(※読者の皆さまへ。このコラムの中での俳優や監督らのお名前は、極力、英語または米語の発音に寄せた表記にしてあります。ご了承下さい)
"DIVERSITY(ダイバーシティ)"という単語があります。
"相違点"、"多様性"を示すものですが、近年ハリウッドではこの言葉を非常に頻繁に耳にするようになりました。
映画やテレビドラマや演劇の業界でこの言葉に触れる時は、《人種が入り交じる多様性》のことを意味しています。
日本では、この言葉を耳にしてもあまりピンと来ないかもしれません。というのも日本では、国の地理的条件と歴史的な成り立ちから、異なる人種や民族をいろいろ入り混ぜた物語を描くということが滅多に無いからです。ほとんどの作品が、主に日本人キャストよる日本語セリフで構成されます。
移民国家であるアメリカは状況がかなり異なっています。
たとえアメリカ合衆国の国籍を持っている人でも人種はバラバラであり、さらに移民の流入が常にあるので、その要素を作品群に反映させることが求められているのです。
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まだご記憶に新しいと思いますが、今年2月の映画界のアカデミー賞では、「Oscars So White(白人ばかりのオスカー)」という批判の旋風が巻き起こってしまいました。男女・主演助演の4部門のノミネート者が全員白人になったからです。もちろん、たまたまそういう年度があってもいいでしょう。しかし、昨年度に続いて2年連続(計40人のノミネート者)となったことで、くすぶっていた不満が一気に表面化してしまったのです。
まるで汚名を返上するかのように、6月に開催された演劇界の最高峰トニー賞では、『カラーパープル』(映画版では過去にウーピー・ゴールドバーグが主演)で主人公を演じたシンシア・エリヴォがミュージカル主演女優賞を受賞した他、黒人や南米系の俳優を中心にキャストし、セリフをラップ・ミュージックに乗せる表現スタイルで仕立てた『ハミルトン』が最多11部門で受賞。
その『ハミルトン』に出演した3人の俳優と女優たち、そして前述のシンシアがミュージカルの主演助演の4賞のポストを独占し、全員がアフリカ系アメリカ人であったニュースが業界を席巻しました。
70年間の歴史の中で、黒人俳優と女優の(ミュージカル部門)独占受賞は史上初。トニー賞の歴史が塗り替えられる瞬間を我々は観ることができたわけです。
「素晴らしい快挙!」です。
しかし、ここまでの道のりはといえば、「(どの人種にとっても)公平な歴史」であった...とは言えません。
アメリカ全土には、トニー賞に値する歌唱&演技力のアフリカ系の人材は、2016年以前にも充分いたはずです。それでも70年もの長きに亘り、本年度のようなことが一度も起きなかったのですから。
それは、なぜか!?
その才能たちを起用できるような「構想・脚本(歌)」を生み出すクリエーターやプロデューサーが増えてこなかったからです。
ただ実際には、近年のエンターテインメント業界では、アフリカ系アメリカ人の俳優・女優たちの活躍と功績は、かなり増してきた感があります。昨年のテレビ界のエミー賞でヴァイオラ・デイビスに『殺人を無罪にする方法』で主演女優賞をもたらしたションダ・ライムズのような製作者の活躍も大きいでしょう。
ヴァイオラだけではありません。現在、活躍する黒人スターは『スキャンダル』のケリー・ワシントン、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』のルピタ・ニョンゴ、『クリード チャンプを継ぐ男』のマイケル・B・ジョーダン、『ブラックパンサー』のチャドウィック・ボーズマンらの若手、そしてベテランなら『マグニフィセント・セブン』のデンゼル・ワシントン、『スーサイド・スクワッド』のウィル・スミス、『GOTHAM/ゴッサム』のジェイダ・ピンケット・スミス、『Empire 成功の代償』のテレンス・ハワードなど、いくらでも名前を挙げることができます。
彼らは、アカデミー賞にノミネートされたり、受賞したり、プレゼンターとして招かれたりもする地位をその才能で確立してきました。授賞式をボイコットしてもニュースになるほどです!
授賞式の司会者だって、白人コメディアンなどのスターの起用が過去多いものの、黒人スターも抜擢されてきています。
〜以上、敬称略〜
* * * * *
〜ここからの文章でご紹介する個人名は、直接懇意にして頂いている知人もいらっしゃるので、コラム後半は敬称を略さずに書かせていただきます〜
さて少し、角度を変えてみましょう。
アジア系アメリカ人を取り巻く環境は?
ハリウッドの業界の中で闘う俳優である日本人(外国人として)はどうでしょう?
映画賞やテレビ賞や演劇賞の客席をサーッと見回した時に、アジア系のスターを見られる機会はまだまだ非常に少ない...ということに、毎年のように気づかされます。
今年、《人種の多様性》が叫ばれたアカデミー賞で、あれだけ多くの黒人スターたちがプレゼンターとして招かれた一方で、ステージに登場したアジア系のプレゼンターは『ターミネーター:新起動/ジェニシス』のイ・ビョンホンさん(韓国)と『クワンティコ/FBIアカデミーの真実』のプリヤンカ・チョプラさん(インド)の二人のみでした。
一方、トニー賞では、アジア系スターのプレゼンターとしての登場は残念ながらゼロ。
本年度の対象作品には、第二次大戦中に強制収容所に送られた日系人たちを描いたミュージカル『ALLEGIANCE(忠誠)』もあったので、主演のジョージ・タケイさんやレア・サロンガさんを(同賞のノミネートが無かったとはいえ)話題性で招くことは出来たと思うのですが、それも叶いませんでした。レア・サロンガさんはミュージカル界を代表するスターなだけに、やや残念でした...。
もちろん、賞にノミネートされることや、授賞の祭典に登場することが大事だと言っているのではありません。
昨年(エミー賞の受賞時に)、ヴァイオラ・デイビスさんが語った
「役が存在すらしなければ、エミーを手にすることも起き得ないの!」
という言葉を、今、アジア系にこそ、当てはめて考えてみるべきだと思うのです。
受賞に値するような演技の"機会"が与えられなければ、受賞の現実は決して起きません。
そして受賞以前に、心ある内容の「構想・脚本・役」が生まれなかったら、人を感動させる演技のチャンスすら無い...ということです。
アメリカ合衆国の総人口は、約3億2000万人と言われています。
そのうちアジア系の人口は1800万人強。アメリカにいるアジア人の割合は6%にも満たないのです。
そのわずか6%のうち、日系は130万人しかいません。
エンターテインメントとは、ビジネスですから、なかなか「6%」のお客をターゲットに絞った商品を創ろうとしてはくれない。アジア人が主演や助演の作品数が容易に伸びてはくれないのは、そういう背景があるからです。米国内のアジア系人口を急に増加させることはできませんから!
(※ アジア諸国の市場を意識した配役や描写が、年々、増えてはいますけどね...)
それでも、ハリウッドに「製作時のこだわり」を少しずつ変えさせることはできます。
80年代あたりまでなら、映画やドラマの物語の中に外国人の役が出てきた時に、米語ネイティヴのアメリカ人俳優が外国語のアクセントを付けて、演じてしまうことが当たり前のようにありました。
日本人の企業の幹部やヤクザを演じる俳優が、英語のセリフの時は流暢で雰囲気があるのに、日本語セリフを言ったとたんにカタコトすぎて聴き取れない... なんてことは数多くありました。
そういう作品は今でもありますし、一朝一夕に改善されるわけではありませんが。
しかし製作チームや撮影隊が長期で米国以外の海外で撮影し、より現実味のある景色の中で、現地の俳優を数多く起用する作品も増え続け、今では《人種の多様化》が強く叫ばれるようになったことで、米国内での撮影でも、本物の外国語アクセントを持つ俳優への扉が大きく開いてきています(※ 但し、絶対に商品としてスムーズに聴き取れる英語のセリフ運びであることが不可欠です!!)。
外国人俳優の起用により、映画やテレビドラマの中で外国語が(英語字幕入りで)飛び交うことも、この10年ほどで実に増えました。アメリカの観客や視聴者は、もともとは字幕で作品を観ることをあまり好まないので、このことは注目すべき変化です。
米版『GODZILLA ゴジラ』や『追憶の森』の渡辺謙さんと、『エクスタント』や『ザ・ラストシップ』で人気ドラマシリーズ出演が5作目となる真田広之さんは、お二人ともハリウッドの業界でも重要な役どころを演じ続け、常に膨大な英語セリフの量をこなしながらも「奥行きのある日本人像」を観る者に印象づけています。『ラストサムライ』からすでに13年間、ハリウッドでの地位を外国のスター俳優として築き上げている、日本のみならずアジア系のお手本です。
さらに、本来は"アメリカ色"が強いはずのアメコミの実写化作品でも、マーベル・スタジオの『マイティ・ソー』シリーズの浅野忠信さんは、3部作のすべてに登場するという日本人では初のケースを実現します(浅野さんはマーティン・スコセッシ監督の『沈黙』の公開予定もあり)。
また今年のDC&ワーナーの超大作『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』にはTAO(岡本多緒)さん、『スーサイド・スクワッド』にカレン・フクハラ(福原かれん)さんが、続けて主要キャストとして起用されていることは画期的です。
(TAOさんは、トップモデルとして国際舞台で活躍されていたことから英語に堪能で、日本でも人気の高いドラマ『ハンニバル』などにも出演。カレンさんは、日系アメリカ人なので英語ネイティヴですが、日本語育ちでもあるそうなのでどちらも流暢です)
ヒュー・ジャックマン主演の『ウルヴァリン:SAMURAI』で、TAOさんと、もう一人、強烈に米映画デビューを果たした福島リラさんは(『スーサイド・スクワッド』ではカレン・フクハラが演じている)DCコミックスの"カタナ KATANA"というキャラクターをCW局のドラマ・シリーズ『ARROW/アロー』で演じ、準レギュラーとして活躍し続けています。
最新作は日本アニメ原作の実写版『GHOST IN THE SHELL』。また彼女は、日本人の演者が出演できるとは想像もつかなかった壁を越え、『ゲーム・オブ・スローンズ』の第5シーズンにもゲストで登場しました。エミー賞作品賞を受賞したシーズンに、日本人女優が出演していることは、誇らしい事実です。
左から福島リラ、真田広之、ヒュー・ジャックマン、ジョージ・マンゴールド、TAO
人気SFドラマ『ヒーローズ・リボーン』では、主要キャストに祐真キキちゃんと内門徹くんがシーズンレギュラーとして大抜擢され、話題を呼びました。前シリーズでは、マシ・オカさんが演じた主人公ヒロの相棒だったアンドウくん役の日本語セリフが(ご本人の多大な練習の努力がありながらも)聴き取れないクオリティーになってしまっていたので、祐真&内門コンビが繰り出す生粋の日本語セリフは新鮮でした。米国の地上波のプライムタイムのショーに当たり前のように毎週日本人俳優が登場することは滅多にあることではありません。若手の彼らの大冒険は、多くの日本人やアジア系の俳優や視聴者に勇気を与えるものだったのではないでしょうか。
ハリウッドの長い歴史の中で、多くの日本人俳優・女優たちが、英語で、説得力のある日本語で、あるいは日・英語両方で、米国作品の中で次々と演じられるようになった流れは90年代の終わりから2000年代の今までに起きてきたことです。
決して当たり前に在った「時代」ではなく、表現者たちが現場で闘い続けた結果として少しずつ少しずつ、 進歩を遂げている「結果」なのです。
僕自身が米国に渡ったのは『硫黄島からの手紙』が公開された後の2007年秋ですが、現実面に目を向けてみると、これまで携わってきた米国大手の製作による映画やテレビドラマでご一緒した監督のほとんどが白人です。黒人監督の演出によるCW局のシットコム(シチュエーション・コメディ)番組が一度だけありました。
ジェンダー別ではやはり男性監督が圧倒的に多く、女性監督は『ママが恋に落ちるまで』で一度だけ。もちろん僕の限られた数の経験では、人種や性別のパーセントは割り出せませんが、それでも全体の様相は大まかには見えてくるものです。
プロデューサーや脚本家には女性が結構いますが、やはり白人が多数派だと言っていいでしょう。マーベルの『 エージェント・オブ・シールド』のプロデューサー陣には、『アベンジャーズ』のジョス・ウィードンも名を連ねていますが、トップ・クリエーター3人のうちの一人はアジア系アメリカ人の女性です。同ドラマでアジア系スター女優のミン・ナ・ウェンさんが物語の主軸として魅力を存分に発揮しているのは、偶然ではないのだと思います。
共通して言えるのは、皆さん、クリエーターや演出者として厳しい目は持っていても、とても優しいですし、意見やアイデアもオープンに汲み取ってくれたりします。人種やジェンダーの違いで優劣を感じることなど、まずありません。真に優れた方々ばかりです。
《多様性》とは、カメラの前に立つ者たちのことばかりではなく、カメラの後ろで作品を創り出すクリエーターやスタッフたちにも求められるべきことです。前述したションダ・ライムズさんのように、自身がマイノリティー人種であるアフリカ系アメリカンで、ヴァイオラ・デイビスさんやケリー・ワシントンさんらを今や秀作ドラマの筆頭として数えられるシリーズの「主役」に据え、大きな影響力を発揮している姿は、最も良いお手本だと言っていいでしょう。
クリエーターや脚本家たちが、現実社会を反映し、様々な人種に関してリアルな描写にこだわってくれれば、生まれる作品の「顔」も「感情」も変わっていきます。
外国語セリフや異文化の描写の監修スタッフの採用も増せば、さらに良い意味での「エキゾチックで、刺激的で、新たな角度の」作品が生まれてくれるに違いありません。但し、1年間で数百本の長編映画が公開され、毎年1月から4月までのパイロットシーズン(新作ドラマの試作品を製作する時期)だけでも200本近い企画のドラマを創り続けているハリウッドの業界で、すべての作品の撮影現場に通訳や言語コーチや異国の文化や時代考証専門のスタッフがいてくれるわけではありません。その点は、演じる俳優自身や、美術や衣装や小道具のスタッフに委ねられている部分がまだまだ大きいです。
だからこそ、僕ら俳優も、文化描写に甘さが極力生まれないよう、それについて議論できる確かなコミュニケーション力が問われます。
さて最後に、
まもなく日本で劇場公開を迎える新作映画『リトル・ボーイ 小さなボクと戦争』についてお話しします。
この作品は米国の独立系映画ですが、構想を練ったのはメキシコ出身監督と脚本家です。
監督のアレハンドロ・モンテヴェルデさんは、過去に兄弟が日本に住んでいたことがあり、自身も数ヶ月間滞在していたという境遇の持ち主です。
彼は、日本の姿を知り、これまでハリウッド映画で描かれてきたステレオタイプな描き方とは違う、独自の目線で日本人や日系人を捉え、脚本家と共同で、実に4年ほどの時間をかけて撮影台本を書き上げたといいます。
この映画の中で、大切な役割を果たす日系アメリカ人俳優の大ベテラン、ケイリー=ヒロユキ・タガワさんは、これまでどちらかと言えば、その風貌からハリウッドでは悪役に配役され、何度も残忍な場面を演じてきた方です。
しかし、この作品では違います。おそらく、彼の長いキャリアの中でも、最も愛される役になったのではないでしょうか。彼が演じる日系人ハシモトは、優しさと威厳に満ちています。
ネタバレはしませんが、カリフォルニアの海辺の町に住む主人公の白人少年の家族のみならず、第二次大戦に翻弄された日系アメリカ人の忍耐と、日本人の持つ勇気を、巧みに脚本の中に絡めています。
オーディションの日に向けて手渡された数ページを読んだ時、これは絶対に演じたい!!関わりたい!と、心から感じられた作品でした。
日本人・日系人とアメリカ人の絆を題材にしたハリウッド映画の中でも、忘れ得ぬ1本になったと自負しています。
フェアな目線で描けているのは、両国の心を知り、立場を理解する、第三者の目を持った監督と脚本家たちだったから。
アメリカ人の幼い少年に、戦争や人種差別の問題を直視させ、子供ながらに理解し成長させるという脚本の映画化と米国内の配給は、まさに勇気の要る選択だったと思います。
左からアリ・ランドリー、アレハンドロ・モンテヴェルデ、デヴィッド・ヘンリー、ジェイコブ・サルヴァッティ、
エドゥアルド・ヴェラステーギ
メキシコ、米国、英国、日本からの人材が協力し、偏った見方で特定の人種が端に追いやられることもなく、まさに"DIVERSITY" の具現化に挑んだ一本です。作り手たちの心意気と勇気が、観客の皆さまに伝播することを心から祈っています。
上映後、世界や社会の《多様性》の尊さについて深く考えながらも、きっと清々しい思いを胸に抱いて、劇場をあとにしていただけると思います。
『リトル・ボーイ 小さなボクと戦争』は8月27日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開。公式サイトはこちら
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渡辺謙 (C) Izumi Hasegawa/www.HollywoodNewsWire.net
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祐真キキ&内門徹『HEROES REBORN/ヒーローズ・リボーン』
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ミン・ナ・ウェン (C) Kazuki Hirata/www.HollywoodNewsWire.net
映画『リトル・ボーイ』 (C)2014 Little Boy Production, LLC.All Rights Reserved.
アレハンドロ・モンテヴェルデ (C) Kazuki Hirata/www.HollywoodNewsWire.net
ケイリー=ヒロユキ・タガワ (C) Fuminori Kaneko/www.HollywoodNewsWire.net
アリ・ランドリー、アレハンドロ・モンテヴェルデ、デヴィッド・ヘンリー、ジェイコブ・サルヴァッティ、エドゥアルド・ヴェラステーギ
(C) Kazuki Hirata/www.HollywoodNewsWire.net