙げられるのが、自然の光、つまり太陽光を見事に利用しているシーンの多さ。絶望にうなだれる中で窓から差し込むまぶしい日差し、キャラクターの後ろで後光のように輝く光。重苦しいシーンでもわずかに希望があることを、太陽光を使ってうまく表現している。

一方で照明に関しても工夫されており、同じ邸宅の同じ部屋でも、その時々のキャラクターの心情に合わせて照明を細かく変えているという。例えばウォーターフォード夫妻の寝室も、夫婦間がうまくいっている時とそうでない時では、 二人の関係が視聴者に伝わるよう照明で変化をつけている。同じ部屋でも、暖かそうな日もあれば、冷え切った空気に包まれている日もあるとのことで、見比べてみると面白いかもしれない。

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そしてなんと言っても本作の特徴は、俳優のどアップの連続だろう。自由に発言できないキャラクターたちが中心のため、背景は常にぼかしてワイドレンズで撮影することが多いという。

例えば、シーズン3第1話「夜」の最後。床掃除をするジューン(エリザベス・モス)がある報告を受けた時の眼球の動きや口角の微妙な変化がどアップでフォーカスされることで、セリフがなくともキャラクターの感情がガンガン伝わってくる。

流行りのザラザラ加工も!『ロシアン・ドール:謎のタイムループ』

36歳になったナディア(ナターシャ・リオン)は、誕生日パーティ当日に死んでしまう。だが死んだ後で不思議なことによみがえり、気づくと誕生日パーティ会場のバスルームにいる時点に戻ることに。何度その日をやり直しても、なぜか最後には必ず死んでしまい同じ夜を何度も何度も繰り返すというコメディ・ミステリー。

2019年のエミー賞を受賞した本作のシネマトグラファーは、舞台であるニューヨークの魅力を知り尽くしているニューヨーカーのクリス・ティーグ。低予算ながら、アーティストが多く住む刺激的なイーストヴィレッジをメインに、街灯やビルの明かりをうまく利用している。

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例えば、ナディアが飼い猫を探してさまようトンプキンス・スクエア・パークのシーン。この公園の街灯は、日本の古いトンネルでも使用されているオレンジ色の道路照明、ナトリウムランプだ。辺り一帯をオレンジ色に染めるあの街灯こそが、寒空の夜のシーンにどこか暖かみのある映像を生み出している。あれが白熱灯だったら、かなり印象が違っていただろう。

また、 時折登場する仰々しいくらいのど派手なネオンや、水槽の青いライトといった人工的な光が、SF世界のような異次元空間を感じさせ、同じ日を何度も繰り返すという超常現象的な本作の魅力を表現している。

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また、Netflixオリジナル作品は4K視聴対応のため、『ロシアン・ドール』は4K以上の8K、ISO感度1600で撮影したという。そうすることによって、Instagramなどでおなじみの「ザラザラ加工」のように、ノイズがいい具合に映像の質感を出し、少しレトロ調の雰囲気を加えることができたそうだ。

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同じ日を延々と繰り返す作品といえば、1993年にビル・マーレイが主演した映画『恋はデジャ・ブ』が有名だ。出張先のホテルで目が覚めるたびに同じ一日が繰り返されるため、ついには自殺まで試みるがそれでも同じようにベッドで目覚めるという主人公の苦悩をコメディタッチに描いた作品だが、その主人公と違って『ロシアン・ドール』のナディアは死を経験するごとに大きく変化を遂げていくため、同じバスルームに戻ってきてもカメラワークや背景など細いところを毎回変化させていく撮影手法にしたそうだ。あえてカメラ視点を変えることで、同じ日を繰り返していても、ナディアにとっては「同じ日」ではないことを意図的に強調している、というわけ。

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「映像美」という言葉では表現しきれないほど奥の深いシネマトグラフィー。私たちが意識しないほど細やかな工夫や技術、たゆまぬ努力があってこそ、知らぬ間に視聴者はその世界観にどっぷりとハマっているのかもしれない。

(文:Erina Austen)

Photo:Amazonオリジナルドラマ『マーベラス・ミセス・メイゼル』 『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』© 2019 MGM Television Entertainment Inc. and Relentless Productions LLC. All Rights Reserved.
Netflixオリジナルドラマ『ロシアン・ドール:謎のタイムループ』