今の社会を映し出す一風変わった英国ミステリー『刑事シンクレア シャーウッドの事件』

2023年にBBC Studiosとコンテンツ契約を締結し、同局のドラマを数多く擁するLemino。同プラットフォームで配信されている英BBCの犯罪ミステリードラマ『刑事シンクレア シャーウッドの事件』についてご紹介しよう。

イギリスの根深い社会問題に光を当てる

刑事シンクレア シャーウッドの事件

本国イギリスで2022年6月13日から放送されるとすぐさま大きな反響が起こり、最終回の放送日である同月28日にはシーズン2への更新が決まった本作が描くのは、ノッティンガムシャーのとある炭鉱集落で起きた二つの殺人事件。1980年代に炭鉱のストライキをめぐって住民同士が激しく対立した同地では、およそ30年が経った今でもその因縁が燻り続けていた。地元出身の警視正イアン・シンクレア率いる捜査が進むにつれ、住民の間に渦巻く過去の因縁と古傷が浮き彫りになっていく…。

刑事シンクレア シャーウッドの事件

主人公の警視正イアン・シンクレアを演じるのはデヴィッド・モリッシー。『ウォーキング・デッド』のヴィラン、総督役で知られる彼が、真面目だがトラウマを抱える不器用な男を演じている。共演は、『ザ・クラウン』のレスリー・マンヴィル、『華麗なるペテン師たち』のロバート・グレニスター、『Utopia -ユートピア-』のアディール・アクタル、『ダウントン・アビー』のジョアンヌ・フロガットなど。『名探偵ポワロ』のジャップ警部役で知られるフィリップ・ジャクソン(これまで150本以上の映画・ドラマに出ている名脇役!)が、出番は多くないもののクセの強い役で存在感を発揮している。

刑事シンクレア シャーウッドの事件

刑事シンクレア シャーウッドの事件

本作の特徴の一つが、同地で実際に起きた殺人事件をモチーフにしていることだ。2004年、ノッティンガムシャーで立て続けに二つの殺人事件が発生した。まずは62歳の元炭鉱労働者が近所のパブから帰る際にクロウボウと日本刀によって殺され、その11日後には結婚したばかりの23歳の女性が撃ち殺された。これらの事件の犯人は同一人物ではないが、そろってシャーウッドの森林地帯に逃げ込み、警察による大規模な捜索が行われた。その逃亡劇のくだりも本編に反映されている。

刑事シンクレア シャーウッドの事件

実際の事件をモチーフにしているからか、これらの殺人事件の犯人や動機はシンプルで、誰がなぜ殺したのかに関する推理の必要はほとんどない。しかし、住民として溶け込んでいる警察のスパイの正体、炭鉱のストを発端とする根深い対立、過去のトラウマとの対峙といった要素が盛り込まれている。

炭鉱というテーマは、イギリスの労働者階級が主人公の作品でたびたび取り上げられてきた。『リトル・ダンサー』『ブラス!』といった映画で描かれ、「チャタレイ夫人の恋人」で知られる作家D・H・ロレンスも父親が炭鉱労働者だったことから、炭鉱の村を舞台にした作品を残している。

刑事シンクレア シャーウッドの事件

本作の脚本家であるジェームズ・グレアムはこの作品の舞台であるノッティンガムシャーの出身で、「自分が育ったコミュニティの声になりたい」と考えている。「社会の断絶についてのテーマを掘り下げたい。そのうちいくつかは今でも続いている」と話す彼のことを、主演のデヴィッドは「今の社会を映し出す能力がある」と称賛。その言葉を証明するように、グレアムは本作でBAFTA賞(英アカデミー賞)候補になったほか、イギリスのEU離脱を描いた『ブレグジット EU離脱』でエミー賞にノミネートされている。また、テレビや映画、舞台における貢献を評価されて大英帝国勲章(オフィサー)も授与された実力派だ。

グレアムが作品を通じて社会を映し出す背景には、イギリスの歪な状況も関係しているようだ。今年5月に発表された調査結果によれば、同国の映画・テレビ・ラジオ界で働く人のうち労働者階級に属する人はわずか8%。国民のおよそ半数が自身を労働者階級だと考えているというデータと照らし合わせてみると、いかに少ない割合かがイメージできるのではないだろうか。過去10年で最低の数値と言われるこの調査結果を受けて、グレアムはより多くの労働者階級が働けるようにすべきだと訴えている。労働者階級の世界を色濃く切り出した『刑事シンクレア シャーウッドの事件』は、そんな彼の思いが反映された作品と言えるだろう。

シーズン2の日本上陸に先駆けて、一風変わったこの英国ミステリーをご覧になってみては?(海外ドラマNAVI)

Photo:『刑事シンクレア シャーウッドの事件』© Clapperboard Madam Blanc Limited 2021