映画『ジョーカー』の狂気を帯びた孤独な一匹狼から一転、最新作『カモン カモン』では、9歳の甥っ子に振り回されながらも温かい心を差し伸べるラジオジャーナリスト役をナチュラルに演じたホアキン・フェニックス。全ての力みを緩和させ、目の前の出来事を心のままに受け止めるその名演は、『クレイマー、クレイマー』(1979)のダスティン・ホフマンが魅せた父親役にも重なる。等身大の中年男とちょっぴり風変わりな少年が織りなすスリリングな心の交流…本気で“向き合う”ことの尊さを教えられる秀作だ。【映画レビュー】
N.Y.で一人気ままに暮らすラジオジャーナリストのジョニー(ホアキン)。ある日、L.A.に住む妹のヴィヴ(ギャビー・ホフマン)が入院中の夫を見舞うため、9歳の甥っ子ジェシー(ウディ・ノーマン)の面倒を数日間みることに。
ところが、突然始まった子供との共同生活は、戸惑いの連続。好奇心旺盛なジェシーは、ジョニーと母親のぎこちない兄妹関係やいまだ独身でいる理由、自分の父親の病気のことなど、大人ならためらう疑問をストレートに投げかけ、彼を困惑させる。その一方で、ジョニーの仕事や録音機材に興味を示し、紆余曲折ありながらも二人は次第に距離を縮めていく。
大人は、都合がわるいこと、考えたくないことに、ひとまずフタをしてしまう術をいつの間にか身に着けている。そして周囲もそれを察知し、腫れ物に触るような気遣いで距離を取る。ところが自分の疑問に純粋な子供は、相手の気持ちなんておかまいなし、容赦なく思ったことをズバズバ聞いてくる。時折、その罪なき“悪魔性”に辟易することもあるが、ジェシーのように悩みや孤独を抱えている子供は、話がこじれてタチが悪い。心優しいジョニーと何かとつっかかるジェシーのスリリングな攻防は、まさに大人と子供の心のバトルだ。
この二人のやりとりを観ながら、「子供はやっぱり面倒くさい」と思う方もいれば、「子供とここまで本気で向き合ったことがあるだろうか」と、ふと自分の人生を振り返る方もいるだろう。そして、いつの間にか大人になった子供との心の溝の深さに驚愕した方も、もしかしているかもしれない。
劇中、母のヴィヴがジェシーの複雑さに心折れそうなジョニーに電話でこう助言する。「ジェシーは、子供らしい不器用な方法で訴えているのよ、『こんな僕だけれど守ってくれる?』ってね」 大人があきらめて、わがままな子供を手放してしまうと、その子供は迷子になり、軌道修正ができないまま、魂はよからぬ方向へと流されて行ってしまう。純粋で複雑な子供を救うのは、良くも悪しくも生きる術を身に着けた大人しかいない。
それに気づいたジョニーは、ジェシーの心の奥底にある魂の“叫び”に耳を澄ませ、聴き逃すまいと前を向く。ラジオジャーナリストとして、さんざん子供に“未来の夢”を聴いてきたジョニーだが、これまで、その一人一人の言葉の裏にある子供なりの苦悩を果たして汲み取ってきただろうか? そんな思いも彼を後押ししているようにも思える。
「未来は考えもしないようなことが起きる、だから先へ先へ進むしかないんだ」
ジェシーのこの達観したような言葉は、何かと“先延ばし”にする大人の身勝手さ、優柔不断さに一石を投じているのかも。『人生はビギナーズ』(2010)の名匠マイク・ミルズ監督の優しくも厳しい視線がモノクロームの映像の中でキラリと光る。
映画『カモン カモン』は、4月22日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて絶賛公開中!
(文/坂田正樹)
Photo:『カモン カモン』© 2021 Be Funny When You Can LLC. All Rights Reserved. 配給:ハピネットファントム・スタジオ